日本に多種多様な農家がいる理由。
水田周りの野焼きや水路掃除がおこなわれていた先週の週末。南九
州の海岸部地方では3月下旬から早期水稲の田植が始まりますから
こういった集落を中心とした共同作業は、水稲作には欠かせない作
業となっているのです。ただ最近気づくのは、こういった作業に参
加する参加人員の少なさ。年々農家戸数が減少しているのですから
まあ当たり前の話ではあるのですが、はたしていつまでこういった
人海戦術のかたちをとった部落総出の共同作業がいつまで続けられ
るのかと不安になっている昨今です[でないとドローンはとんでいる
けれど水路が使えないのでイネは植えられていないみたいな平たく
言えばそうなるという話です、野菜作だって水問題は大切ですし]。
・・・日本の自給率が低下し続け、農家数の減少が続いているいじ
ょう 今年よりも来年、来年よりはさ来年と時間が経過していくに
つけ、この傾向は拍車をかけてつづいていくのはまちがいのないこ
とでしょう。ということで前回の 日本の用水・排水路をまもって
きたもの/こちら の関連として、日本の農家は多様であったという
話の再掲載です。『大規模化すすんでいないので日本農業は弱い』
『AI化されていないから人手がいる』といったような一般論への参
考資料として2009年の再掲載ですが、よろしかったら。
↓
『日本に多種多様な農家がいる理由。』
野菜や果樹などを栽培する労働集約型の農家は、土地をあまり必要
としません。
むしろ労働力の限界を感じつつも、無理を押してイネを作付けしな
ければならないときすらあります〔作付けしないで田を荒らすとま
わりの農業者からのクレームがきますからね〕。
このように、もっている土地が余ってしまう場面もあるわけです。
ですから、このあまっている水稲を作付けする水田について、土地
利用型農業を目指す農業者に貸し出したり作業委託を頼む場面があ
ります。
反対にイネやムギ、大豆を栽培する土地利用型単独農家では大規模
な土地が必要になります。。
たとえばイネの場合でいえば、1haほどの農地では農業所得は生じ
ず、5ha以上でなんとか経営的にとんとん、10ha以上の農地を確
保して初めて農業所得が500万円程度になるともいわれています。
そこで労働集約型の農家が、土地利用型単独農家に土地を貸す場面
がでてくるわけです。これでどちらとも経営がうまくまわる。
いっぽう労働集約型の農家というほどでもなく、土地利用型単独農
家でもない、中間型というべき農家もいます。
たとえば水稲の時期にはイネを作り、水稲が終わるとキャベツや野
菜などの葉物野菜や小面積のハウス栽培で野菜をつくったりする農
家です。そして人でがあまる時期には、前述の労働集約型の農家や
土地利用型単独農家に賃金を貰って手伝いにいったりもします。
もちろんこれでも経営がなりたちます。
また、1haほどの土地を持ち、〔自分のウチが食べる分+α程度の〕
野菜や米の作付けだけをする程度の兼業農家もいます。また年金収
入が主たる収入源で、あまった農産物をすこしだけ販売する農家も
います。ここでは自分で農作物を作れない分の土地を土地利用型単
独農家に貸したり、労働集約型の農家へ賃金を貰って手伝いにいっ
たりもします。
これらもまた経営がまわっている農家であるわけです。
そうそう、ほかにもありました。
たとえば畜産だけをおこなう農家もありますし、なかには不動産屋
さんのような農家、まるで企業家のような農家もいます/笑。ただし
やはり前述のようにたとえば農作業を委託したりとかの何らかの形
で、集落とはつながっているわけです。
と、このようにひとつの集落のなかには、いろいろな農家と農業が
あるわけです。そしてここがポイントなのですが、くくりでいえば
全部が『農家』でありますし、おこなってるのは『農業』であり、
そしてその多種多様な農家が助け合ってひとつの集落ができあがっ
ているという現実があります。
さて、ここで問題となるのは、昨今論議が盛んになっている〔日本
には土地利用型農業しかないと思わずをえないような〕農業改革論
です。いろいろな農家と農業のある農業の問題をひとくくりにして
語るにはあまりにも実情を知らないというか、現実を見ていない・・
と思うのです。
語るな・・とはいいません。でも、せめてどの農業と農家に対する
農業改革論を語っているのかを、まず最初に説明していただけない
かと思うのです。もちろん共同作業の件を頭に入れつつ・・ですよ。
日本の企業だってそうですよ。大企業や中小企業、株式会社に
個人商店それに外資やベンチャーなど、いろいろな会社全部を
まとめて日本の企業ですものね。
「夢で終らせない農業起業」「 本当は危ない有機野菜 」
