海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

アリとオバマ

2008-11-08 00:28:49 | 政治・経済
 1971年3月、テレビでカシアス・クレイ・とジョー・フレイジャーの試合を見た。昼間の放送で両親は仕事に行っていて、テレビの前に座っていたのは兄と私の二人だけだったように記憶している。その試合をわくわくしながら見たのは、カシアス・クレイがどれだけすごい選手であるかを父が話していたからだった。ホラ吹きクレイと呼ばれ、ヘビー級の世界チャンピオンだったが、同じ有色人種をなぜ殺さなければならないんだ?俺はベトコンに恨みはない、とベトナム戦争への徴兵を忌避してタイトルを剥奪された男。とにかくすごいボクサーだ、というイメージが大きすぎたせいもあってか、その日のクレイの試合ぶりは期待はずれで、確か14ラウンドにはダウンも喫し、判定で負けてしまった。
 それでも、カシアス・クレイの存在は私にとって大きなものとなり、そのあと引退までずっと試合を見続けた。イスラム教に改宗して「奴隷の名」を捨て、モハメッド・アリになった20世紀最高のスーパースターは、私にとってもあらゆるスポーツで最高の選手だった。
 モハメッド・アリやマーティン・ルーサー・キング牧師らが人種差別とたたかっていた時代を思い起こし、アメリカ合州国の次期大統領にバラック・オバマが決まったことに感慨を覚える人は多いだろう。アメリカ大統領選挙の投開票の様子は、日本の国政選挙並みの報道で伝えられた。初めて黒人の大統領が誕生したことや、「変革」を唱えてブッシュ政権の政策から転換を図ることが、マスコミではしきりに強調されている。ただ、見ていて気になるのは、オバマ新大統領の下でアメリカの「変革」が実現されるとして、それでは米軍の攻撃で殺されたアフガニスタンやイラクの市民とその遺族はどうなるのかということだ。
 ブッシュ大統領が行ったアフガニスタンやイラクへの軍事攻撃は誤りだったので、アフガニスタン・イラクの市民に謝罪し、遺族に補償をします。オバマ新大統領がそこまで踏みこんだ発言をし、行動をするだろうか。そんなことは考えられない。ブッシュ大統領の単独行動主義や先制攻撃論が否定されるにしても、それは米軍兵士が4000名以上戦死し、にもかかわらずイラクの占領・統治はうまくいかず、アメリカ国内で厭戦感情が高まっているという内輪の事情からくるものでしかない。大量破壊兵器を所持した独裁者を倒すという口実をでっち上げてイラクに侵略し、多くの市民を殺害した米軍の蛮行に対する反省と謝罪の意思は、オバマや彼を支持しているアメリカ国民にどれだけあるだろうか。
 アフガニスタンへの攻撃にしても、別にタリバン政権が9・11の自爆攻撃を敢行したわけではない。にもかかわらず、ビンラディンをかくまっている、と米国は「報復戦争」を強行した。しかし、その内実はビンラディンを捕捉することはできず、タリバン政権を打倒して米国の息のかかった政権を作っただけのものだった。それさえも今、タリバン勢力の復活によって破産しようとしている。そういう現実を前に、オバマはイラクから撤退した米軍をアフガニスタンに送り、「テロとの戦い」の主戦場にしようとしている。
 9・11事件以降、ブッシュ政権が強行したアフガニスタン・イラクへの侵略戦争によって、どれだけの市民が米軍に殺されたか。「変革」を叫んで政権交代すれば、ブッシュ前政権が犯しそれらの蛮行も全てチャラになるのだろうか。その上で「テロとの戦い」を引き継ぎ、アフガニスタンで新たな虐殺を行おうとしているオバマが口にする「変革」の内実とはなんなのか。ブッシュが余りにも酷すぎたために、オバマは過大に評価され、幻想を抱かれているのではないか。
 40数年前まで人種差別の行われていたアメリカで黒人大統領が生まれる。それこそアメリカの自由と民主主義の表れであり、アメリカの底力なのだ、という歯の浮くような自己賛美がくり返されている。しかし、オバマ新大統領がアフガニスタンへの米軍増派によって市民の犠牲をさらに拡大するのなら、それは死の商人どもを太らせるために同じ有色人種を侵略戦争で虐殺する初の黒人大統領にもなるということだ。モハメッド・アリの言葉を改めて思い出す。どうして同じ有色人種を殺さなければならないんだ?
 無論、有色人種だろうが何人種だろうが、殺していいはずはないし、殺されてもいけない。しかし、この世界の現実は、戦争で殺されるのは圧倒的に有色人種なのだ。これは決して人口構成比の問題ではない。イラク、アフガニスタンに派兵される米兵も、貧しい黒人やヒスパニックが数多く従軍している。アメリカという帝国の新たな権力者となったのが黒人だからといって、人種差別は克服されはしない。豊かな帝国の有色人種が貧しい国の有色人種を殺す。その帝国の軍隊を統べる大統領が黒人であるということは、むしろ無惨なことではないのか。

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4 コメント

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変革・・・ (やんばるっ子)
2008-11-08 08:51:05
アリは時の人でしたね。オバマ氏の言葉からは、アメリカの「帝国主義」に育てられたエリートだなという印象を受けます。
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Unknown (かむじゃたん)
2008-11-08 09:31:08
沖縄でも、悪気はないにしろ
「くろんぼ」などと、差別語、今でも
使われている。侮蔑感はあったような気がする。

ボクは、目取真さんよりやや年長だと思うのだが、
高校時代、キリスト教の雑誌に、こういう写真が
あっとことを今でも覚えている。
教会の中に入れない黒人の老人。ひざまずいて祈っている。屈強な白人が腕を組んで一歩も教会に
入れないように笑いながら睨んでいる、
そういう写真。40年前だ。
オバマにどれだけ期待していいのかわからない。
特に沖縄にとってはどうなのだろうと思いつつ、
でも、本当によかったと思う。
ブッシュに追随していた日本、ちょっとは
反省したいものである。

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多事争論を (目取真)
2008-11-08 09:50:15
今朝の琉球新報に佐藤優氏が、オバマの演説にファシズムの臭いを嗅ぎ取っていますが、オバマ当選万歳一色のマスコミ報道を相対化する視点がもっと必要だと思います。
亡くなった筑紫哲也氏の言葉を借りれば、今のマスコミには「多事争論」が欠けています。
アフガニスタンで米軍の砲撃にさらされる住民からすれば、ブッシュとオバマにどれだけの違いがあるでしょうか。
単独行動主義からの転換とは、同盟国への軍事負担増大要求でしかないのでは。
日本に対しても、集団的自衛権行使への圧力は強まると思います。
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Unknown (シカゴニアン)
2008-11-08 15:10:45
オバマが新大統領になる2、3日前に
同じシカゴのオーラル ヒストリアン、
スタッズ・ターケル氏
がひっそりと自宅で息をひきとった
のを知り少しショックでした。
「よい戦争」等 感銘を受けてたので。
大恐慌時に生まれ、新しい
大恐慌時に去るとは象徴的ですが、、、
ターケル氏の意見が聞きたかった、、、
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