日本の心・さいき

日本の文化を通じて、世界平和を実現させましょう。

独身の医師・・・

2009-01-07 10:20:56 | Weblog
 年末・年始の救急医療では、独身の先生方で、頑張っているケースは多い。家族持ちの人の場合、いつもは仕事中心の人であっても、せめて年末・年始だけは家族を大切にしたいと思っている人が大部分である(私の様に、例外もあるが)。
 ある麻酔科の先生が次の様に言われた、
 ・・・12月31日の夜、子どもが久し振りに家に帰って来て、皆で楽しく、自分もほろ酔い加減で、いい気持ちになっていた。そしたら、病院から電話が掛かってきた。整形外科の先生で、・・・「賑やかそうですね、・・・今直ぐに手術が必要ではないんですが、明日でなくていいですが、お願いできないでしょうか。・・・」との電話。電話してきた先生、とても熱心な(男性の)先生で、(何故か独身で)寂しく救急医療を年末・年始に、皆に代わってしている。その時、ジーンと来ましたね、いつも一緒に仕事をしているんで、彼の気持ちが分かるんですよ、彼が独身で寂しく年末を送っていると言うこと、それに、初めに発した言葉、「賑やかそうですね・・・」、・・・・で、「(いつもは、もっとずらしたと思うのだが)2日にしましょう」と(家族を無視する感じで・・・)了解の返事をして、2日に手術実施。あの「賑やかそうですね」の初めの言葉で、ジーンと来て、正月明けでも頑張ろうと思った。
 ムーッ、この話を聞いて、私もジーンと来ました(感動・涙・拍手)。


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世の中、暗い中で・・・

2009-01-07 08:38:40 | Weblog
 世の中が暗くなっていると言って騒いでいる。周りが暗いニュースばかりで埋め尽くされると、こちらも息苦しい気持ちになってくるかな。しかし、海外に目を向けて見ると、日本はとても恵まれていると思う。
 市場原理主義、消費は景気を促すって感じで経済が回っている中にいると、何か、大切なモノを見失っている気がしてならない。
 新聞には、暗いニュースが多いが、新聞なんて、昔から内容の3分の2は、暗いニュースと決まっている。渡辺喜美氏が、怒った感じで発言していたが、実際は、明るくユーモアを交えて楽しく発言していたのだが、その所は残念ながらカッとされていたと本人がコメントしていた。今、株が上がりつつあり、又、円安に傾きかけているのに、下がる時には、待ってましたとばかりに大きく報道されるのに、上がった時には、小さな報道になっているかな。
 親がしてきた昔からの仕事を継がないで、都会で仕事をしていた若者が、リストラにあって、田舎に帰らざるを得なくなって、親と同居生活をすることになるかも知れない。今までは、田舎でどんどん過疎化が進んでいたのに、それにストップがかかるかも知れない。核家族が大家族にならざるを得ないかも知れない。
 世の中の出来事の全てがマイナスに働く訳ではないと思う。万事塞翁が馬。安全な水がタダで飲め、平和で、生活水準がある程度まで保証され、騙すことが悪との認識が強い日本、やはり、いい国に日本人はいると思いますが。これも、多くの他の国のお陰なのですが。

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上に立つ人の条件・・・

2009-01-06 16:50:47 | Weblog
 今日は、外来が忙しくて、入院でも忙しくて、午後2時に終わった。それから医局で昼食した。その後も、15時に、産婦人科のドクターが昼食を摂り、最後に昼食を摂ったのは、循環器のドクターで、3人も入院して忙しかっと言う。既に、時計の針は16時(!)を指していた。平日の昼休みに、昼食を殆ど摂っていないドクターもいる。医者の不養生とは、よく言ったモノだ。
 田舎のドクターは、モクモクとよく働く。朝も、早くから来ているドクター多いし、夕方も遅くまで仕事をしているドクター多い。
 昨日は、午後から新年式があり、市長も挨拶に来た。上天草市の市長、1月2日(当自治体病院は、毎年、12月30日と1月2日の午前中は、平日診療をずっと続けている)にも、わざわざ病院に(ねぎらいに)挨拶に来られていた。もちろん、院長は、12月30日も1月2日にも、外来診療していたが。
 思い出すのは、ある組織の大きな病院に就職していた時、そこに勤めての初めての年末年始での小児科診療の時、1月1日の昼過ぎに、ひょこりと、理事長が小児科外来に来て、自分に「ご苦労さんです!」と言って帰られた。この理事長、とてもとても忙しい人で、沢山の病院の全ての理事長をしていて、地元の病院に帰るのも、年に数回。帰ると、必ず、私を食事に呼んでくれて、「何か困っていることはないか?」と尋ねる。全部で50以上の大学から派遣をしてもらっているそうで、その接待でも、大変だと言われていた。そんな忙しい人が、正月に、予告もなしに現れて、頭を深々と下げられて帰られた。
 ムーッ、どんどんと大きくなる病院の裏には、この理事長の素晴らしい気配りがあるのだなあと思った。この病院を去る時にも、その理事長から何度か引き留められながらも、やむなくそこを去ってしまったが、今でも、この理事長の気配り、大変有り難く思っています。

