1962年のアメリカ映画です。
主演のグレゴリー・ペックは、この作品でアカデミー主演男優賞を受賞しました。
1932年から1933年にかけての、アメリカ南部のアラバマ州の田舎町を舞台にした作品で、大きく分けると三つの要素から構成されています。
一番目は、当時6歳(翌年は7歳で小学校一年生になります)の少女(当時ベストセラーになってピューリツァー賞も受賞した原作者の子ども時代)の目を通して描かれた田舎町の大人の世界(四年前に妻を亡くして、一人で(黒人の家政婦に手助けてしてもらっています)主人公と4歳年上の兄を育てている弁護士の父や隣人たち(特に近所の家に軟禁されている精神障碍者の青年をブーと呼んで恐れています)を、ノスタルジーも含めて鮮やかに描いていて、この部分はまさに児童文学の世界そのものです。
二番目は、父が弁護を引き受けた、黒人男性による白人女性への暴行レイプ事件(完全な冤罪で、真相は女性側が誘惑しようとしているところを彼女の父親に見つかり、彼女は父親から暴行を受けるとともに父と口裏を合わせて罪を黒人男性になすりつけました)の裁判の行方(裁判の前に被告は白人たちにリンチされそうになり、父親(弁護士)や子どもたち(主人公と兄と友だち)の頑張りや機智で命を救われます。無実は明らか(暴行の犯人は左利き(被害者の父親は左利きです)なのに、被告の黒人青年は子どもの頃の事故で左腕が使えません)なのに、陪審員(全員が白人男性)は有罪の評決をし、絶望した黒人青年は脱走して、不運にも警告の銃弾が当たって死んでしまいます)。
三番目は、その後に、裁判で黒人を弁護したのを逆恨みした被害者(?)女性の父親(暴行の真犯人)に子どもたちが襲われた事件(子どもたちは実は心優しい青年のブー(名優ロバート・デュバルが無名時代に演じました)によって救われ、犯人はブーともみ合って死にますが、弁護士一家に同情的だった保安官の機智により事故死扱いになります)。
人種、女性、障碍者への差別に対して真っ向から取り組み、しかもそれを子どもの目を通すことにより、より鮮明に描いている点が特に優れています。
また、背景として大恐慌後の農民たちプワーホワイトの困窮する姿も描いていて、こうした差別の問題を(権力者もプアーホワイトも一緒くたにして)白人たちの責任とする単純な二項対立の構造に陥ることも免れています。
さらに、公民権運動が勝利する前の1962年にこの映画が作られて大ヒットしたことも、歴史的に大きな意味を持っていると言えます。
個人的な事ですが、理想の父親像と言うと、真っ先に浮かぶのがこの映画でグレゴリー・ペックが演じた優しくて頼もしく子どもたちが心から尊敬できる弁護士なのですが、実際に自分が父親になってみると遠く及ばなかったことは言うまでもありません。
中央競馬の顕彰馬32頭(野球で言えば殿堂入りの人たちのようなものです)のプロフィールを描いています。
でも、名馬たちの名勝負物語を期待して読むと、少し肩透かしを食うかもしれません。
筆者は、中央競馬会の機関誌である「優駿」(今は私が愛読していた70年代のころと違って、馬券の予想なども載せてかなり一般読者向けになっていますが)という雑誌の編集者出身ですし、この本の母胎になっているのも、その「優駿」への連載なので、名馬たちのレースそのものだけでなく、血統や、生産者や馬主や調教師や騎手といった関係者や、引退後の繁殖成績などにもかなりの紙数を割いています。
もっとも、顕彰馬自体が、競走成績だけでなく繁殖成績や中央競馬への貢献(人気を盛り上げたアイドルホース(ハイセイコーやオグリキャップなど)や記録達成馬(その当時の賞金王(タケシバオーなど)や初の牝馬三冠(メジロラモーヌ)など)も考慮されているので、こうした紙面構成は当然かもしれません。
そういった意味では、私のような競馬マニア(本当に熱中していたのは1969年から1978年までの9年間だけですが)向けの本なのかもしれません。
ただし、筆者は1960年生まれなので、実際にレースでその馬たちを目にしたのは1970年代後半からのようで、それ以前の馬については筆者もあとがきで書いているように先行の類書から得た知識によるものなので、どれもどこかで読んでいたようで物足りませんでした。
