先週末から那須へ行っていました。
月曜日(19日)に時間が出来たので、一人で戊辰戦争時の会津戦争で白虎隊が自刃した飯盛山に行ってきました。
鶴ヶ城には2回行ってますが、飯盛山には行った事がなく、この次には絶対に行きたいと思っていましたので、那須から直行しました。
この日は34度近くの暑さで、観光客も殆んど日陰で休んでいました。
しかし
飯盛山参道から一気に白虎隊士が葬られている墓所へと登りました。
汗が体中から噴き出しましたが気になりませんでした。
正面の階段が本道だと思っていましたが、参拝者に便宜上造られたような感じです。
石段の上に19名の墓石が並んでいて真ん中の大きな石柱の下にまとまって眠っていると言うことです。
松平容保公の弔歌(追悼歌)の説明板
お墓から右側に石段を下りて行くと、白虎隊士達が自刃したその場所に着きます。
その石像が見つめている先が鶴ヶ城(↓の下)なのでした。
あの時の彼ら白虎隊の心境を思う時、なんともやるせない胸詰る感情に浸ってしまうのでした。
その時飯盛山には20名の白虎隊士がいて、内、19名が絶命してしまいましたが、ただ一人(飯沼貞吉氏)が蘇生して、その悲劇の顛末を語り残しました。
現地に実際に行く事ができて、本当に感激してしまいました。