渦巻き

どこかいった記録など

長浜城

2015-07-26 11:13:22 | 城-関西
7月25日    晴れ 

もちろん暑い  




しらさぎ3号



長浜駅


ボランティアガイドさんの解説付きで 長浜巡り

長浜城



城のすぐ 裏手が琵琶湖





長浜鉄道スクエア


長浜~敦賀間の測量が始まったのは1871年(明治3)3月、しかし国の予算が乏しいためすぐには着工できません。
1880年着工。 1882年長浜駅舎完成。

日本酒1.8リットルが5銭の時代、長浜~敦賀間の運賃は40銭。



D51形793号蒸気機関車                               ED70形




国指定名勝  慶雲館   


1月から3月に行われる 盆梅展がおすすめということ









茶室



木造二階建て   寄棟造桟瓦葺





吉川三左衛門家の本陣跡







北國街道







長浜の郷土料理    焼鯖そうめん





曳山博物館              毎年4月には 曳山で子ども歌舞伎が奉納される  




長浜別院  大通寺  国指定重要文化財


うだつの上がる家

ガイドはここで終わりです      暑い中 ありがとうございました








地ビール



これから竹生島へ

大阪城

2014-09-07 10:09:08 | 城-関西
8月30日  


    朝晩 涼しくなってきて、真夏も終わり?


            大阪城へ


         大阪城公園駅で降りて 




                           大阪城が見えてきた    この辺りから みんな写真撮りだした、、、高揚するんだ城は!!!


                                  立派な石垣

                                               現在の大阪城に残る石垣はすべて徳川時代に藤堂高虎によって築かれた

                 天守から


          
                                 


                        西の丸庭園 
                     

 焔硝蔵

   

                    西の丸から見た大阪城     
徳川時代の天守台上に秀吉時代の天守を再建したといわれる
                            
   築城には浅野長政、加藤清正、脇坂安治、藤堂高虎、黒田如水、加藤嘉明、高山右近らが深くかかわった 


                          千貫櫓



                                桜門枡形の巨石  
                      


                             修道館   居合道をやっていた
                                                           覗いているみなさん自分もやってみたい、、、と思っているのではないか


                            
                                                                      大手門




                        大阪歴史博物館  

                           
                                           10階    難波宮の時代


                             
                                        9階  船場の町並み

           7階大大坂の時代  公設市場 
                                      八百屋さん  奥におやじが 
                           
                                      大正14年(1925年)、関東大震災から二年後には大阪の人口は211万人に達し、
                                      東京市を上回って日本一、世界でも6番目の人口を持つ大都市になります






                            道頓堀・千日前

         


                      地下鉄で 四天王寺へ                   大阪市天王寺区四天王寺1 丁目11 番18 号 

                                            

                           
                                      元三大師堂

            

                             六時礼賛堂



              
                           伽藍配置は「四天王寺式伽藍配置」といわれ、南から北へ向かって中門、五重塔、金堂、講堂を一直線に並べ、
                               それを回廊が囲む形式
 


                           中国人・韓国人観光客が多かった   入口のミストの処でじ~っと涼んでいる方がいた

                               

姫路城

2014-07-01 20:24:13 | 城-関西
6月29日

     曇り 風が出てきてちょっと晴れたり~    そして急な雨!!  その後 晴れ~



   前から行きたかった姫路城へ。 

      
       大阪まで のぞみ 乗り換えて 姫路まで さくら
              
                      さくら、、、初めて乗った。  
  
                  姫路駅

       10時からボランティアガイドさんの案内で 歩いて回る
                   駅から姫路城が見える


       暑いが時折風も吹く~~


                    



                  この店の焼シュウマイがおいしいってガイドさんが言っていた     


                            
                             血の池址 

                           
                                 射楯兵主神社(いたてひょうずじんじゃ)

                
                                                   結婚式をやっていた
                                                             綿帽子の花嫁さんの後ろ姿が見えた
                                                     本日は友引~

                           鬼石



                         ようやく着いた~姫路城
                          

                          


    
                       大天守の登閣、大天守周辺の見学はできません。大天守は平成27年3月27日より一般公開を開始する予定です。
             
                            

                1580年羽柴秀吉は黒田官兵衛の姫路城に入り1581年、三重の姫路城を築きました。
                             関ヶ原の戦いのあと、姫路城に入った徳川家康の女婿・池田輝政は1601年秀吉の築いた天守などを取り壊し
                             石垣などは活かして1609年五重の姫路城を完成させました。




                                瓦が白いわけではなくて 目地が白いんだって
                              
                              ガイドのおじさんが ここからの姫路城がいいですよ と教えてくださった
                                それを聞きつけて周辺にいたカメラを持った観光客がすぐさま集まりだした、、いい写真撮りたいもん

                              
                                    
                                       
   
             


             姫路城の周りを歩く


                     姫路市立美術館                      


                    
                      姫路城の鬼門にあたるところ



     
   


   

