小説現代に連載されて、昭和47年に刊行された人気作家である著者と、当時の一流棋士との熱戦譜です。
手合いは飛車落ちで、全編、棋譜と感想記が載っていて、対局の前後を筆者独特の自嘲的なユーモアで小説風に綴っています、
対戦相手は、以下の十人です(肩書は出版当時のもので、対局時は違う場合もあります)。
第一番 八段 二上達也 筆者の負け(以下同様に筆者側から見た勝敗です)
第二番 九段 山田道美 指し分け(当時対大山の第一人者と言われ、この棋戦の直後に急死されて、筆者の飛車落ち戦法「6五歩位取り」は、筆者と師匠の山口五段とこの山田戦の成果の合作といえます)
第三番 二段 蛸島彰子 負け(当時の女流の最強棋士。まだ女流段位がない時代です。この棋戦だけ、手合いは平手です)
第四番 八段 米長邦雄 勝ち
第五番 十段・棋聖 中原誠 負け
第六番 八段 芹沢博文 負け
第七番 六段 桐山清澄 負け
第八番 名人・王将・王位 大山康晴 負け
第九番 八段 原田泰夫 勝ち
第十番 五段 山口秀夫 勝ち(筆者の師匠なので、言ってみれば、飛車落ち戦の卒業試験のようなもので、筆者は見事に合格します)
筆者の三勝六敗一引き分けですが、当時学生名人と大山名人の記念対局が同じ手合いで勝率がもっと悪かったことを考えると、筆者の実力はアマチュアの五段はあるようです。
この十番勝負は、当時、経済的にも、社会的地位においても、現在と比べて恵まれていなかった将棋棋士の素晴らしさを世の中にひろめようとする筆者の熱意と、日本将棋連盟の全面協力と、講談社の経済的なバックアップがひとつになって実現した将棋ファンにとっては夢のような企画です。
今のようにAbemaTVなどで毎日のように将棋の熱戦が見られる時代とは違って、こうした活字媒体が有力棋士の素顔を知る数少ないチャンスだったのです。
ここでは、大山五冠王(当時はタイトル戦は五つしかありませんでした)を初めとして、山田、二上のような強豪や、当時売りだし中だった中原、米長、そして女流棋士まで、幅広く網羅されています。
今で言えば、藤井七冠に、渡辺九段、豊島九段、羽生九段などとの対局を想像してもらえば、そのすごさがわかっていただけるでしょう。