しかし、私が一番熱中していたわずか九年の間に活躍した、スピードシンボリ、タケシバオー、グランドマーチス、ハイセイコー、トウショウボーイ、テンポイント、マルゼンスキーと、7頭もの名馬たちが含まれていたので、その当時の高揚した気分が蘇って懐かしく読むことができました。
名馬を読む | |
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2017年7月29日に、日本児童文学学会7月例会において行われた発表です。
グリム童話、全211話において、貴金属(金、銀)、貨幣表現(財産、交換手段、価格表示などの価値を表す)、通貨(当時のドイツ語圏で使われていたいろいろな種類の通貨そのもの)が、どのくらいの頻度で登場したかを定量的に分析した非常に興味深い内容でした。
貴金属では圧倒的に金(黄金)で、実に約40%のお話に登場して(銀は約13%)、富や美や特殊性を象徴しているそうです。
洋の東西を問わずに、民衆の一番の願いは大金持ちになって(できれば苦労せずに)、今の苦しい生活から抜け出すことです。
その象徴としての黄金は、圧倒的な魅力があるのでしょう。
貨幣表現は、約32%のお話に登場して、一般的な価値を表現しているそうです。
通貨に関しては、約15%のお話で使われていて、そのお話の時代や地域によって違う通貨が使われるので、8種類(その他に貨幣そのものを表す表現も)が登場するそうです。
発表者が紹介してくれたように、貴金属、貨幣通貨に関して、定量的なインパクト(現代のお金に換算したらどのくらいの価値があったか)を読者に提示できたら、グリム童話の読みがかなり変わってくるかもしれません。
発表後に、発表者に手法を尋ねたところ、ドイツ語のテキストファイルを検索ツールにかけて該当する表現をピックアップし、手作業で補正したとのことです。
テキストがディジタル化されている現代では、このような定量的な分析が、昔よりもかなり容易になっています。
発表者は、児童文学ではなく、西洋史(建築や経済など)の研究者とのことですが、児童文学の研究者でも若い世代にはディジタル・リタレシーの達者な人が増えていると思われるので、日本の昔話や民話について同様の分析をしたら、おもしろい結果が得られるかもしれません。
グリム童話集 5冊セット (岩波文庫) | |
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岩波書店 |
第7回児童文学草原賞を受賞した短編で、原結子作品集の表題作にして巻頭作品です。
与那国島の豊かな自然を背景に、将来島に残って馬を育てることを夢見る少女ナミの姿が、感性豊かな文章で描き出されています。
彼女の周辺にいる祖父、母、従兄弟なども生き生きと描かれていて、少女の自立を助けています。
嵐の様子、愛馬コナミの出産、かつて島で行われていた人減らしの習わし、乱暴なオス馬の乱入、出産をひかえた母、機織り、島バナナなどのエピソードが的確に描き出されていて、作品のリアリティを保証しています。
1958年にイギリスで書かれた動物ファンタジーの古典です。
日本版は1967年に出ていて、私の手元に今あるのは1982年12月5日23刷ですので、かなりのベストセラーです。
読んだことのない人でも、ペギー・フォートナムの描いたパディントンの絵は、日本でもいろいろなところで使われているのでおなじみのことでしょう。
南米の「暗黒の地ペルー」(こんなところには、当時のイギリス人の差別意識が残っています。ペルーでは翻訳されていないのでしょうか?)からやってきた小さなクマ、パディントン(ロンドンのパディントン駅で拾われたのでそう名付けられています)が、中流家庭のブラウン家(当時は中流家庭でも、イギリスではお手伝いさんがいたのですね。もっとも庄司薫の「赤頭巾ちゃん気をつけて」の1969年の日本の中流家庭にもお手伝いさんは出てきます)の兄妹の下に、末っ子として迎えられ、いろいろな騒動を起こす物語です。
パディントンは典型的な末っ子キャラで、好奇心旺盛ないたずらっ子をして設定されていて、イギリス伝統の動物ファンタジーの手法を使って楽しく描かれています。