      兵庫県立博物館

                           完成 1982年9月
                           設計 丹下健三・都市・建築設計研究所
                           構造 地上2階、地下1階、鉄筋コンクリート造    




                               
                                    姫路城が写っている   これがうれしい気分にさせる


                                      
                  
                            さらに歩いていくと、、、

                          
                     

                                     黒川紀章さん設計の1億円トイレ 



                        
                          このあたり秋は紅葉して美しいらしい
 
                          
   ここら辺でガイドは終わり、、、たくさんの情報をありがとうございました!!!
                              1時過ぎた~ お昼休憩とする

                              
                                  

                                



                             休憩してから 好古園へ
                                姫路城西御屋敷跡庭園「好古園」は、市制百周年を記念して建造された約3.5haの日本庭園


                           





                             



                       

                            茶室  双樹庵

                           
                         









          

                         姫路城の中へ

                        菱の門
                                


                        


                          
                         
             



                                                 千姫                 
                                   
                                     千姫  豊臣秀頼に7歳のとき嫁した徳川秀忠の長女  
                                     大阪城落城の際19歳になっていた千姫は家康によって救い出される
                                     
                                     桑名藩主 本多忠政の子 忠刻に嫁ぎ 夫と共に姫路に移る
        




                     姫路城内にある国指定重要文化財「リの一渡櫓(りのいちわたりやぐら)」を展示場に、
                             期間限定(2014年1月12日(日)~2015年1月10日(土))で開催される「官兵衛の歴史館」。



              

                              ゆっくり見る時間がないわ
                    

          雨が降ってきた。

          最初 パラパラだったけど 軽い夕立になった。


         傘を持っていない人は雨宿りしている。

          ワタシは 晴雨兼用傘なので  電車の時間もあるし  歩く、、、  


              足元はひどく濡れてしまったが


              駅に着いた頃には 陽も差してきた


               



          

横山城~

2014-01-17 14:11:00 | 城-関西
12月1日    晴れ時々曇り



   滋賀県長浜市   JRで行くハイキング  
  「石田三成の出生地と横山城跡を訪ねる」


    8時2分の米原行。
     米原乗り換え~長浜行。


     
      米原駅で 蒸気機関車に出会った。
      ほかの車両に乗っていたのだが、蒸気の煙がシルエットとなって映り
      なんだろうと振り向いて気が付いた。
 

    
  
    長浜駅

石田三成
   近江坂田郡石田村に生まれる。
   長浜城主秀吉に見出され、近侍として仕える。その際の逸話は有名。
    

   三成の頭蓋骨とされる写真があり、またそれを元に生前の顔を復元して作られた肖像画がある。


   

家康との決戦に破れ逃走中、古橋村(滋賀県、長浜市)で捕らえられ、
          小西、安国寺らと共に京都六条河原で処刑された

          
          三成が刑場に向かう途中、黒田長政は馬を下りて三成に自分の羽織をかけてやったという。


       
今回、長浜城へは行かなかった。



  
     
        八幡神社。この日は神社のお祭り。




  

   裏に石田神社。


        
            奥の塀の前に石田家のお墓が埋められていたそうです。
            小高い山状態だったそうです。



    日吉神社。


    日吉神社脇~ここから横山城へ登る。


   京極氏の支城であった横山城は、永正14年(1517年)に浅井亮政(あざいすけまさ)に攻め落とされ、
   浅井氏の所有になってからは、小谷城を守るための出城の役目がありました。  
   

 登りやすい道。
      





    ボランティアガイドの方が細かく教えてくださいます。




     山城のことがよくわかりました。










   落ち葉がいっぱいですが、戦国時代は火を放たれたら終わりだということで

   落ち葉はきれいに掃き清められていたのでは?    というガイドさんのお話でした。






 ここで秀吉が、指揮をとっていたのかな。


    











                             深い堀も経年で自然に埋められていったそう。


              
 頂上で昼ごはん。
    京都、大阪からいらしている方が多い。  


        天気もよくて頂上から伊吹山が...ぼんやり見える~~~。



      
     


休憩したら下山開始。帰りのバスの時間が決まっているので。



 降りてきました。




                      三成が修行をしていたとされる観音寺。
             鷹狩の帰りに、のどが渇いた秀吉は観音寺に立ち寄った。

             対応に出た寺小姓が三成だった。(三献茶)



             だいぶ古くて痛んでいるようの見える、、、。
             雰囲気のあるよいお寺ですので修復してほしい、、。



  ここから少し先のバス停まで歩く。


   

   三成の長男、重家は大坂城にいたが三成敗北の知らせで石田家の菩提寺で出家。
   家康の家臣で京都所司代の奥平信昌を通じて助命嘆願し許されている。

   次男、重成は津軽まで落ち延び、やがて杉山源吾と名を変えて津軽藩の家臣となった。


 

   長浜駅の平和堂でお土産を買って、、、。

 今日は時間がないので米原から新幹線で帰った。     









彦根~

2013-10-02 22:42:54 | 城-関西
9月21日  晴 

 

