クロちゃんの大往生

 クロちゃんという猫がいた。本当の名前はなんというのか知らないけれど、みんなクロちゃんと呼んでいた。山沿いの小道に並んだ家々のどれかがクロちゃんのうちで、クロちゃんはいつもそのあたりで寝そべったり毛繕いをしたりしていた。
 クロちゃんは中くらいの大きさの黒猫で、洋猫の血が混じっているのか、鼻は平たく、短足で、毛は長くてふさふさしていた。黄色い目がちょっとこわいような印象を与えるのだけれど、ものすごく人懐っこい、可愛らしい性格であった。人が来ると、擦り寄っていって、撫でられたり抱っこされたりして、ごろごろと喉を鳴らしている。だから、小道を通る猫好きな人は、みんなクロちゃんのところで寄り道した。さんざんクロちゃんと遊んで、じゃあまたね、と帰りかけると、道の向こうから自転車でやってきたおばさんが、わざわざ自転車を止め、「クロちゃーん」と呼びながら駆け寄ってきたこともあった。また、クロちゃんと遊ぼうと思って小道を通ったら、すでに先客が寝転がったクロちゃんのお腹をさすっていたこともあった。
 そのクロちゃんだけれど、姿が見えなくなってずいぶん経ち、もう死んでしまったのかしら、あの道はときどき車も通るから、と思っていたら、その後のクロちゃん情報を、最近になって父が近所の人から聞いてきた。
 やっぱり死んでいたのにはちがいないのだけれど、なんと、クロちゃんは20年も生きたらしい。ある日、屋根の上で寝ているのかと思ったら、死んでいたという。きっと、眠るように静かに息を引き取ったのにちがいない。クロちゃんの、大往生である。
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