美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

作家 金鶴泳

2011-10-21 14:32:09 | Weblog

 

  ちょっとした縁から金鶴泳の遺稿作「土の悲しみ」(シングルカット社刊)を手に取る機会に恵まれました。恥ずかしながら、この時まで著者に関して全く知らず、それ故、先入観なく、読み進めることができました。私小説とも言えるこの作品は、幼少時より母親に対する父親の家庭内暴力に怯える環境の中、そのトラウマによるものか‘吃音’に苦しみ、愛情に満たされない寂しさと苦しさの中で大学生活を送る在日青年の話です。彼は偶然知り合った女子大生に恋心を抱きながらも、自分の気持ちを打ち明けることもできないまま哀しい恋は終焉します。書かれた文章には、堅苦しさも、意識的な飾りもなく、言葉で己の内面にあるものを表現することで、漸く一日一日を生き延びているのではないかと感じるものでした。1985年、彼が46歳で表現することを辞め、自らの命を絶ってから今年で26年が経ちます。

作家 金鶴泳は、東大大学院化学系研究科博士課程を中退し、66年「凍える口」で文藝賞を受賞したこと期に、執筆活動を本格的に始め、その後4回も芥川賞の候補に挙がります。彼の作品や文章は、その後の多くの在日作家に、多大な影響を与えたと言われていますが、金鶴泳自身は、在日作家というレッテルにも、在日文学という評価にも無関心だったのではないでしょうか。吃音に対する苦悩を表現した「凍える口」にもあるように、自ら言うところの「恐ろしい家庭環境」、そして「吃音」、「在日朝鮮人としての葛藤」が繊細すぎるほどの感性を持つ作家の中で生涯蠢き続け、執筆することで、ガラス細工のような脆い心を支えてきたように私には思えます。

主人公の祖母は、異国の地で、寂しさと絶望の中、鉄道自殺を遂げます。遺体は線路側に仮埋葬され、遺骨は行方がわからないまま、祖母の墓に埋葬された骨壺には周囲の一握りの土のみが入れられました。「土の悲しみ」とは、まさに誰からも愛されないものの悲しさと哀れさなのです。父親の暴力に対して殺したいほどの憎しみを持ちながら、経済的には依存し、頼る自分の弱さを自覚します。哀しい物語ではありますが、美しいこの本の装丁同様、読後はなぜか爽やかさも感じるのが不思議でした。 ぜひ一読を薦めます

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