また一人時代を創った人が逝ってしまった。
安保洋勝さん。
今朝の中日新聞で訃報を知った。
全日本フォークジャンボリー(通称:中津川フォークジャンボリー)を
笠木透さんたちと仕掛けた一人です。
今では伝説となった中津川フォークジャンボリー。
1969年。
「遠望楽観」を旗印に椛の湖畔の原野を切り開いてステージを作り
8月9日に第1回の開催にこぎつけた。
当日は朝から雨で広場は水浸しとなったらしい。
右も左もわからないままに手作りでコンサートを企画・実施。
自分の持っている資料などを見るとその情熱に胸が熱くなる。
その後は、会場になった近くに農業小学校を設立し、子供たちに農作業の楽しさを伝えていたという。
キングレコードから発売された第3回の実況録音盤のタイトルは
「自然と文化の72時間」だった。
音楽と自然を愛した安保洋勝さん。
心よりご冥福をお祈りします。
新聞記事を読んでいてふとこの歌が脳裏に浮かんだ。
笠木透さん『わが大地のうた』
安保洋勝さんもきっと天国で口ずさんでいるかも・・・。
わが大地のうた/笠木透&我夢土下座
あの頃の中津川を盛り上げてくれた人なのですね。なぜここが?こんな所に?って思った事があります。
湖畔には遠足で行ったり、高校の時のマラソン大会の折り返し地点だったりした場所でした。
フォークジャンボリーをやっていた場所には確か こんもりと土を盛り上げたステージがあり、ピクニックに行った時はそこでみんなで歌ったりしました。昔の話ですけどね。
綺麗に整えられた広場は安保さんが手掛けたものだったのですね。
発売の時にフォークジャンボリーの記事を書くつもりでしたが、
関係者の方が亡くなったのですね。
ご冥福をお祈りします。
岡林信康さんも、「友よ」の続編的曲を発表して
活動停止を匂わせていたそうです。
また一つ時代が終わる感じを受けました。
椛の湖畔はまだ行ったことがありません。
近くにフォークジャンボリーの記念館もあるそうですね。
一度、行ってみたいと思っています。
楽しみにしてます。
第1回フォークジャンボリーから54年。
日本の音楽の歴史に残るイベントとして、当時の音源などは
大切に後世に残していってほしいかとぽ持っています。
お元気でいらっしゃいますか?
更新が途絶えてるので、どうされたかと
長期離脱どうしました。
お身体の不具合ですか?
心配しています。
生存確認だけしてください。
ご心配をおかけしました。
引き続き今後ともよろしくお願いします。
「元気です」
今日から再開しました。
引き続きよろしくお願います。