京都楽蜂庵日記

ミニ里山の観察記録

イグ・ノーベル心理学賞ー口にペンをくわえると幸せになる事の発見とそうはならない事の再発見!

2019年12月18日 | 文化
 イグ・ノーベルはノーベル賞のパロディー版である。昔は受賞者の中にはふざけていると言ってハーバード大学での授賞式をボイコットした人もいた。最近では人気があって、この季節になるとマスコミでよく報道されるようになった。
 

フリッシュ・ストラック(Fritz Strack)博士
(Copernicus Center for より転載)
 
 2019年のイグ・ノーベル心理学賞はドイツのフリッシュ・ストラック(Fritz Strack)博士が受賞した。 ストラック博士は、人がペンを口にくわえると笑い顔になってハッピーになるとして、1988年に論文発表した(参考論文1)。被験者はペンを口にくわえた不自然な状態で、漫画の面白さを判定した。すると被験者は通常よりも漫画を面白く感じたというのである。これは『表情フィードバック仮説』として、心理学の教科書に載りさかんに引用される有名な論文となった。無理にアハハハと声を出して笑うと、何故か気分が明るなりますよという心理療法に似た話だ。
 
 けれどもストラック氏は2013年から大規模な追試実験を組んで同様の実験を1894人の被験者にこころみた(参考論文2)。その結果はペンのくわえ効果なしであった。この論文では比較的誠実ではあるが歯切れの悪い言い訳をしている。いわく、『再現性の失敗は、うまくいく条件と効果を見つける良い機会である。再現性不可が建設的な役割を持つためには、重要な議論をはじめて結論を出す必要がある。効果が 1 つの条件でのみ発生し、別の条件下で発生しないことを示すことは単に効果なしを示すよりも有益である 。しかし、これには専門知識と多大な労力が必要となる』云々 有名になった自分の論文の結果を30年以上もたって、ご丁寧にみずから手間ひまかけて否定した。このなんとも言えない間延びが受けて、イグ・ノーベル賞の受賞に結びついた。
 
 ちなみにこの授賞式にはストラック博士が自ら出席し、事実を2分間で報告したそうである。歴代の受賞者の中には自分に不都合な受賞だと欠席する人もいたのに、それにくらべて誠実な態度だと評価されている。しかし、自ら訂正論文を出しているので当然の事だったのだろう。
この実験以外にも有名な心理学研究で再現性の無い例(「目の前の マシュマロを我慢できる子供の学力は高い」など)が、最近つぎつぎ報告され学会でも問題になっているらしい(日経新聞2019/12/15)。心理学は科学ではないという批判まででている。
 
参考論文とニュース
(1) Fritz Strack, Leonard L. Martin, and Sabine Stepper(1988) Inhibiting and facilitating conditions of the human smile: a nonobtrusive test of the facial feedback hypothesis.  Journal of Personality and Social Psychology, vol. 54, no. 5, 1988, pp. 768-777.
 
(2) Fritz Strack (2017) From Data to Truth in Psychological Science. A Personal Perspective”, Fritz Strack, Frontiers in Psychology, May 16, 2017.(https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyg.2017.00702/full)
 
日本経済新聞2019年12月15日30面 『心理学実験再現つまづく』
特集「心理学の再現可能性」『心理学評論』第59巻1号(2016)(https://www.pri.kyoto-u.ac.jp/pub/ronbun/1056/index-j.html)

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 強欲は我が内にあり: 史上最... | トップ | 時間についての考察:時間感... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

文化」カテゴリの最新記事