*写真は、上天草市の川端祐樹市長(35歳!で市長に当選する)

 上に立つ人の条件、・・・部下が「やる気を起こす」様に言動することかな?!

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先生の教えは不滅です!

2009-01-05 10:00:10 | Weblog
 昨晩、医師に成り立ての頃、一番お世話になった人が、昨年の12月に亡くなったことを知った。いつも来ていた年賀状が、昨年来ていなかったので、少し不穏に思っていたのだが、取り敢えず、私の年賀状には、「又、行って笛を吹きたいです・・・」と書いて出していた。
 以前、先生が退職した後に、先生の自宅に行って笛を吹いたのだ。奥さんと共にとても喜んでくれた。で、意外なことに、奥さんの方が先になくなり、(子どものいない)先生は、しばらく独り身だった。
 私の場合は、今年の年賀状の殆どをまだ見ていない。職場と帰省場所が違うので、年賀状の殆どが帰省場所に届いている為。
 思うに、(責任感が強くて)ストレスを抱えて、睡眠不足で、若い時にヘビースモーカーで、毎晩の様にアルコールを嗜んできた人は、そのツケが晩年、どっと来る様だ。
 先生は、スポーツ万能で、ピアノも上手で、弟子の面倒を実によく見る人で、自宅で何度食事をごちそうになったことか。時間外に電話をすると、アルコールが入っていても、直ぐに駆け付けてくれていた。早起きで、6時過ぎに電話をして来てもらったこと、何度もある。私達研修医の給料があまりにも少ないので(時間外手当全くなしで、休みがない感じで朝から晩までよく働いていたので)、も1人の研修医と一緒に、給料日に、その先生から1万円ずつ先生の封筒からもらっていた。
 先生の言葉は、今でもしっかりと覚えている。「赤ちゃんは、夜作られる。小児科医も、夜作られる。」「小児科医は、朝早く診て、昼診て、夕方診て、気になれば、帰る前にもう一度診よ」「親御さんが払うお金のことをちゃんと考えられる様になれれば、一人前」「宴会の幹事がちゃんと出来れば、一人前」「必要でない検査はするな、必要でない薬は使うな。検査室に頼るな。自分の目を信じよ!」(髄液は、自分で検査する様に指導を受けた。私の場合は、髄膜炎の場合、髄液の白血球を病棟で染色して、分類までしていたが)。
 先生の教えは、今も私には、しっかりと生きています。ご冥福を、お祈り申し上げます。

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2009-01-04 17:30:45 | Weblog
  今日の午後の民放のテレビで30人の父親が出演していて、100万円目指していろんなことに挑戦していた。奥さんと小学生の子どもが裏で真剣に応援している。
 クイズだけでなく、サッカーボールを蹴ってゴールに入れなければいけないなどもある。小学生でも理解できる内容が多いが、笛でソの音を出させる問題や芸能界の問題もあり、幅広い知識が必要とされる。
 最後に2人残り、日本で一番長い川の名前を書かせる問題で、見事、「信濃川」を当てたお父さんが、100万円をゲットした。最後に残った二人のお父さん、普段から子どもとよく遊び、子どもの勉強の面倒もよく見ているお父さんだった。
 ゲットできなく途中で脱落していく父親を子ども達は、「ここまで頑張ったので・・・」とそれなりに納得して、父親をねぎらっている。今の子どもは、とても優しいのだ。
 絆が深まるのは、やはり、同じ思いをすることではないだろうか。楽しいことよりもハラハラしたり苦しいことを同じ様に経験すると絆が深まることが心理学的に証明されている。逆に言うと、苦しい時に突き放してしまうと、最悪の時には、その後どんなに努力しても修正不可能となってしまうケースもあるのだ。
 100万円ゲットできなかった家族でも、父親と同じ気持ちになれたことで、お金に替えられない深い絆をゲット出来たのではないかと思う。
 夫婦の絆、親子の絆、親戚の絆、地域の人達との絆、政治家と選挙民との絆、教師と生徒との絆、医療側と患者側との絆、職員と会社側との絆、そして、世界の人々との絆がしっかりと結ばれることが、第二次大戦後は別にして、今ほど強く求められている時代はないのではないかと思われる。

