30歳ちょっと越えた頃、佐伯市にある救急病院で、24時間365日って感じで、新生児・小児の救急中心に、入院をどんどん受け入れて、仕事ばかり、一生懸命にしていました。
その時、大分医大の外科のある先生から、「仕事も大切ですが、仕事だけだと、それにぶつかった時、逃げ場がなくなる・・・。別のことで、一つでもいいですから、自分で納得出来る感じの趣味があるといい、仕事と全く関係ないと、更にいい・・・」と言われました。
で、「ハッ」とその時、気が付いて、仕事馬鹿にならない様にしなければと、それから思う様になりました。
で、今思うに、つらくても今まで潰れなかったのは、趣味のお陰だったと思っています。
学校の先生や医師の場合、先生先生と言われて、どうしても見る目が狭くなりがちです。自分では、それに気が付いてないことが多いので、更に、やっかいです。
一生、仕事に生きるって医師もいますが、本人がそれで楽しければ、いいと思うのですが、老害ってこともありますし・・・。
せっかく生きてきたのですから、仕事以外に没頭することも、あった方がいいと思います・・・。
ある外科の医師、大阪大学卒業後、初期研修終了して、外科専攻医ののち外科専門医取得してから、趣味のお酒がこうじて2019年春、都内にBarをオープンさせています。現在フリーランス医師をしながら、 自身の店でオーナーバーテンダーとして活動しています。無理せず楽しく生きることをモットーとしているとか。 素晴らしい。
私自身、挫折した趣味、沢山あります。
・小学生の時のバイオリン、教わっていましたが、中途半端で、却って、自分に自信をなくしてしまいました。
・中学生の時、ピアノ、これも、高校の音楽の先生に付いてしばらくしていましたが、中途半端で、自信をなくしてしまいました。
・中学の時、ギター、これも中途半端でした。
・胡弓、大人になって、買って来たのですが、独学は無理で、しなかったですね。他人に挙げましたが。
・ドラム、大人になって、独学でしょうとしましたが、駄目でした。
・水墨画、大人になって、先生について、しばらくしたのですが、続かなかったですね。
・大人になって、茶道、ヨーガ、太極拳(太極剣)(8年間続きましたが)、書道、謡曲(仕舞)、(超)一流の先生について、その時は、一生懸命にしていましたが、今は、していません。
・スポーツに関しては、中学で軟式テニスに、大学でも軟式テニスに入部しましたが、上手になれませんでした。(←練習への真剣さが足りなかったですね)
・ 西田病院ゴルフ同好会に入って、2~3年間?、ゴルフに懲りました。卓球(台が今も、車庫にありますが)、バドミントンも、ちょっとしました。
・茶道は、「西田病院お茶同好会」を私が結成し、そこを退職する直前まで、10人ほどで、していました。近所の子どもさんを集めて、「子ども茶会」を佐伯で初めて結成して、お茶会を何度もしました。インドネシアの人やアメリカの人にも、教えて、お茶会で点てて頂きました。
・300余ページの本を自費出版しました。2冊。それを全国の医学部に配りました。書くことは昔から好きでしたので。もう、本を出す元気、ありません。
・時間外の小児患児の統計を長いこと執っていました。これも、私にとっては、趣味だったのかなあ。
茶道に関しては、趣味の中で、一番長い間、していたのですが、又、今も、する気はあるのですが、脚が痛くて、今は、休んでいます。(←明日、立礼で、点ててと言われれば、何とか、まだ、出来そうな気もしているのですが?!)
