海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

07年11月25日「福岡講演」記録4

2008-03-27 07:17:50 | 講演記録
【沖縄における自衛隊強化と右派の動向】
 そういうことを考えるとき、今回の教科書検定問題が教育基本法が改悪され、これから教育現場で「愛国心教育」がこれまで以上に強力に進められようとしていることと深い関係があるのは明らかです。また、「軍隊は住民を守らない」という沖縄戦の教訓を否定しようという意図は、自衛隊を「自衛軍」という形で本格的な軍隊にしようという動き、つまり憲法九条を改悪しようという動きや、有事=戦時体制を準備する国民保護計画の推進などと関わっていることも明らかでしょう。それらについてはすでに多くの人が指摘し、論じています。ここでは以上のことを前提にした上で、沖縄の持つ特殊性との関わりで見てみたいと思います。
 まず、沖縄において政府・防衛省が自衛隊の強化を急速に進めていることについて押さえておきたいと思います。大きな視点としては、自衛隊配備の北方重視から西方重視への転換というのがあります。これは九〇年代初頭にソ連邦が崩壊して、そのあと二十世紀末から現在にかけて中国が東アジアにおいて大きく影響力を拡大してきています。政治・経済・軍事などあらゆる面において日本をしのいできている。そういった中で東アジアの覇権をめぐる争いが一段と熾烈になってきている。とくに中国とロシアが結びつく一方で、アメリカと日本が結びついて対抗していく動きが、沖縄からはよく分かるのです。なぜかというとそれこそ沖縄というのは東シナ海を挟んで中国と対峙しているわけです。
 そんなことであらためて沖縄の軍事的位置づけが浮上している。このことを時系列的に見ていきます。〇四年の一月に陸上自衛隊がイラクに派兵されます。その前年の末に、すでに先遣隊として空自などがイラクに行っていますが、初めて戦地であるイラクに自衛隊が派兵された。
 実は、それとまったく同じ頃に、天皇・皇后夫妻が沖縄に来てるんです。国立劇場沖縄という劇場のこけら落としに来沖して、その時になぜか彼らは宮古・八重山まで行ったんですね。これが私には当時とても不思議だったんです。皇室警備上非常に難しいことをなぜわざわざやるんだろうと。当時の状況を思い出してほしいんですが、自衛隊がイラクに派兵されるということで、日本国内でもテロが起こるんじゃないか、とマスコミが騒いでいた時期なんです。そういった時期にわざわざ警備の難しい離島の、しかも台湾や中国に近い宮古・八重山まで天皇夫妻が行ったのか。両島では保守系だけでなく島の人を動員して「日の丸」を振らしたりとか、そういった歓迎が行われました。私はその時に一種の天皇の「国見」だろうと思ったんですね。日本が戦争に向かっていく中で、あらためて沖縄という領土の南と西の端を確認をしていくという、そういったものだろうと思っていました。
 しかし、それだけじゃなかった。同じ〇四年の六月に国民保護法が成立します。八月十四日には宜野湾市の沖縄国際大学に普天間基地所属の大型ヘリコプターが墜落しました。生々しい記憶が今でもあると思いますが、あの事件が起こります。ちょうどその頃に、先ほどの靖国応援団の弁護士グループが梅澤元隊長や赤松元隊長の弟を訪ね、説得活動を行っているんです。また、同じ八月に小林よしのりの「ゴーマニズム宣言SPECIAL沖縄論」の連載が雑誌『SAPIO』で始まります。なぜこういった右派の団体や個人がこの時期に一斉に沖縄に注目しはじめたのか。
