平成の元号に忘れない思い出がある ”平成”の文字発表したのを見たのが浅間病院のベッドの上だった 1月6日に手術をして麻酔が切れ、痛みで眠れない夜を過ごした翌1月7日の早朝に昭和天皇崩御のニュースが次々と流れ始めたのだった あれから20年、成人式のニュースに思うのは、苦い思いでなり 2009年1月8日 午後4時42分 の まだら模様の夕空を見て |
正月の行事の一つ、消防団出初式 私もかつては消防団に入団していて、今朝のような雪の日の出初式は長靴の底からじーんと寒さが伝わって来て、出初式の来賓の挨拶が早送りのボタンで終わらないかなあなどと毎年思っていたものだった。 そんな地区の出初式の風物詩がこれ『御幣』(ごへい) 熨斗紙の字の通り火の用心を願って作られるものだ。 毎年、師走になると幹部が近所の竹林から取ってきて切っておき、そして年末の夜警のときに詰め所で団員が数を分担してこの御幣作りをすることになっている。そして年が明けての出初式の日の朝、地元の神社に作った御幣を持って行き、団員と地域の無事を祈願してもらう。 神社でお払いを受けた御幣は、団員達によって地区で新築された家、商売をしている人などに配られるのだ。 「こんにちはー」 「ご苦労様です」 「御幣をお持ちしました、今年もよろしくお願いします」 「ありがとうございます」 「気をつけー、施主に対しー、頭ーなかー」 玄関先で私の親の世代から続く御幣と気持ちの良い敬礼を受け、こちらからも気持ち程度のお酒を渡す。 まだ青々しい竹の香りを出す御幣を今年も火災がないようにと願いながら床の間にそっと飾ったのだった。 |
訪問している高峰温泉若だんなのブログ記事に雪の結晶のことが書いてあった。幼い頃から雪の結晶は不思議のひとつ。教科書に載っていた綺麗な雪の結晶は何故あんな形になるのだろうか。 写真を始めてからも雪の結晶のことは頭から離れていた。フィルムの時には考えも及ばなかった撮影対象だったからだ。 真っ黒い紙を窓の外に出して落ちてくる雪を集めては形の良い結晶を見つけては防水で1cmマクロがついたコンデジ、W60で撮影を繰り返す。なかなか形の良い結晶は肉眼では探すのが大変。急がないとやがて解けてきてしまう。これは結構難しいぞ。雪質やその日の気温によっても変わってしまうのでしょうね。 寒いからやーめた。笑 そんな中でもこれは『雪印』でしょというのを一枚載せておきます。 雪の日の楽しみとしてまたやろうっと。 |
朝一番の軽井沢始発長野行きあさま 佐久平発7:14 JR東日本のおトクきっぷに『 朝イチあさまきっぷ 』というのがあります。平日の軽井沢始発長野行き「朝一番の新幹線」専用で、佐久平からは1,500円で長野へ行ける。通常は2,740円。 これでは、しなの鉄道とどちらにしようか正直迷います。 380円差と25分の時間短縮。お金か時間か。 朝日が浅間の噴煙と山腹にあたる早朝の佐久平、ゴーっという独特の新幹線音を立てながら、新幹線あさまがすべるように、待ち構えたファインダーの中を通り過ぎていった。 |
佐久平の冬の晴天率は高い。 その為放射冷却現象で冷え込む。 静かに日の出を待っている間も、たっぷりと着込んだ防寒着をも突き破って寒さが襲ってくる。 手袋をした指先が痺れてきた。 浅間山から静かに吐き出された噴煙が細く棚引き、架け橋のように平尾富士まで届けられていた。 そして冷たい青色の中になんとも言えない明け方の暖かい色が混じり始めた。 |