7月13日6時30分には、ウランバートルの空港にいた。
いよいよフブスグル湖への再訪である。
待合室には、この調査に同行する若者がいた。
モンゴル国営放送の契約をしているカメラマンのダンクさんだ。
まだ23歳の彼は、緊張と好奇心であふれていた。
くもり空である。
7時30分、予定通りに離陸した。
お茶目な飛行機の羽だ。
9時00分にムルンへ着陸した。
大量の荷物を車に積んで、一路、ハトガルに向かう。
1996年に初めてこの飛行場へ降り立ったとき、ああ、モンゴルに来たのだという実感があった。
100㎞の道のりを8時間かけて移動したことが思い出される。
オフロードと言ってもよい道を、ロシア製のジープで疾走した。
同じ草原に、今は、立派な舗装道路ができていた。
この道を、彼らは、日本製のジープに乗り1時間ほどで駆け抜ける。
ふと、騎馬民族の血を感じた。
あの時と、同じなのだ。
便利になって速く走るのではなく、いつも彼らは全力で駆け抜けているのだ。
遠いジンギスカンの時代から、草原であれ、砂漠であれ、山岳であれ、モンゴルの人々には時間の概念はないのだ。
その時々の状況を、時代にあった乗り物で、ひたすらは走る。
やがて車は、ハトガルの村に着いた。
まるでアメリカの田舎町のようだ。
かつての暗い街並みのイメージが払しょくされ、そこかしこに人と車があふれている。
この村に、久しぶりに帰ってきた。