久しぶりに我が家へ帰ってみました。町民の中には東電に依頼して家財道具を全部搬出して解体を待つという人も出てきているのですが、私はまだもうちょっと持ち出したい荷物があるのでまだそこまでには至っていません。家自体は立派にまだ建っているんです。建材はヒノキだし私の部屋の壁はヒバなので内部は良い香り。多少あちこちにネズミのお仕事の残骸がありますが、まあそこはもうあきらめの境地。
で・・・です。町に入る前に検問所があるんですが、自宅に行くまでには二か所通ることになる。その両方で通行許可証と身分証明書を提出しなくちゃならない。通行許可証にはナンバープレートと車体識別ができる情報が書いてあり同乗者も決まってる。追加したい場合には別途申請しなくちゃならない。三親等までは云々という決まりがある。まあそこまではこれまでとそんなに変わらないので面倒だと思いつつ防犯の点から考えればそれも致し方ないのかなと思ったんですがね。ここからはそこから先の話。
いざ、帰宅を終えて帰ろうとしたときにあるバリケードを通ろうとしたら「ここは除染従事者専門なので~」という。「は?!」何言ってんの?普通の道路だろう?バリケードは仕方ないよ。ええ、仕方ないですけど通れないってどういうこと?自宅へ続く道も大きく迂回しないといけないのに国道に出る主要町道が通れないってどういうことよ?しかも国道まで100mもない地点での話。誘導係曰く一番近いのは役場の敷地内を通った先にあるという。あ”?もう喧嘩腰。いくら町民のための除染作業とはいえ、町民あっての除染だろう?その町民が通れないバリケードとはなんぞ?検問所よりひどいわ・・・・。
まあ、笑い話もあるんですよ。国道を検問所に向かって走っていて、なにわナンバーの車にあおられたので道を譲ったんです。面倒だしね。雪だったし。で、そのなにわナンバーも検問所で止まった。すぐ後ろに自分の車。なのに検問所で通行証を見せて通過許可を得たら「前の車を追い越して良いです」っていうのよ。「どうしたんですか?」と尋ねてみた。「通行証が無いので・・・」と苦笑してる。わはは。ざまみろ。物見遊山で来られちゃ困るってことですな。
結局帰り道も同じ検問所を通るのですが、再び身分証を提示しなくちゃならない。アー面倒!と言ったら「この先にもう一か所ありますから~」と教えてくれた。ええええ。町を守ってくれているんですもんね。文句は言いませんよ。「ご苦労様です」と声をかけて通り抜けます。
これでも以前よりかは楽になったんです。前は決められた日にしか入れなかったし、通行証も一回ずつの申請だった。今は一度発行されれば車種が変わる以外にはそのまま使えるので楽にはなった。それでも帰宅困難地区は大変だもん。
国道沿いの家は入り口に全部バリケードがある。それでも泥棒は入っているらしい。幸い我が家は路地の奥だったし除染作業中という事でバリケードはなかったけど、いちいちあの重いバリケードをどかして帰宅する人は大変だろうなあって・・・・。
あれから五年です。まだまだ気持ちの整理はつきません。津波被害の大きかった地区の人たちの気持ちもそうだろうけど、そこにある家に帰れない苦悩もある。生かされている苦悩もそれは相当なものだろうと推測はするけれど、やはりどこか違う。今でも行方不明者を探し続けているっていう話。アルバムを見つけて「誰だか調べられるんじゃないか・・・」とつぶやいた報道があったけれど、写真一枚でもいいから見つかれば希望にもつながるのかなと思ったんです。
帰りたい。帰れない。帰りたくない忘れたい。もうあきらめた・・・でも・・・と堂々巡り。
矛盾だらけの震災記念日。複雑です。
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