 注目すべきは同じ〇四年の十二月に「新防衛計画大綱」と「次期中期防衛力整備計画」が出たことです。そこでは中国の軍事強化に対抗して、沖縄の陸上自衛隊を混成団から旅団に格上げするなど、沖縄の自衛隊強化が示されます。その計画づくりが進められていたのが、〇四年の夏の時期だったのです。先ほど、大江・岩波沖縄戦裁判の本人尋問の時に、沖縄は日本で一番シナ人が多い云々とアジテーションをしていた団体のことを話しました。笑える話ではありますが、中国が工作をして沖縄を独立させようとしている、という主張の底にある今の右派の意識には注目しておく必要があります。台頭する中国への怯えと警戒が相まって、日本の安全保障を考える上で、中国に対抗するためには沖縄が重要である、そういう認識が二〇〇四年のこの頃に右派の中で広がっていたのです。実際、藤岡信勝や小林よしのりの発言を見ていると、「集団自決」の軍命否定による「軍の名誉回復」という問題意識と、中国に対抗するための安全保障上の沖縄の重要性という問題意識が、表裏一体のものとして示されているのです。
 翌年、〇五年四月に、自由主義史観研究会が「戦後六〇年沖縄プロジェクト」として沖縄戦の「集団自決」の問題を取り上げます。〇五年の五月に自由主義史観研究会が座間味島と渡嘉敷島に二泊三日で行きます。そのことを取材した記事が五月十八日付沖縄タイムスに載っています。「沖縄戦の実相を歪める意図」という見出しの左側のところを読んでほしいんですが、「同会は、戦後六〇年を機に、『沖縄プロジェクト』と題し沖縄戦での『集団自決』などを独自に検証。歴史教科書の記述変更を求める動きを見せている」と。そういった目的を持って、渡嘉敷島と座間味島に来ます。六月五日付の記事を見てください。「『集団自決』削除を決議』という見出しで、五月の座間味島、渡嘉敷島の調査にふまえて六月四日に東京で集会が開かれます。その記事を読んでみます。
 「自由主義史観研究会(藤岡信勝代表)が主催する緊急集会『沖縄戦集団自決の真相を知ろう』が四日、東京都内で開かれた。座間味、渡嘉敷両島の『集団自決』を例に、『軍命による集団自決はなかった』とする見解を強調。教科書などに記述された沖縄戦の『集団自決』の記述を削除するよう国や教科書会社に要求していくことを決議した。決議文では『沖縄戦で民間人が軍命で集団自決させられた事実はなく、過去の日本を糾弾するため一面的な史実を誇張するものだ』として『集団自決強要』の記述を教科書から削除するよう文部科学省に指導を求めることや、教科書会社や出版社に記述の削除を要求する、としている」と。
 別の新聞記事では、この場で藤岡信勝は、漫画、小説、教科書、その他を片っ端から調べて、軍の命令があったというものは裁判に訴えると発言しています。取材した沖縄タイムスの記者は、「まるで戦争前夜の雰囲気だった」と書いているぐらいの激しい口調での攻撃があったのです。 
 その二カ月後に大江・岩波沖縄戦裁判が起こるのです。この自由主義史観研究会の一連の動きと裁判はつながっているとしか思えません。藤岡信勝は大阪地裁に来て、大江・岩波訴訟をずっと傍聴しています。彼らが靖国応援団を自称する弁護士グループと一緒になってこの裁判を起こしているのは明らかだと思います。
 裁判が始まった八月五日から間もない八月十四日に、沖縄で小林よしのりの講演会が開かれます。先ほど、靖国応援団が梅澤・赤松両氏を説得していた時期に「ゴーマニズム宣言SPECIAL沖縄論」が始まったと言いました。小林は現在、藤岡らの「新しい歴史教科書をつくる会」からは離れています。しかし、靖国応援団の中心である徳永信一弁護士と小林はかってともに薬害エイズ訴訟を支援していて接点があるのです。思想的にも近いし、二人の関係には注意する必要があります。裁判に向けての動きと小林の動きは、偶然と言うにはタイミングが合いすぎるのです。教科書検定問題で9・29県民大会が開かれたのに合わせて、小林は自分が編集する雑誌『わしズム』で「全体主義の島」沖縄と題して特集が組みます。小林の動きは「集団自決」の軍命を否定することでは、原告側と一致した動きを見せているのです。
 
【着々と進む沖縄の自衛隊強化】