パディントンの引き起こすいろいろな騒動には、過度にモラリッシュで寛容さに欠ける現在の日本では許されないようなものも多々含まれています。
こういった育ってきた環境の違いによって引き起こされる「事件」に対して、周囲が寛容さを示すだけでなく彼らに愛情を持てるということは、多様性が求められる今後の日本社会にとっても必要だと思います。
「ばっかなクマ」というのは、「クマのプーさん」がへまをしたときにクリストファー・ロビンがいつも愛情をこめて思うことですが、パディントンもまさに「ばっかなクマ」として周囲の人たちに愛されているのです。
ところで、この「くまのパディントン」はシリーズ化されていて、私が学生だった1970年代(今とは比較にならないほどたくさんの内外の児童文学が出版されていました)に、大学の児童文学研究会の仲間たちと三大動物ファンタジー・シリーズ(他はマージェリー・シャープの「ミス・ビアンカ・シリーズ」(その記事を参照してください)とジャン・ド・ブリュノフの「ぞうさんババール・シリーズ」)と呼んで愛読していました。
それから五十年もたってしまいましたが、これらの本が今でもロングセラーとして読み続けられていることをうれしく思っています。
くまのパディントン | |
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福音館書店 |
1984年公開のドイツ・アメリカ映画です。
ミヒャエル・エンデの児童文学の映画化(原作の前半部分で、後に続編が作られました)のファンタジー映画です。
いじめられっ子の主人公が、本の中の不思議な世界、ファンタージェンが虚無に滅ばされるのを救うのに、自身が本の世界に参加します。
主な登場人物(勇者、女王など)はすべて子供で、楽しい世界が展開されます。
CGがまだ一般的ではない時代の特殊撮影なので、手作り感が満載で楽しめます。
特に、重要な働きをする空飛ぶ竜のファルコンは、顔がぶす犬っぽくて、かわいらしいです。
また、全編に流れるリマールのテーマ曲がさわやかで、作品世界にすごくマッチングしています。
1939年公開のアメリカのミュージカル映画です。
1900年に書かれたボームの児童文学「オズの魔法使い」(こちらには送り仮名の「い」がついていますが、映画の邦題はなぜか「い」が抜けています)が原作ですが、上映時間制限(いわゆる100分映画です)により短縮するために、かなり大幅にストーリーは変えられています。
しかし、アカデミー主題歌賞を獲得した「オーバー・ザ・レインボー(虹の彼方に)」を初めとした今でも耳に残る楽曲の数々(アカデミー作曲賞を受賞)とダンス、当時は珍しかったカラー映像(カンザス(主人公の女の子ドロシーの故郷)のシーンはモノクロで、オズの国にいる場面だけをカラーにして効果をあげています)が、ファンタジー世界(当時はそういった言葉は一般的ではありませんでしたが)を見事に再現しています。
CGなどまったくなく、特殊撮影さえ珍しい時代に、ファンタジー世界を創り出すためにいろいろな工夫がなされ、そのため安易なCGには到底できないような独特の味わいを生み出しています。
特に、主人公と一緒に旅するかかし、ブリキの木こり、ライオンには、カンザスにあるドロシーのおじさんおばさんの農場で働いていた三人の男たち(ドロシーとは仲良しです)を、メーキャップでそれぞれのキャラクターに変身させているアイデアは素晴らしいです。
特殊メイクとはとても言えないレベルですが、その手作り感が作品に親しみを与えています。
また、マンチキン(小さな人たち)の国、黄色いレンガの道(つまり、エルトン・ジョンも歌っている「イエロー・ブリック・ロード」ですね)、あたり一面のケシ畑、エメラルドの都などは、現在のディズニーランドのアトラクションなどに雰囲気は似ていますが、はるかに美しくできています(まあ、当然、この映画のセットの方が先なので、ディズニーランドに影響を与えているのでしょうが)。
主役のドロシーを演じた当時16歳だったジュディ―・ガーランドは、美しい歌声と達者な演技でアカデミー特別賞を受賞しました。
なお、映画監督のヴィンセント・ミネリとの間に生まれた娘のライザ・ミネリも、1972年公開の「キャバレー」でアカデミー主演女優賞を受賞しているので、史上唯一の母子受賞となっています。
