日々、あんのん。

からだの育ちの凸凹、学習のスタートラインにつけない人のもっと学びたい、発達したいを応援します。

君はずっと一緒だった〜自閉症だった息子〜③

2020-06-24 17:24:00 | 本の紹介
続きです。



私が学校で仕事をしていた頃、知る限りは、「心療内科」や「発達外来」、カウンセラーの所に行っている子どもたちはいました。

病院のみならず、その土地で有名な霊媒師的な方のもとを訪ねる人たちもいました。

本と異なるのは、教師や養護教諭が受診を勧めるよりも「どこか知りませんか?」と親御さんに聞かれて、他校からも情報を聞き、複数箇所の心療内科や発達外来のある所をネットでプリントアウトして、資料として提供する形だったように記憶しています。

今、私が学校で仕事をしていたら、神田橋先生を書籍と共にお勧めに入れてもらったと思います。


卯月さんは、お子さんが中学校時代に養護教諭からの突然の電話で、ほぼ強制的に精神科の病院に行くように勧められます。

そして、親御さんの話を聞く間もなく、「今はいい薬もありますから」「探せないようでしたら校医の先生がいる大学病院に」「とりあえず行って、後から病院を変わる人もいる」と読む限り矢継ぎ早に病院に行くよう促されます。

お子さんも親御さんの普段が精神的にジェットコースターのような安定しない感じであれば、もしかしたら、心の安定を図るための病院のいくつかをピックアップしているかもしれません。

卯月さんのお家は、そういうことと無縁に暮してきた方々で、行きつけの精神科も行きたい精神科の病院もありませんでした。

それは、たぶん、ほとんどのお家がそうだと思います。

それでも、忙しい中、愛しい我が子のためにパソコンで検索し、児童精神科にヒットします。

しかし、予約待ちが三ヶ月で養護教諭を通し、校医の大学病院に行くことになり、最悪の医者と繋がってしまいます。

これも、特別なことではなく、焦る気持ちがあれば学校の校医は、取り得る選択肢です。

さて、最悪の医者の「明日から学校は休んでください」も本当に全国津々浦々にいる凡医、害医、毒医が、今日もどこかで発しているのでしょう。

私は、学校に勤めていたときに、これと似た言葉を親御さんからお聞きしたことがありました。

そこ子は、入学式以来、学校に中々来ることができない子でした。でも、色々な先生が関わりながら、1時間を2時間に、午前中だけ、午後だけと少しずつ学校に足が向くようになっていました。

それでも、行くとストレスにもなり、体調を崩したりしていました。それで、親御さんが発達外来のある病院を受診されたところ、「保育園、小学校とこの子はずっと疲れてきて、今、疲れ切ってるんです。学校なんかにやるのは親のエゴだ、虐待だ!」とお子さんの前で親御さんは罵倒され、そこから、プツリと学校に来なくなりました。

プリント類を持っていっても会えず、電話をしても声は聞けず、親御さんたちは働いていて、普段の様子もあまり聞けませんでした。

ただ、そのお子さんが尋常ではない、世の中の怖がり方をしたり、家族を大変な目に合わせたりすることがあったようでした。

そのままずるずる受験を迎える年まで行ってしまい、親御さんから「発達外来の先生に、こんな長く休んでるなんて異常だ。とっくにお子さんは学校に行けてたはずだ、と怒られたんです」と相談があったときには、目がテンになり、発達外来の医者の無責任さと無能さに「田舎医者はロクでもない」思っていました。

後に、花風社と出会い、こういうのが、発達系医者のスタンダードと知ることになるのですが、その時は、腹が立ち、その病院に行こうとする親御さんに出会うと、養護教諭や関わっていた先生方と「あそこはやめたほうがいい、あそこに行くくらいなら家で寝てたほうが来週につながる」とネガティブキャンペーンをしていました。

本に出てくる精神科医者も「ちがーう!」と感情的に言って親御さんの言葉を遮ったり、「私もアスペルガーなんです」と宣言したり、心に落ち着きがありません。

こういう人たちは、自分を治せもせず、自分と似た症状の人と会って己の精神の安定をはかり、癒すために精神科医になったのだろうな、迷惑だし有害な人たちだなと思うことでした。

そして、学校内で生徒に問題があったときに、学校が不利な立場にならないように、「生徒の精神面にも配慮できます」というアリバイ作りにそんな人を校医として置いている学校のセンスに読みながら、うんざりしました。

卯月さんは、その後、家の近くのクリニックに病院を変えますが、またしても凡医に巡り合います。

「アスペルガーなんていいじゃない。私の周辺では人気があるのよ」という患者をゲームのレアなカードか何かくらいにしか思っていな凡医です。

2006年の私が支援員として学校で仕事を始めた頃、学校に「特別支援教育支援員」が配置された頃、年に何度も地域や県内の発達センターや大学の発達障害について知識のある先生からの研修がありました。

そのときに、「アスペルガー」や「自閉症」と共に「アインシュタイン」や「エジソン」「トムクルーズ」や映画レインマンの紹介がありました。

私はそのとき、アスペルガーにも自閉症にも詳しくありませんでした。だから船漕ぐ人も多い中、真面目にメモを取りながら、聞いていました。

でも、日々関わっていた、「訂正をきちんとする」の「きちんと」の本人レベルが高すぎていつまで経っても提出できず困っている子やクラスでのグループ作りに戸惑い、運動が苦手なのに学年でも最上級レベルの運動レベルのグループに飛び込み、練習でうつむいている子にどうしたらいいかのヒントは研修では何一つ得られないことを研修に出るたびに学ぶことになりました。

きっと、卯月さんが出会った、凡医たちと似たり寄ったりのレベルの人たちが、私のように初めて特別支援教育に出会う人に、
先駆者気取りで内容のないことを教えていたんだなぁと今は思います。

そうやって、本に出てくる「小川クリニック」の先生同様、症状の羅列が自閉症を理解したことだと思っているような人が、自閉症や発達障害の理解のために今でも研修だ、講座だとやっている現状。卯月さんの凡医の毒牙にかかりお子さんを亡くされた無念さが浮かばれないと胸が苦しくなりました。

「薬だけ出してくれて、話は3分も聞かれない」「もう少し様子を見ましょうって言われて、一年半経つ」「嫌なら病院変えられたら?と言われた」そんな話を私の周りでも聞くことがあります。

どうしてこうも、威圧的高圧的に相手を萎縮させるだけの医者や無策で先の見通しもない医者ばかり卯月さんは出会ってしまっていますが、これは不運というより、仕方がないことかもしれません。

自分で違和感を持つのだったら、自分の感覚を信じて病院を変える、それが先々自分を守ることにもなる。でも、それをするには自分の人生には自分で責任持つ、ダメならまた動く体でいることが大事かも、そんなことを思うことでした。



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