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海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

沖縄戦の記憶

2018-09-03 23:56:35 | 米軍・自衛隊・基地問題

 3日(月)は午前中、名護市営陸上競技場で行われていた老人会のグラウンドゴルフ大会に行き、名刺配りなどの選挙活動を手伝った。自分も中に入ってこういう現場を見ると学ぶことは多い。

 一人のお年寄りが私に話しかけてきた。沖縄戦のとき6歳で、家族と那覇から今帰仁村に避難していたが、私の祖父に親たちが世話になったという。子どもながらに祖父の顔を憶えていて、成人してから酒造所で働いているとき、何かの集まりで祖父の顔を見て、あのときの人だ、と思い出したという。祖父も今帰仁の酒造所で働いていた。

 私が子どもの頃だから1960年代のことだが、戦争中にお世話になったと、家にお礼に来る人たちがいたことを憶えている。那覇から今帰仁村に避難してくる人たちを受け入れるため、当時、壮年だった祖父はの中心になって活動したようだ。

 ほんの数分の立ち話だったが、73年も前の祖父についての記憶を聞いて、なにか胸に来るものがあった。

 


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