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年末年始の小児の救急医療

2009-01-04 09:45:41 | Weblog
 年末・年始、当院小児科の外来数は、27日(土)5人、28日(日)19人、29日(月)14人、30日(火)41人、31日(水)17人、1日(木)6人、2日(金)25人、3日(土)16人、4日(日)の今日は、何人かなあ?9連休だが、ノロウイルスによる急性胃腸炎の子は多かったが(五苓散の注腸をして、点滴もしばしばしたが)、インフルエンザなく、細気管支炎も何とか無事に入院しなくて済んで、そんなに忙しくなかったかな。深夜は、当直の先生が診てくれるし、昨日は、神社にも行って参ることも出来たし、体の調子もいい。
 入院は、不思議に、いなかった。しかし、26日(金)に、帝王切開+低出生体重児、又、その日に、チアノーゼのある先天性心疾患+2600gのベビーが産まれ、その二人でこの年末年始が終わった感じかな。幸いに、この二人共、順調に育っているが。
 ずっと医師になって(ある1年間以外は)こんな感じで年末年始の医療を続けている。そして、29年間、飽きもせずに、年末年始の小児科外来の数の統計を執り続けている。今まででのこの年末年始の6日間の数、1万人を越えている。
 何故、こんな感じでしているのか、正直言って、自分でも解らない。もう、この先、そんなに出来るとは思わないが。


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吉村作治先生に敬意!

