海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

「風流無談」第23回

2009-05-12 19:02:26 | 「風流無談」
 「風流無談」第23回 2009年5月2日付琉球新報朝刊掲載

 二度目となる「風流無談」の連載第一回に、憲法九条と沖縄の構造的矛盾、そして沖縄県立博物館・美術館の館長に就任した牧野浩隆氏の問題について書いた。最終回を迎えるにあたり、あらためて同じ主題を扱うことにする。
 現在、県立博物館・美術館で開催されている「アトミックサンシャインの中へin沖縄ー日本国平和憲法九条下における戦後美術展」で、昭和天皇の写真をコラージュした大浦信行氏の作品が排除された問題が報道された。憲法九条と戦後美術を扱う企画で、憲法の禁じる検閲や表現の自由の侵害が行われ、しかも圧力をかけたのが牧野館長だというのだから、とんでもない弾圧事件である。沖縄県立美術館・博物館は、国内はもとより世界に恥をさらしたと言っていい。
 牧野館長や金武正八郎教育長らは「教育的配慮」を口にしているが、そういうことは作品の展示方法を工夫したり、保護者に事前の説明を行ったりすれば、いくらでも対処できることだ。実際、東京では問題なく展示されているのに、どうして沖縄ではできないのか。作品に対する評価は見た人がそれぞれ下すものであり、問題があるなら見た上で議論すればいい。昭和天皇の写真が使われていることをもって、県民から作品を見る機会すら奪い取るのは、それこそ牧野館長の政治的偏見であり、芸術作品についての無知・無理解を示している。
 今回の大浦氏の作品排除の報道に接して、十年前に起こった沖縄平和祈念資料館の展示内容改竄事件を思い出した人も多いだろう。日本軍による住民虐殺や壕追い出しなどを示す展示が、就任間もない稲嶺恵一知事らによって、監修委員や専門委員を無視して変えられようとした。その時の県三役の一人が、副知事の牧野氏であった。沖縄における「歴史修正主義」の動きは、県民の猛反発によって食い止められたが、牧野氏は何の反省もしなかったようだ。
 本連載の第一回でも触れたことだが、牧野氏は大分大学経済学部を卒業し、琉球銀行の幹部から副知事になった。稲嶺県政では主に経済分野を担っていたはずだ。経済の専門家ではあっても、美術や歴史学には門外漢である。そういう牧野氏がどうして県立博物館・美術館の館長になっているのか。
 琉球新報電子版二〇〇七年五月十七日付に次のような記事がある。
 〈県の出資する主要な第3セクターの役員人事で県は16日までに、沖縄都市モノレール社長に前副知事の牧野浩隆氏(66)、那覇空港ビルディング(NABCO)社長に前副知事の嘉数昇明氏(65)を起用する人事案を固めた。いずれも任期満了に伴うもの。既に両氏に打診しており、それぞれ6月の株主総会と取締役会を経て正式決定する〉
 ところが、その八日後の琉球新報電子版五月二五日付の記事では、以下のように報じられている。
 〈県は24日までに、今秋開館する県立博物館・美術館の初代館長に前副知事の牧野浩隆氏(66)を起用する方針を固めた。館長は非常勤で、11月1日付で任命される。牧野氏は受諾の方向〉
 驚くことに、沖縄都市モノレール社長に決まりかけていた牧野氏が、わずか八日後に、県立博物館・美術館の非常勤館長を〈受諾の方向〉へと変わっているのである。まさにどんでん返しとしか言いようのない人事の変更であり、県幹部の天下り先をめぐって激しい駆け引きがあったことがうかがえる。
 それはまた、県立博物館・美術館の館長が、慎重な人選を重ねて決まったのではなく、県幹部の天下りポストの一つくらいにしか位置づけられないまま、職業上の専門性も無視して、急遽決まったことを示している。
 芸術作品や作家の創造行為、表現の自由を守るために体を張ってでも政治的圧力に抗すべき館長が、沖縄では逆に政治的圧力をかけて排除している。こういう呆れた現実が生まれる背景には、芸術を論じる以前の問題として、県の天下り人事の問題があるのだ。
 牧野館長や金武教育長はまた、芸術作品に「公正・中立」を求めているが、まったく馬鹿げた発言である。「公正・中立」とはその時代、社会の多数派の価値観に沿っているから、一見そう見えるにすぎない。現在は名作と言われる作品も、発表当時は社会の秩序を乱すものとして排斥された事例はいくらでもある。新しい表現を追求すれば、多数派の価値観から逸脱するのは当たり前であり、「公正・中立」を理由に特定の作品を排除するのは、役人の事なかれ主義でしかない。
 昭和天皇が死去して二十年が経ち、すでに歴史上の人物になろうとしているのにタブー扱いするのは、過剰反応を通り越して危険ですらある。今回の事件は県立博物館・美術館のあり方が根本から問われる大きな問題であり、曖昧なまま終わらせてはならない。

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