実は父親のヴィンセント・ミネリもアカデミー監督賞を受賞していますので、ライザ・ミネリは恐るべきアカデミー賞血統ですね。
オズの魔法使 [WB COLLECTION][AmazonDVDコレクション] [Blu-ray] | |
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ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント |
1986年公開のアメリカ映画です。
スティーブン・キングの原作はホラーなのですが、映画では四人の少年たち(特に、主人公のゴーディとリーダーのクリスの二人の間)の友情を中心に描いて、日本でも大ヒットしました。
ブルーベリー摘みに行って行方不明になった少年の死体の在り処を、ひょんなことから知った彼らは、死体を探しに線路伝いに森へ行くことになります(発見者になればヒーローになれるかもしれないのです)。
冒険旅行の間のエピソードは、1960年代のアメリカの田舎町の少年たちの風俗をそっくりいかしていて、どれも生き生きとしています。
また、作家志望の主人公が語る劇中劇も、いかにもスティーブン・キングらしいブラック・ユーモアがきいていて効果的です。
しかし、この映画で描こうとしているのは、そうした表面上のストーリーではなく、語り手でもある主人公の内面なのです。
アメリカン・フットボールの花形選手だった兄を事故で失い、そのショックから立ち直れないでいる両親のために自分のアイデンティティを失いかけていたゴーディは、この死体探しのための冒険旅行の間に、クリス(若き日のリバー・フェニックスが演じていてすごくかっこいいです)との友情を確かめることによって、立ち直るきっかけをつかみます。
そういった意味では、ラストに流れるベン・E・キングの名曲「スタンド・バイ・ミー」は、この作品(特に映画で描こうとした事)にはピッタリで、映画の題名もこれにしたのは正解でした(原作の題名は、Body(死体)という味もそっけもないものです)。
現代児童文学の出発期の1950年代(出版は1960年)に書かれた創作童話の古典です。
三匹のイワナを一人で食べてしまったために龍になり、その後に生まれてきた子どもを育てるのに乳の代わりに自分の目玉を与えたためにめくら(原文ママ)になった母親と生き別れになった龍の子太郎が、波乱万丈の冒険の末に、みんなと力を合わせて豊かな土地を開拓し、おかあさんも元の姿に戻すことができるというハッピーエンディングストーリーです。
児童文学研究者の石井直人は、この作品を「作者と読者の「幸福な一致」。すなわち、作者と読者のユートピアである。」と評しています。
つまり「龍の子太郎」は、まだ民衆の団結や社会の改革を、作者も読者も信じられた時代の児童文学の大きな成果だったのです。
さらに言えば、日本が「戦争、飢餓、貧困」といった近代的不幸を克服できていなかった50年代や60年代前半の子どもたちにとっては、米やイワナを好きなだけ食べられる豊かさというのは、現在の子どもたちには想像できないような大きな夢だったのでしょう。
その後、70年安保の敗北や革新勢力の分裂などを経験した1970年代には、「国内での矛盾を外国を侵略する事によって解決しようとする思想」だとか、「個々の登場人物が行動する際の契機になっている発想のディテールは、実は(解放の)正反対の献身と自己犠牲の範疇にある」などといった批判を受けた時期もありましたが、それらはこの作品の背景にある遠い昔からの民衆の願いを軽視した的外れなものでしょう。
飽食の時代で、母と子の関係も大きく変わった現在では、読者の子どもたちは、この作品の持つ意味合いを正しく理解することは困難だと思われますが、ハラハラドキドキするストーリーや親しみやすい民話の語り口は今でも十分に楽しめます。
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龍の子太郎(新装版) (児童文学創作シリーズ)クリエーター情報なし講談社
1971年に書かれたビート・ジェネレーションの影響を受けつつも、フラワー・ジェネレーション(日本で言えば全共闘時代)の雰囲気を伝え、その敗北(実社会に対して)の苦さも感じさせる作品です。