 沖縄における自衛隊強化についてですが、〇五年の三月に一つの大きな動きがありました。宮古の当時の伊良部町議会が下地島空港への自衛隊誘致を決議します。それに対して住民が猛反発して撤回させるということがありました。全島民の半分以上が説明集会に参加して、議員全員を壇上に上げてつるし上げをして、その場で決議を撤回させたのです。この伊良部町はいまは平良市と合併して宮古島市になっていますが、元々は保守的な地域なんですよ。そういった地域でも自衛隊や米軍が空港を利用することにこんな強い形で反対した。旧伊良部町の下地島には、民間パイロットの訓練場として三〇〇〇メートルの滑走路があるんです。そこを米軍も自衛隊も使いたいんです。尖閣諸島のすぐ近くですから、そこに航空基地を造りたいというのは一貫した追求としてあります。そういう流れの中でこの自衛隊誘致の話が出たのです。
 同じ〇五年の三月に小泉首相が訪米して、米軍再編後の沖縄の抑止力維持のために自衛隊強化を表明します。三月十九日付「琉球新報」の記事で、小泉首相がブッシュ大統領と握手をしている写真が一面トップで載っています。米軍再編論議の中で「沖縄の負担軽減」ということがしきりに言われましたが、それがいかに欺瞞的なものであるかがよく分かる記事です。米軍が沖縄からグアムに移転する。しかし、その穴埋めとして自衛隊を沖縄で増強して抑止力を維持していく、そういう「負担軽減」の欺瞞的な内実がはっきり示されています。
 実際、その通りに沖縄では着々と自衛隊の強化が進んでいます。〇五年一月十六日付「沖縄タイムス」の記事ですが、南西諸島有事に陸上自衛隊五万人を沖縄に動員するとあります。その場合に有事として想定されているのは、中国軍の侵攻なのです。見出しの所から読んでみます。
 「防衛庁が『島しょ防衛』について検討する部内協議で『南西諸島有事』を想定、海上での侵攻阻止などの対処方針をまとめていたことが十五日、防衛庁内部資料で分かった。南西諸島有事に対する防衛庁の方針が明らかになったのは初めて。方針では本土から戦闘機、護衛艦の派遣のほか、侵攻への直接対処要員九千人を含め五万五千人の陸自部隊、特殊部隊の動員を定めており、尖閣諸島の領有権で対立する中国への警戒感が背景にあると見られる」と。
 当然、九州の陸自部隊も輸送機や輸送艦を使って沖縄に動員されます。こんな形で当時の防衛庁は南西諸島有事を想定した訓練を計画していて、実際にそういった訓練はすでに行われています。そこで焦点になっているのは中国なんです。対中国の視点から沖縄の軍事強化が進んでいるのです。同じ〇五年の十月に在日米軍再編の中間報告が出されます。この中間報告の中でも、対テロ戦争と並んで対中国が打ち出されて、同時にミサイル防衛構想が示されます。〇六年の二月には、航空自衛隊那覇基地のF4ファントム戦闘機がF15戦闘機に更新されることが明らかになります。これも中国の戦闘機に現在のF4戦闘機では対応ができないからF15が必要だということです。那覇空港は軍民共用空港ですから自衛隊機がたくさん並んでいます。みなさんが沖縄に来たとき空港で自衛隊機が見られますが、あそこにいま並んでいるのはF4です。それを全部F15戦闘機に切り替えていくということで、今年度末から始まる予定です。
 そのあと〇六年四月に、島袋吉和名護市長が辺野古にV字型滑走路を建設する案を受け入れ、五月に米軍再編最終報告が出されます。同じ頃、〇六年の五月に曾野綾子の『ある神話の背景』が『沖縄戦集団自決の真実』と題名を変えて復刊されます。言うまでもなくこの本は、赤松元隊長が「集団自決」の命令を出してないということ主張した本で、大江・岩波沖縄戦裁判で原告側主張の論拠として頻繁に使われているものです。「集団自決」の軍命を否定している右派がバイブルのように扱っています。それがこの時期に復刊された。本の解説を産経新聞論説委員の石川水穂氏が執筆しています。また出版元のWACは『WiLL』という雑誌を出していて、教科書検問題が焦点になってから、藤岡信勝や渡辺昇一らが執筆して、軍命否定の急先鋒になっています。この時期にこのような組み合わせで『ある神話の背景』が復刊された理由は、もう言わずと知れたことでしょう。
 九月には安倍内閣が成立して、その下で教科書検定作業が進められ、今回の教科書検定が出てくる。そして十二月には新教育基本法が成立するわけです。
