ある晴れた夏の日に僕たちは車で出かけた
借りてきた赤いコンパクトカーは
お世辞にもカッコいいとはいなくて
デートにしては気の利いてない
車で
彼女をデートに誘った。
小さな町の外科病院の受付をしている彼女は
身の回りをテキパキとこなし、
少し心配性で
少し人見知りで
その上しっかりもの
彼女を形成したのは
家庭の事情。
何もかも一人でこなしてきた環境だった。
そんな彼女に
甘えん坊の僕は
彼氏らしさ
男らしさを
見せつけようとするけど
下手な意識をするばかり
自然体でいられない
ぎこちない時間の流れる
車内は
カーステレオからの音楽も
記憶にないくらい
会話も途切れがち
お互い心の探り合い
求め合い
受け身な彼女は
僕からの攻めの言葉を待ってるそぶり
掴めない心に
苛立つばかり
ハンドルを握る手が汗ばんで
上の空と虚な目で車を転がしている。
気の利いた言葉が出てこない
笑わせるネタもなく
余裕のない僕はきっと
つまらない男だと写っているんだろうと、思えば思うほど
言葉を見失う。
「好きです。付き合って下さい」と
かけた言葉の次が
今回のデートの誘い
彼女の好きな
さだまさしのレコードをカセットテープに入れて
流しているけど
それも耳に残らない
彼女がポットに紅茶を入れてきてそれをコップに注ぎ僕に笑って差し出してくれた。
信号待ちで手と手が触れ合うコップの手渡し。
よく冷えた紅茶をカラカラの喉に
一息に流し込むと
唇の端から
紅茶の雫が垂れ
子供のようにだらしない格好を
照れ笑いで彼女を見ながら腕で唇を拭おうとしたら
彼女が指先で
唇の紅茶の雫を拭ってくれた
僕に対して母性をみせてくれた瞬間。
やっと心の底から笑顔になった僕は一言
ありがとう。の言葉から
彼女を好きになるまでのことを一気に話し、捲し立てた。
彼女はただ助手席でそんな僕の話す顔を嬉しそうに目を細めながら
はにかんだ微笑みをみせながら時々下を向き
相槌をうって
ずっと聞いてくれた。
ハンドルを握る左手を離し
彼女の手をそっと
握りしめると
彼女も手を返し指を絡ませて握り返してくれた。
潮の香りが海までの距離を知らせる
ある晴れた日に
僕たちは車で海まで出かけた。