2009-01-03 13:23:07 | Weblog
  昨日、民放で夕方から5時間ほど掛けて、ピラミッドの謎が解き明かされていた。で、エジプトのピラミッド研究で有名な吉村作治先生が、ライフワークとして研究してきたものが披露されていた。(奥さんから、ピラミッドを取るのか奥さんを取るのかと言われ、ピラミッドを取ると言って、×になっているとか?!)
 吉村先生の素晴らしい所は、ピラミッドそれだけを重点的に研究するのではなく、それを解く為に、その周りにいる人間同士の関わりを詳細に調べ、その結果、理論通りに、埋もれた船の存在を発掘して証明したことである。
 小学生の時から、ギザにあるクフ王の大ピラミッドのこと、私なりに、ずっと疑問を抱いてきた。いつ作られたか不明とか、奴隷を使って作らせたとか、装飾品はあったが持って行かれたとかいろいろ言われていた。
 実際には、約4000年以上前に、大スフィンクスが建てられた後に、ギザの三大ピラミッドが建造されている。農民が夏に仕事のない時の労働力が使われ、二日酔で仕事をさぼる人もいた程で、王は決して凶暴ではなかった。又、大ピラミッドが墓であれば、ミイラと装飾品があるはずだが、少なくとも、ギザの三大ピラミッド内には、それらしき形跡がない。又、クフ王の父親のスネフェル王は、4つものピラミッドを造らせている(自分の墓をそんなに沢山造らせることが不自然)。
 エジプトには、110基以上のピラミッドが現在発見されている(実際は、もっとあるはずだが)。その中で、今も残る7つの有名な(大きな)ピラミッドがある。
 「階段ピラミッド」、「崩れピラミッド」、「屈折ピラミッド」、「赤のピラミッド」、それに、ギザの有名な「三大ピラミッド」だ。ピラミッドのタイプは、大きく「階段ピラミッド」と、「真正ピラミッド」の2つに区別される。「階段ピラミッド」と「崩れピラミッド」は、後の5つよりも早く建てられ、その2つをまとめて、「階段ピラミッド」と言い、あとの5つをまとめて「真正ピラミッド」と言う。
 その2つの相違が発生する最大の要因に、「星信仰」と「太陽信仰」がある。つまり、「階段ピラミッド」は、「星信仰」が、「真正ピラミッド」は、「太陽信仰」が根底にあるのだ。
 歴史学的に、初めに造られた「階段ピラミッド」は、メソポタミアから移住してきた人により造られている。つまり、ルーツはエジプトではなくメソポタミアであり、そこでは、「星信仰」であった。それ故、ピラミッドの神殿が北にあり、その先には、北斗七星がある。一方、エジプトでは、「太陽信仰」であり、「真正ピラミッド」の神殿は東にあり、その先には、太陽がある。
 エジプトの自然は、メソポタミアと違って、ギラギラと灼熱の太陽に照らされる環境にあるので、崇めるのは、当然、星よりも太陽となる。真正ピラミッドの頂上からの左右対称の下に下がる直線は、正に、太陽光線が降りてくる形であり、階段ピラミッドの階段は、正に、王様の魂が上に昇ることを意味しているのである。
 (吉村先生の考えによると)古代エジプトでは、人間は死ぬと肉体から霊魂が離れて行く。もしも、霊魂が生き続けられれば、永遠の命を手に入れることが出来ると考えられていた。肉体から離れた霊魂は、バー(魂)とカー(霊)に別れる。肉体は、永遠に残るようにミイラとして保存された。バーは、偽扉(ぎひ)を通過して、あの世とこの世を往来する。カーは、この世に留まってミイラを守る。
 夕方沈んでも再び昇る太陽は、エジプトでは、正に再生復活の象徴とされ、死んだ後の王のバーは、太陽と合体して永遠に旅することができると信じられていたのだ。神にも、霊魂があり、太陽神にもバーとカーがあると信じられていた(それ等は、ちゃんとピラミッドテキストに刻印されているのだ)。
 王の死後、王のバーは太陽神のバーと合体するのだが、その太陽神のバーの昼間の居場所がないので、それで、大ピラミッドが必要となったのだ。
 太陽神のカーは、ピラミッドの東側にある河岸神殿から参道を通り儀式殿(神殿)で儀式をした後に「女王の間」の偽扉から入って来て、ピラミッドの頂上のキャップストーンに上り詰めてピラミッドに宿る。
 朝、陽が昇ると、バーは、太陽から離れ、カーが宿っているピラミッドに向かう。その入り口は、「女王の間」の偽扉、そこを通った後、天井の高い「大回廊」で激しく上下に動いて上がる。この動きは、正に脱皮を何度も繰り返して再生の象徴である蛇の如くに(パワーが全開大する)蠕動運動めいた動きを何度もして、「王の間」に入る。「王の間」に入ったバーは、石の箱の中でしばらく休み、そこでピラミッド全体からエネルギーをもらって、太陽が西に傾くと、造りが左右対称となっている西側に移動し、そして同じ様な行動をした後に、太陽の元に戻って行く。
 つまり、ピラミッドは、太陽神のカーの存在により移動する魂の再生復活装置との吉村先生の考えなのである。(ムーッ、かなり説得力ありますネ・・・!!)
 クフ王から任された天才建築家へムオンは、星信仰出身、その思いを果たす為に、クフ王に悟られない様にと、三大ピラミッドをオリオン座の三つ星の配置とし、大ピラミッドの内部に、階段や地下を造って、星信仰の存在を悟られない様に設計した為に、現代人の想像を混乱させることとなってしまったのである。(納得納得納得)
*多少、放映の内容と違いがあるかも知れませんが、ご容赦お願い致します。