小説としての完成度はそれほど高くないのですが、自分のために書いた本を著者(その多くは社会から疎外されている人々です)から預かるという風変わりな図書館(場所はフラワー・ムーブメントにとってのメッカであったサンフランシスコのようです)と、そこに住み込んで館外には一歩も出ないという世捨て人のような暮らしをしている主人公という設定が、そのころ現代的不幸(アイデンティティの喪失、生きていることのリアリティの希薄さ、物質文明への違和感など)に直面していたアメリカや日本(おそらく世界中の他の先進国でも同様だったでしょう)の若者たちにフィットしました。
また、図書館を訪れて主人公と同棲することになる、絶世の美女でしかもセックスシンボルのような肉体(スリーサイズはインチで37-19-36と書かれているので、センチに直すと93-48-90という驚異的な数字です)も兼ね備えているいうアニメのキャラクター(なにしろ、彼女が11歳のころから、聖職者も含めてすべての男性が彼女に心を奪われて、いろいろな事故や死者までが続出しています)のようなルックスを持ち、そのことに強い違和感を覚えている女性ヴァイダ(人生と言う意味を持ち、主人公を実世界に召還する象徴なのでしょう)の設定も秀逸です(読んでいて、まずオードリー・ヘップバーンの顔とマリリン・モンローの肉体を思い浮かべましたが、どうにも違和感があるので顔はイングリッド・バーグマンに変えたらしっくりしました)。
実社会に対する嫌悪と逃避はそのころ(今でもそうかもしれませんが)の若い人たちに共通するものですが、それが通過儀礼(この作品ではヴァイダの妊娠と人工中絶(この作品では堕胎と呼ばれ、アメリカでは非合法でした)のためのメキシコのティファナへの旅)を経て、実社会に適合させられます(この作品では、サンフランシスコに帰還後に、突然図書館での職を失って主人公たちは実社会に投げ出されます)。
当時の日本の若い世代にとっては、男性は就職、女性は結婚がその通過儀礼になっていたと思われます。
そのころの彼らの気分を歌ったニューミュージックの代表的な曲は、前者がバンバン(作者はユーミン)の「いちご白書をもう一度」で、後者は風(作者は伊勢正三)の「二十二才の別れ」でしょう。
他の記事にも書きましたが、私自身はフラワー・ムーブメントにも、学生運動にも、遅れてきた世代(大学に入学したのは1973年です)なのですが、その後の虚無的な雰囲気のキャンパスで、主人公と同様に自分のアイデンティティと実社会の折り合いをつけるために苦闘していましたので、この作品はそのころの気分にピッタリでした。
そして、この本はそのころ好きだった女の子にもらって読んだもので、一読してその子をますます好きになってしまいました。
もし、主人公とヴァイダのように、その子とうまくいっていれば、もっとあっさりと実社会と折り合いをつけて(児童文学は捨てて)いたかもしれません。
愛のゆくえ (ハヤカワepi文庫) | |
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早川書房 |
テレビアニメとしてはSeason4で、原作のコミックスでは第5部に当たります。
ストーリーはあちこちに飛ぶので、正直言ってついていけていません。
ただ、原作もそうですが、圧倒的な絵のうまさと、スタンド使いやスタンドの戦いがは非常に迫力があって魅了されます。
かなり残酷なシーンも多いのですが、「エヴァンゲリオン」(その記事を参照してください)、「進撃の巨人」(その記事を参照してください)などと並んで、男の子(私のような年配者も含めて)がその内に秘めた野蛮な部分を解放できる貴重なアニメです。
また、原作者が比較的年齢が近いので、年配者ならではの楽しみもあります。
それは、スタンドやそれの駆使する技の名前が、クラシカル・ロックのバンド名、アルバム名、曲名になっていることです。
たくさん出てくるのですが、実際に私が気づいたものだけでも以下のようなものがあげられます。
<バンド名>
エアロスミス
ムーディー・ブルース
キング・クリムゾン
ビーチボーイズ
グレイトフル・デッド
エアロスミス
