9月3日
愛知県 名古屋市 護国神社
市役所西庁舎へ行ったのですぐ近くの護国神社へ。
二男の入試の時、お参りした。
それ以来、来ていないと思う。
明治2年5月尾張藩主徳川慶勝侯が、戊辰の役に戦死した藩士等二十五柱の神霊を、
現在の名古屋市昭和区川名山にお祀りして「旌忠社」と号したのが始まりで、
その後嘉永6年以降、先の大東亜戦争に至るまでの愛知県ゆかりの
御英霊九万三千余柱を、護國の大神としてお祀り申し上げております。 ということです。
護国神社
国家のために殉難した人の霊(英霊)を祀るための神社。
東京都を除く道府県に建立され、その道府県出身ないし
縁故の戦死者、自衛官・警察官・消防士等の公務殉職者を主祭神とする。
戊辰戦争
1868年(慶応4)1月の鳥羽(とば)・伏見(ふしみ)の戦いから
1869年(明治2)5月の箱館(はこだて)戦争までの戦争をいう。
1868年が干支(えと)で戊辰(つちのえたつ)の年にあたるので、この呼称がつけられている。
手水舎
前来た時、この柱あったかな~。
殉職 警察官、消防員さんの碑があった。 ものすごく大きい。
地震の時は、離れた方がいいと思う。
消防員の碑の方は、伯爵 東郷平八郎書 とある。
東郷平八郎
薩摩出身。明治・大正期の海軍軍人。
日露戦争でロシアのバルチック艦隊を壊滅させた。
昭和の森~
さまざまな碑があった。
やぶ蚊もいっぱいいた。気が付いたら足には3匹の蚊がとまっていた。
思わず、声を上げた。
戦艦大和記念碑
海軍飛行予備学生慰霊碑
陸軍少年飛行兵慰霊碑 満州鞍山独立守備隊(第二中隊慰霊碑)
歩兵第二二八聯隊、同大隊慰霊碑
パラオ海軍部隊慰霊碑
哀些忠勇戦死碑(戊辰の役、尾張藩)
平和がいいよ。
みんな仲良くしようよ。
第九の合唱で 笑顔で歌ってって言われた。
無理にでも笑顔、そしてその先に知恵を使った明るい気配があるといい。