親友、心友、真友。
親友とは、第二反抗期を始めとする自我の確立期、いわゆる思春期の自立や自律を求める心性が、両親、とりわけ父権の相対化とともに、いわばその代償のように登場する、という意味のことを先に言った。
ここで、親友、心友、真友、と同音異語を三つ並べて考えてみる。
親しい友、心の友、真の友、との謂いようもあるのだから、あながち造語とも言えないだろう。それぞれの語感からは微妙な違いを感じさせるニュアンスがある。
親友が思春期において前述のように要請され登場してくるとすれば、それは父親への相対化のための媒介手段として求められる対象とも言いえるだろう。
家族間の縦関係の相克を、横関係のひろがりのなかで近しく親しい他者へと媒介を求め、対抗し克服してゆく構造には、無意識に甘えやもたれあいが潜んでいるように思われる。
その甘えは、家族へも、また親友として呼び出される友に対しても等しくあるのではないか。
およそ、思春期の頃に互いに親しく付き合い、親友と呼び合えた間柄は、時の風雪のなかでいずれ儚く遠い存在となってゆく。
あとに残るのは懐かしさばかりがいや増すだろう。
もし、自身の自立や自律を求めることが、父権の相対化を親友を生み出すことで解消し、実現していくのではなく、父親の像を家族以外の父権構造を有する他者、たとえばまず出会いうる身近な可能性として教師であったりするのだが、外部の父権的な存在と出会い、我が父親を相対的に、客観的に見ることができえたら、我が父親を社会的存在として、父権構造の類型のなかの一個として、社会のなかから捉え直していきつつ、横の関係へと、対等の他者としての友を求めるなら、それは心の友となり得る存在だろう。
この場合、父親以外の父性原理を体現している他者が、圧倒的な強さで自分自身に迫りくるような存在だったとしたら、対等の他者として求められる友とのあいだにもまた、それに対抗しうるような強い力を見出していかなければならない。
ここでは、父権的存在の他者に対し充分な尊敬が払われ、心の友としての他者をも同じように敬することができる。前者とは敬し-敬されるというわけにはいかないだろうが、友と自分自身のあいだでは、ともに敬し-敬される関係が成り立つのではないか。
こんなことはおよそ現実には叶うものではないのだが、親友ではなく心友とは、そういう地平でしか生まれ得ないのではないか、と思われる。
さらに、父性原理を体現する他者が、自分自身にとって絶対的なほどにまでその存在価値を強め高めるとき、この他者はもう神のごとき存在となる。そこではみずからのすべてを投げ出し、おのれを空しくして、ただひたすら帰依するしかない存在となるほかない。
対等の他者としての心の友を求める必然もないことになろう。
では真の友とは何処にありうるのだろう。それはおそらく他者のうちにあるのではなく自分自身の内部に生まれうるものとしてあるのだろう、と思う。
絶対的な神の如き存在に対して、おのれを空しくし、ひたすら帰依するほかない時、自分という存在には一分の主体もないし、自分という思慮さえもないのだから、自分とは相手からのありとあらゆる照射を一身に受容するのみの者であり、自分とはその一切を反照する存在でしかない。
その、照射と反照の内に、真の友が現前する、といえるのかもしれない。
山頭火のモノローグ
わしが探し求めていた其中庵は熊本にはなかった。――
嬉野にも、川棚にもなかった。――
ふる郷のほとりの山裾にあった。――
柿の木にかこまれ、木の葉が散りかけ、
虫があつまり、百舌鳥が啼きかける、廃屋にあった。
まさに、廃人、廃屋に入る、――