子どもの頃の飲料は、粉モンだった。渡邊や春日井のメロンソーダとかオレンジジュース、とか。水に溶かして飲むのが会社側の意図だったようだが、子どもたちは、何故か指に粉をつけては舐めていた。ちょっとキケンな薫りがしたのだろう。
冬場はちょっと高級な粉末のミルクココアやインスタントコーヒーなどがあり、慣習の恐ろしさ、インスタントコーヒーに砂糖を混ぜて舐めていたりした。親に見つかった時は、「こんなことしたら、頭、悪なるやろ!」と叱られた。
なぜこんなことを思い出したかと言えば、スーパーに復刻版の懐かしのオレンジジュース、『プラッシー』があったからだ。プラッシーは裕福な家にケース買いしてあるリッチな飲み物だった。テレビのCMでは『お米屋さんで買ってください』とラストに付け加えられていた。一般の食料品を扱う店で販売されていないことも、高嶺の花感を助長した。私はいとこの家に行った時、飲ましていただいた。
いまや全然ありがたみがなくなったプラッシーだが、やっぱり復刻版、たとえ瓶でなくペットボトルだとしても、ついふらふらと買ってしまうのだった。
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冬場はちょっと高級な粉末のミルクココアやインスタントコーヒーなどがあり、慣習の恐ろしさ、インスタントコーヒーに砂糖を混ぜて舐めていたりした。親に見つかった時は、「こんなことしたら、頭、悪なるやろ!」と叱られた。
なぜこんなことを思い出したかと言えば、スーパーに復刻版の懐かしのオレンジジュース、『プラッシー』があったからだ。プラッシーは裕福な家にケース買いしてあるリッチな飲み物だった。テレビのCMでは『お米屋さんで買ってください』とラストに付け加えられていた。一般の食料品を扱う店で販売されていないことも、高嶺の花感を助長した。私はいとこの家に行った時、飲ましていただいた。
いまや全然ありがたみがなくなったプラッシーだが、やっぱり復刻版、たとえ瓶でなくペットボトルだとしても、ついふらふらと買ってしまうのだった。
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実家は田舎の診療所だったので、武田薬品のプロバイダー(営業さん)がプラッシーを山ほど持ってきてくれたので(もちろん、父が頼んで買っていたのです)、私は友達みたいにファンタやミリンダが飲みたかったのに、飲めなくて…
武田食品は販売ルートが弱かったので、販売ルートをお米屋さんに絞っていたそうです。さらに、米に不足しがちなビタミン補足の意味があったそうです。プラッシーはビタミンを添加していたから、あの独特の匂いだったんだな。
今のニュープラッシーは昔のプラッシーに比べてかなり美味しいそうです。
プラッシーにはそんなマイナスイメージがありますが、やはり武田が持ってきてくれたマリンカは好きでした。リンゴ味の炭酸飲料でした。
たしか、ビン入り、今もたしか『ちりり』のひょうたんやさんかどこかでいただいたような気がします。
一昨年、とタイに行ったとき、ものすごく複雑に甘い飲料ばかりで閉口してたのですが、唯一のめたのがミリンダでした。思わす「ひょっとして、ラッキーキャップ!?」と王冠のウラをめくってみようと思いました(もちろんめくれませんでした。)
>☆紗さん
プラッシーのすべてを思い出されたとは! ファンタは私もあまり買ってもらえず、35円のジュースは当時高級品だったのかも?? でも地域の子ども会の行事の飲み物はたいていファンタ☆☆☆ ファンタはハレの日の、まさに夢のような飲み物でした。
お米屋さんでプラッシーを販売していたナゾも解き明かしてくださり、ありがとうございました!
>れんくみさん
瓶のもあるんですね~、それはそれは! ミリンダはお風呂屋さんにこっそり置いてある場合があります。京都のお風呂屋さんにも、レトロでみたことのない飲料もあり、その辺も近場温泉の魅力かもしれません。
ラッキーキャップ、そういえばそういうものもありましたっけ。こういうの、子供心には、ずいぶんエキサイトしましたよねぇ!!子どもの頃のお菓子には、いろいろアタリ付のがあったので、当時、子どもはみんなギャンブラーでしたよね(笑)