 JRで米原乗り換え彦根へ。

 1時間半くらいでついた。1,450円。
  駅のコンビニで赤飯おにぎりとグミ購入。

  
  

彦根駅は思ったより静か、ですね。   井伊直政公。

  


  駅から歩いて 佐和山城跡へ。   滋賀県彦根市古沢町

近道行こうと思ってちょっと迷ったりした。地元の方に道を聞いたり、、、。
   線路の向こう側なんだよね。
  

彦根駅の北側、佐和山(232.5m)にある城跡。

  天正18年(1590)石田三成(いしだみつなり)(1560-1600)が、佐和山城主となってから
  5層の天守を構え、鳥居本(とりいもと)を大手とする立派な城だったといわれる。

 
  

   
   

  

    檀家さんの墓の先に山がある。

  
    龍潭寺(りょうたんじ)   井伊家の菩提寺。

       すてきなお庭があります。  「ふだらくの庭」
   




  
   
  


  この日は、彼岸に入っているので墓参りをしている人が。


  
   頂上まで600m。


   櫓跡からの眺め。
  

    三成が関ヶ原から逃亡している間に居城、佐和山城は落城。
    城は高崎城主の井伊直政に与えられた。

    

  走って頂上へ。頂上にはちょうど記念撮影をしている
  10人ほどの初老のおじ様プラスきれいなお姉様1人の団体が。

   

      佐和山の山頂、標高232.9mの位置に本丸が設けられていた。

      
   
 

  弁天様まで行くとのことで後ろをついて行った。
   大洞弁財天  彦根城の鬼門に当たる地。

    
     この石は、わずかに残った隅石垣ということ。  周りは草ぼうぼう。
 


  ハイキングコースとあるけど、平坦な道ではないよ。


    


    

     

  そしてお昼休憩から彦根城まで一緒に行くことにした。
  大阪からいらしたとのことです。

   あるおじさんが、大阪から彦根までの運賃で 往復買ったのになぜ自分の方が
    他の人より高いのか?(百円弱くらいの差)とかで結構盛り上がってしゃべっていた。
    


    

   埋木舎(うもれぎのや)は、滋賀県彦根市尾末町にある、
    旧彦根藩主井伊家の屋敷跡。
   彦根城佐和口御門に近い中堀に面した質素な屋敷で、創建は宝暦9年(1759年)頃と見られる


   



     井伊直弼が生まれたのは、文化12年(1815年)10月29日。彦根城の一角にある
   「槻御殿[けやきごてん]」というお屋敷で生まれた。

     大名のこどもは、父のあとをついで大名になれるのは1人だけで、
       ほかの男子は、あとつぎのいない家の養子となるのが、
       社会で活躍できる方法だった。     


      直弼が17歳から住んだのが彦根市尾末町にある「埋木舎」という屋敷。
       埋木舎とは、世の中の出世・競争とは離れて、この屋敷に埋もれて、
     学問・文武の芸に励もうという気持ちをこめて、直弼がつけた名前
   
   


    埋木舎に住んでいたころからそばにいた彦根藩士の娘との間に
   直憲[なおのり]・弥千代[やちよ]ら15人のこどもが生まれた。
   このうち成人したのは7人だけだった。
    


   1850年 直弼が十三代彦根藩主となったのは三十六歳。
         幕府の大老職についたのは八年後。

    安政七年(1860) 三月三日 桜田門外の変で 四十六歳で死去。
         




     
        玄宮園   広くてすばらしい庭園。
           

  
お堀に黒鳥~。




       
           天守閣への道。 ここから、石段が、、、。


        
          とても歩きでがあるよ。  


      
         天下普請の城、彦根城。
   
       天守建築では珍しい切妻破風。  
        2階と最上階に華頭窓が用いられた。
          華頭窓とは釣鐘状の形をした尖頭型の窓。

       天守は大津城、天秤櫓は長浜城、太鼓門は佐和山城、西の丸三十櫓は小谷城からの移築。




      天下普請(てんかぶしん)とは、江戸幕府が全国の諸大名に命令し、
      行わせた土木工事のこと。




    



       
          ひこにゃん  すごい人気。  


       
           馬屋    元禄時代に建てられ常に十数頭の藩主用の馬がつながれていた。

         現存する馬屋は全国で彦根城のみ。
         

   

        3時過ぎて、帰り道に
       
              滋賀県 護国神社


       

       
       ゆっくり歩いて彦根駅へ。



      
初めての近江鉄道。 車両内に整理券発券機が。
        わ~すごい!  なんてぼやっとしてたら
        こっちの車両は、反対方面で 乗らなくてはならないのはあっちだよ!
すでにドアは閉まり、ゆっくりと走り出している、、、。大汗。



          結局、16時18分発のJRに乗り、米原乗換
          名古屋駅17時42分着。


          JR高島屋の地下で、家族の晩御飯用にお弁当、サラダ、揚げ物など買って
          市バスで帰った。