セックス・ピストルズ
メタリカ
トーキン・ヘッズ
オアシス
ブラック・サバス
ローリング・ストーンズ
<アルバム名>
ホワイト・アルバム(ビートルズ)
スティッキー・フィンガーズ(ローリング・ストーンズ)
エコーズ(ピンク・フロイド)
<曲名>
エコーズ(ピンク・フロイド)
エピタフ(キング・クリムゾン)
中でも、最後にあげたエピタフ(墓碑銘)は、キング・クリムゾンの伝説(ビートルズの「アビー・ロード」をヒットチャートの1位から転落させたと日本では紹介されていましたが、実際の全英アルバムチャートの最高位は5位なので真相は不明)のデビュー・アルバム「クリムゾン・キングの宮殿」の中に収められているプログレッシブ・ロックの名曲で、その暗さと重々しさは他に類を見ないほど強烈で、何度聴いてもかっこよくて痺れます。
かなり特殊な楽しみ方ですが、ジョジョの(特に若い)ファンの人たちには、これらのバンドのアルバムを聴いて欲しいと思っています。
そうすると、作者が名前に込めた意味合い(関係ないのもありますが)が分かって、より楽しいかもしれません。
1973年公開のアメリカ映画です。
詐欺師(聖書を使った詐欺や釣り銭を使ったトリックなどのちゃちい物です)の親子(?)の珍道中を描いた一種のロードムービーの趣のあるコメディです。
実際の親子であるライアン・オニールとテータム・オニールが、息ぴったりの演技を見せています。
特に、テータムは、この演技でアカデミー賞の助演女優賞を最年少で受賞しました。
大恐慌後のアメリカの雰囲気を、わざと白黒にした映像が良く表しています。
しゃれた題名は、紙で作ったお月さま(血のつながっていない親子)でも、信じ合えば本物になることを意味しています。
1960年10月12日に起きた、まだ17歳だった右翼少年山口二矢(おとや)による、社会党委員長浅沼稲次郎の刺殺というショッキングなテロ事件を描いたノンフィクションです。
1978年の出版当時の作者は30歳(その前年に、この作品のひな形を文芸春秋で三回の連載しているので、実質的には20代での仕事ということになります)で、この作品で大宅ノンフィクション賞を受賞して、その後新しいノンフィクションの書き手としてブレイクします。
ノンフィクションの手法的には、1960年代のアメリカで確立されたニュー・ジャーナリズム(あえて客観性を捨て、取材対象に積極的に関わり合うことにより、対象をより濃密により深く描こうとする手法)を取り入れて、山口二矢と浅沼稲次郎だけでなく、様々な事件の関係者の視点で描いて、読者はそれを追体験しているかのように読めます。
また、時々作者自身の視点も現れて、その後作者が中心になって確立される私ノンフィクション(作者自身が主要な登場人物になっている事柄を描いたノンフィクションで、「一瞬の夏」(1981年)では作者は主人公のボクサーのカシアス内藤の友人でプロモーターにもなりますし、「深夜特急」(1986年)では作者自身が主人公です)の萌芽が感じられます。
事件当時、私自身はまだ6歳でしたが、それでもこの事件が記憶に残っているのは、このような日本では他に例を見ないショッキングなテロ事件が、三党(自民党、社会党、民社党)党首演説会という公開の席で実行され、しかもラジオで生放送(テレビは録画放送)中で、毎日新聞がまさに刺殺するその瞬間をアップで撮影したスクープ写真(そのカメラマンは日本人として初めてピュリッツァー賞を受賞しました)を翌日の朝刊の一面に掲載したことによって、多くの日本人に目撃されたために、国民全体で共有される大きな事件になったことと、事件から三週間後に山口二矢がその日に移送された少年鑑別所で自殺し、弱冠17歳の少年が(右翼団体などに使嗾されたものではない)初めから自分自身の死も決意していた自立したテロリストだったというさらにショッキングな事実(作者もこの点に魅かれて山口二矢を描こうとしたと述べています)のために、非常に有名な事件になったからでしょう。
この作品が最も優れている点は、主人公の山口二矢だけでなく、浅沼稲次郎についてもできるだけ丹念に描いて、年齢も境涯も思想も大きく異なる二人の人物の生涯が、いろいろな偶然が重なったために、1960年10月12日午後3時4分30秒の一瞬だけ交錯した瞬間を鮮やかに浮かび上がらせた点でしょう。