今は、「多国語」と「1時間の独りボランティア演奏」、それに、(コロナ収束後の)「旅行」ですね。 詰め将棋、400問、又、挑戦始めました。
思うに、老後は、趣味があると、毎日、することがあって、生きていることが、楽しいですね。
趣味も、直ぐ出来るのは、直ぐに飽きます。私のお茶の師匠が言っていました、「お茶は、3年もすると、お茶の面白さが分かって、辞められなくなります。辞めるなら、早めの方がいいですね。」と。
その時、大分医大の外科のある先生から、「仕事も大切ですが、仕事だけだと、それにぶつかった時、逃げ場がなくなる・・・。別のことで、一つでもいいですから、自分で納得出来る感じの趣味があるといい、仕事と全く関係ないと、更にいい・・・」と言われました。
で、「ハッ」とその時、気が付いて、仕事馬鹿にならない様にしなければと、それから思う様になりました。
で、今思うに、つらくても今まで潰れなかったのは、趣味のお陰だったと思っています。
学校の先生や医師の場合、先生先生と言われて、どうしても見る目が狭くなりがちです。自分では、それに気が付いてないことが多いので、更に、やっかいです。
一生、仕事に生きるって医師もいますが、本人がそれで楽しければ、いいと思うのですが、老害ってこともありますし・・・。
せっかく生きてきたのですから、仕事以外に没頭することも、あった方がいいと思います・・・。
ある外科の医師、大阪大学卒業後、初期研修終了して、外科専攻医ののち外科専門医取得してから、趣味のお酒がこうじて2019年春、都内にBarをオープンさせています。現在フリーランス医師をしながら、 自身の店でオーナーバーテンダーとして活動しています。無理せず楽しく生きることをモットーとしているとか。 素晴らしい。
私自身、挫折した趣味、沢山あります。
・小学生の時のバイオリン、教わっていましたが、中途半端で、却って、自分に自信をなくしてしまいました。
・中学生の時、ピアノ、これも、高校の音楽の先生に付いてしばらくしていましたが、中途半端で、自信をなくしてしまいました。
・中学の時、ギター、これも中途半端でした。
・胡弓、大人になって、買って来たのですが、独学は無理で、しなかったですね。他人に挙げましたが。
・ドラム、大人になって、独学でしょうとしましたが、駄目でした。
・水墨画、大人になって、先生について、しばらくしたのですが、続かなかったですね。
・大人になって、茶道、ヨーガ、太極拳(太極剣)(8年間続きましたが)、書道、謡曲(仕舞)、(超)一流の先生について、その時は、一生懸命にしていましたが、今は、していません。
・スポーツに関しては、中学で軟式テニスに、大学でも軟式テニスに入部しましたが、上手になれませんでした。(←練習への真剣さが足りなかったですね)
・ 西田病院ゴルフ同好会に入って、2~3年間?、ゴルフに懲りました。卓球(台が今も、車庫にありますが)、バドミントンも、ちょっとしました。
・茶道は、「西田病院お茶同好会」を私が結成し、そこを退職する直前まで、10人ほどで、していました。近所の子どもさんを集めて、「子ども茶会」を佐伯で初めて結成して、お茶会を何度もしました。インドネシアの人やアメリカの人にも、教えて、お茶会で点てて頂きました。
・300余ページの本を自費出版しました。2冊。それを全国の医学部に配りました。書くことは昔から好きでしたので。もう、本を出す元気、ありません。
・時間外の小児患児の統計を長いこと執っていました。これも、私にとっては、趣味だったのかなあ。
茶道に関しては、趣味の中で、一番長い間、していたのですが、又、今も、する気はあるのですが、脚が痛くて、今は、休んでいます。(←明日、立礼で、点ててと言われれば、何とか、まだ、出来そうな気もしているのですが?!)
今は、「多国語」と「1時間の独りボランティア演奏」、それに、(コロナ収束後の)「旅行」ですね。 詰め将棋、400問、又、挑戦始めました。
思うに、老後は、趣味があると、毎日、することがあって、生きていることが、楽しいですね。
趣味も、直ぐ出来るのは、直ぐに飽きます。私のお茶の師匠が言っていました、「お茶は、3年もすると、お茶の面白さが分かって、辞められなくなります。辞めるなら、早めの方がいいですね。」と。