 続いて〇七年の四月四日付「沖縄タイムス」の記事ですが、久間防衛大臣が宮古島に来て、「下地島空港は自衛隊が使用するのが望ましいという」という発言をします。先に見た伊良部町議会の決議が撤回されたあとも、下地島空港の軍事化の追求が執拗に行われていることを示しています。現在の宮古島市長は革新ですから応じようとしませんが、次の選挙で保守系の市長が生まれたときにどうなるか。宮古島市は財政状況が逼迫していて、そういう弱みをついて振興策をちらつかせながら政府が基地受け入れを迫る可能性があります。下地島空港の問題だけでなく、いま宮古島の自衛隊強化が目立っています。〇六年十月四日付琉球新報の記事で、宮古島に陸上自衛隊の新基地を造るとあります。いま宮古島にはレーダー基地はありますが、陸上自衛隊の基地はありません。そこに新しく陸上自衛隊を配備して、将来は六百人に増強していくというのです。宮古がいま焦点になっているんですね。これは先ほどの下地島空港や尖閣諸島の問題とも関係していますし、明らかに対中国を想定した自衛隊強化の一環です。
 次に陸上自衛隊がキャンプ・ハンセン基地で研修をおこない、米軍の格闘・射撃訓練を視察したとあります。〇六年五月九日付沖縄タイムスの記事です。記事の最初の方に「陸上自衛隊が二〇〇五年三月、米軍キャンプ・ハンセンで部隊防護に関する研修を受けていたことが八日、分かった。陸上幕僚監部によると、陸自隊員約二十人が米海兵隊の格闘訓練や射撃訓練を視察、射撃訓練には参加せず見学していたという」とあります。新聞記事より一年前のことですが、〇五年三月というのは、先ほど見ました小泉主張が訪米して沖縄の抑止力維持をブッシュ大統領に話していた時期です。沖縄の陸上自衛隊は長距離の射撃訓練を行える演習場を県内に持っていなくて、九州まで行って射撃訓練をしているのです。沖縄は狭い島ですから、新しく陸自の基地を造るのは難しいんです。それで米海兵隊基地のキャンプ・ハンセンで自衛隊と米軍が一体化して射撃訓練を行うという計画が打ち出されています。

【対中国を想定した米日軍事演習】
 残念なことに、つい最近、キャンプ・ハンセンがある金武町や宜野座村の首長が、陸自の演習受け入れを表明してしまいました。キャンプ・ハンセンには都市型戦闘訓練施設もありますから、たとえばイラクでの市街戦を想定した訓練を米軍と自衛隊が一体化して行うことも可能です。こういった形で沖縄の中において米軍と自衛隊の一体化が陸・海・空で進んでいます。そのことを端的に示しているのが、陸自のこのキャンプ・ハンセンでの演習なんですね。
 次に〇六年十二月三十日付琉球新報の記事を見ます。「尖閣有事で日米初演習」という見出しがついています。最初の部分を読みます。「日中などが領有権を主張する東シナ海の尖閣諸島に中国が武力侵攻し、日米が共同で対処する想定の演習を、海上自衛隊と米海軍が十一月に硫黄島(東京都)近海の太平洋上で実施していたことが二十九日、日米の複数の関係者の話で分かった。陸自と米海兵隊は一月、米国で離島への武力侵攻や武装ゲリラの潜入に対処する共同訓練を行ったが、具体的に中国による侵攻を想定した大掛かりなシナリオに基づく日米共同の演習が明らかになったのは初めて」とあります。これは相当数の艦艇が参加した訓練なんですね。記事の中に「中国の軍事的台頭への日米の強い警戒感を浮き彫りにしたかたちで、改善の兆しが見え始めた日中関係にも微妙な影響を与えそうだ。日米の演習は、海自のイージス艦など約九〇隻,P3C哨戒機など約一七〇機が参加した。『海上自衛隊演習』の期間中に実施、海自のほか米海軍の空母キティホークなど十数隻が加わった」とあります。九〇隻の自衛隊艦艇に米空母も参加するような大演習なわけです。
 「尖閣諸島有事」といわれていますが、何も尖閣諸島だけではないんです。台湾海峡で紛争が起こることも視野に入れた軍事訓練なのです。こういったかたちで沖縄とその周辺では、対中国を想定した米軍と自衛隊の訓練が連日のように行われています。

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