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2009年の展望

2009-01-02 09:17:33 | Weblog
 昨日、NHKの21時からの約2時間のスペシャルで、日本・日本人への提言として、6名のパネリストが、1、リアリストたれ、2、オープン化、3、多様化、4、オバマ化へのチェンジ、5、共感の回復、6、教育などと、最後に言われていたかな。
 今年は、変化の年になるこどだけは確かだろう。渦を転じて福となれ。逆境は、飛躍へのチャンス。
 アメリカ人も、消費よりも貯蓄の大切さを認識する様になっている。
 今の世の中は、自分の所だけ上手く行こうとしても、無理。お互いのいい関係があってこそ、それは成り立つ。昔とはそこが大きく違うところだと思う。
 多くの課題がある中で、日本の役割は大きいと思う。
 ノーベル賞を日本人が沢山取ったからと言って、マスコミは騒いだ。しかし、ノーベルは、ノーベル賞の数で国々が熾烈に競争することなど、期待していなかったはず(オリンピックもそうかなあ)。今年の他のノーベル受賞者のこと、どうだったのかなあ。
 麻生総理は、日本がこの危機から一番初めに脱却できるとはずなんて言っている。その考え方、どうかなあ。他の国々としっかりと手を取り合うことで、それは成就することじゃないのかなあ。
 今の日本・日本人、大きく目を開いて周りをよく見ることが大切だなあ。

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今年の指針

2009-01-01 18:03:31 | Weblog
 今年は、丑年生まれの私の年、西暦2009年、平成21年。今年の5月で満60歳になる。もう、体が云うことを効かない。ホント、無理が出来ない。今年は、どんな年になるのかなあ。で、一応、次の3つの大きな指針を立ててみた。
 まず、第1に自分の健康管理だが、やはり、食事・睡眠・運動・心・姿勢となるのかな。具体的には、体重と腹囲チェック、カロリーオーバーにならなり様にバランスの取れた緑黄色野菜中心の食事、適度な運動、充分な睡眠、プラス思考、猫背にならない)となるのかな。と言うことは、だいたい昨年通りにすればいいと言うことかな。運動は、病院から帰ったら、部屋で自分なりにしばしば体を動かす様にしようかな。
 次に、長年の夢で一時中断しているが、海外で自分なりに日本文化紹介。ちょうど10年前の1999年7月に行って演奏した様に、佐伯市と姉妹都市のオーストラリアのグラッドストーン市に行って国際フェスティバルで演奏し、又、アチコチで披露して、太鼓をしたい子どもがいれば、個人レッスンをするつもりだ。ニュージーランドのオークランドやダッカに行った時に、子どもに教えたが、何せ、時間がなくて、上手に出来なかった。今度は、みっちりとある程度ものになるまで、覚えさせたいなあ。
 そして、第3に、今後の方針を決める。つまり、この1年間で、今までと違ったことをした結果で、ある程度の今後の道筋を立てることにした。
 世の中、実際にしてみないと分からないこと多い。大当たりになるかも知れないし、殆ど無視されて終わるかも知れない。それも人生、限られた命、体力のある内に、いろんなことを味わってみたい。
 ところで、昨年は、幸いに自分にとってはいい年だったなあ。多くの人に感謝感謝。


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靴を投げられたら・・・

2009-01-01 11:10:20 | Weblog
 ブッシュ大統領が、イラクのある記者から靴を投げられて、上手にかわし、それをブッシュ夫人が、「上手にかわして素晴らしい」とコメントしていた。当のブッシュ、怒りの顔をあまり出さないのは何故かなあとつい思ってしまう。
 それに付いて、家内と私が、他の人だったらどうなるかなあ何て想像をしてみた。

 小泉さんだと、受け止めて、「ナイスキャッチ!」何て言っているかな。
 安倍さんだと、ケガをしているかな。で、入院しているかも知れないかな。福田さんだと、額にケガをして、「はなはだ遺憾です!」何て言って、怒っている顔が目に浮かぶ。麻生さんだと、(運動神経発達しているから)ブッシュさんの様に、サッと上手にかわして、「こりゃ、ひでえ!」何て言っているかも知れない。民主党の小沢さんだと、当たった後に、それを拾ってその記者に投げ返しまではしなくても、大きな声で怒鳴っているかも知れないかな(これが、もしも、小沢さんが、靴を両側拾って、投げた記者に穏便に返しに行ったら、イメージチェンジが完全に出来て、政権取れること間違いなしって感じがしないでもないんですけど)。
 東国原宮崎県知事だと、ニコニコして、「怖かったですねえ。一瞬、死ぬかと思いました」何て言っているかな。
 で、もしも、自分が政治家だったら、スゴイショックで、「もう、政治家辞めます」って感じで家内と言っているだろうなあ。
 とっさの時にその人の日頃考えていることや性格が出る気がしますけど。
 多くの政治家の人の精神、普通でない様に思います。凡人には、出来ませんね。

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