水田周りの野焼きや水路掃除がおこなわれていた先週の週末。南九
州の海岸部地方では3月下旬から早期水稲の田植が始まりますから
こういった集落を中心とした共同作業は、水稲作には欠かせない作
業となっているのです。ただ最近気づくのは、こういった作業に参
加する参加人員の少なさ。年々農家戸数が減少しているのですから
まあ当たり前の話ではあるのですが、はたしていつまでこういった
人海戦術のかたちをとった部落総出の共同作業がいつまで続けられ
るのかと不安になっている昨今です[でないとドローンはとんでいる
けれど水路が使えないのでイネは植えられていないみたいな平たく
言えばそうなるという話です、野菜作だって水問題は大切ですし]。
・・・日本の自給率が低下し続け、農家数の減少が続いているいじ
ょう 今年よりも来年、来年よりはさ来年と時間が経過していくに
つけ、この傾向は拍車をかけてつづいていくのはまちがいのないこ
とでしょう。ということで前回の 日本の用水・排水路をまもって
きたもの/こちら の関連として、日本の農家は多様であったという
話の再掲載です。『大規模化すすんでいないので日本農業は弱い』
『AI化されていないから人手がいる』といったような一般論への参
考資料として2009年の再掲載ですが、よろしかったら。
↓
『日本に多種多様な農家がいる理由。』
野菜や果樹などを栽培する労働集約型の農家は、土地をあまり必要
としません。
むしろ労働力の限界を感じつつも、無理を押してイネを作付けしな
ければならないときすらあります〔作付けしないで田を荒らすとま
わりの農業者からのクレームがきますからね〕。
このように、もっている土地が余ってしまう場面もあるわけです。
ですから、このあまっている水稲を作付けする水田について、土地
利用型農業を目指す農業者に貸し出したり作業委託を頼む場面があ
ります。
反対にイネやムギ、大豆を栽培する土地利用型単独農家では大規模
な土地が必要になります。。
たとえばイネの場合でいえば、1haほどの農地では農業所得は生じ
ず、5ha以上でなんとか経営的にとんとん、10ha以上の農地を確
保して初めて農業所得が500万円程度になるともいわれています。
そこで労働集約型の農家が、土地利用型単独農家に土地を貸す場面
がでてくるわけです。これでどちらとも経営がうまくまわる。
いっぽう労働集約型の農家というほどでもなく、土地利用型単独農
家でもない、中間型というべき農家もいます。
たとえば水稲の時期にはイネを作り、水稲が終わるとキャベツや野
菜などの葉物野菜や小面積のハウス栽培で野菜をつくったりする農
家です。そして人でがあまる時期には、前述の労働集約型の農家や
土地利用型単独農家に賃金を貰って手伝いにいったりもします。
もちろんこれでも経営がなりたちます。
また、1haほどの土地を持ち、〔自分のウチが食べる分+α程度の〕
野菜や米の作付けだけをする程度の兼業農家もいます。また年金収
入が主たる収入源で、あまった農産物をすこしだけ販売する農家も
います。ここでは自分で農作物を作れない分の土地を土地利用型単
独農家に貸したり、労働集約型の農家へ賃金を貰って手伝いにいっ
たりもします。
これらもまた経営がまわっている農家であるわけです。
そうそう、ほかにもありました。
たとえば畜産だけをおこなう農家もありますし、なかには不動産屋
さんのような農家、まるで企業家のような農家もいます/笑。ただし
やはり前述のようにたとえば農作業を委託したりとかの何らかの形
で、集落とはつながっているわけです。
と、このようにひとつの集落のなかには、いろいろな農家と農業が
あるわけです。そしてここがポイントなのですが、くくりでいえば
全部が『農家』でありますし、おこなってるのは『農業』であり、
そしてその多種多様な農家が助け合ってひとつの集落ができあがっ
ているという現実があります。
さて、ここで問題となるのは、昨今論議が盛んになっている〔日本
には土地利用型農業しかないと思わずをえないような〕農業改革論
です。いろいろな農家と農業のある農業の問題をひとくくりにして
語るにはあまりにも実情を知らないというか、現実を見ていない・・
と思うのです。
語るな・・とはいいません。でも、せめてどの農業と農家に対する
農業改革論を語っているのかを、まず最初に説明していただけない
かと思うのです。もちろん共同作業の件を頭に入れつつ・・ですよ。
日本の企業だってそうですよ。大企業や中小企業、株式会社に
個人商店それに外資やベンチャーなど、いろいろな会社全部を
まとめて日本の企業ですものね。
「夢で終らせない農業起業」「 本当は危ない有機野菜 」