また、作者が、山口二矢だけでなく、浅沼稲次郎にも少なからぬ愛着を持って描き出し、二人の魅力(長所だけでなく欠点も含めて)を読者に伝えることに成功しているからだと思います。
今回読み直してみても、殺されなければならなかった浅沼稲次郎(本来は社会党の中では右寄りの人物でしかも庶民そのものの好人物として大衆に人気があったのに、いろいろな事情で当時国交のなかった中国寄りの発言をしたために、かえって右翼の標的にされるようになっていました)だけでなく、殺さなければならなかった山口二矢(60年安保闘争直後で、彼の眼には実質的には権力を持っていて国民を扇動して革命を起こそうとしているように見える左翼(実際にはそんな力はぜんぜんなかったのですが)を激しく憎み、それと同じ程度に口先ではテロなどの過激なことを言うが絶対にそれを実行しようとしない右翼に激しく絶望していました)にも、同情の涙を抑えることができませんでした。
この作品が書かれる前までに、山口二矢にはすでに数々の神格化された伝説が、右翼を中心に流布されていて、それを検証(作者はできれば否定したいと思っていたかもしれません)するような形で書き始められたのですが、結果として神格化された伝説を追認するようなエピソードが多く書かれていて、いろいろな偶然も含めて山口二矢がこの事件を起こすのは必然(彼はこの事件のためだけに生まれてきた)だったというような読後感を読者に与えているのは不満でした。
取材者への配慮があるのか、山口二矢の家族(特に父親)や右翼関係者(特に日本愛国党の赤尾敏)や当時の社会党幹部への、作者としての批判が不十分です。
山口二矢が自立したテロリストであったことには全く異論はないのですが、彼の生育環境や社会背景をもっと掘り下げて描かないと、作者が描いたような運命論的な結末になってしまうのではないでしょうか。
また、作者自身も認めていますが、山口二矢に比べて、浅沼稲次郎の方の描き方が不十分で、特に社会党内部の動きとの関連を、作者が少し触れている構造改革論も含めて、もっときちんと描かなければ、なぜ浅沼稲次郎が殺されなければならなかったかや、その時の浅沼の思いがよくわかりません。
さらに、事件から作品化の間に起きた、米中国交正常化の動き(1971年のキッシンジャー訪問に始まります)や日中国交正常化(1972年)との関係(影響が少しはあったのか、それともまったくなかったのか)ももっと描かないと、この事件が二人の個人的な事件(右翼内部や社会党内部の問題は描かれていますが)なのか、社会的な事件だったのかが分かりません。
個人的には、90年代まで続く55年体制(自民党と社会党を中心にした保守と革新陣営の体制)がここまで長期化し、高度成長時代の経済的な成功(バブル崩壊まで)とそれに伴う格差社会の出現(自民党の長期政権と革新勢力の弱体化が主な原因でしょう)したことに、この事件は少なからぬ影響を与えたと思っています。
そうでないと、浅沼稲次郎だけでなく、山口二矢も、まったくの犬死だったことになってしまうと思うのは、感傷的過ぎるでしょうか。
新装版 テロルの決算 (文春文庫) | |
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文藝春秋 |
1971年出版の短編集ですが、どこにでもあるような単純な短編集ではありません。
児童文学作家の森忠明は「児童文学の魅力 いま読む100冊ー日本編」の中で、この短編集のことを、「リアリズムあり、アフォリズム風あり、カフカ流ありの「赤い風船」は一見放縦な、何でもぶっこんだゾウスイ的短編集であるが、各篇は最後に置かれた絶品「夜の汽車」を深く旅するための、正負のフィードバック効果のようであり、そうみなすと連作短編集とも長編物語とも思えるのである。作者の不可見の念力のようなものが独特の隠し味となって全篇をつないでいる。」と定義しています。
前半の「あいうえお」は、戦前、戦争中の作者の原体験をもとに描かれた私小説的な連作短編ですが、単なる生活童話ではなく、岩本敏男という現代詩人の眼が、貧乏、家族愛、戦争などを鮮やかに切り取っています。
後半は中編の「赤い風船」、「ゆうれいのオマル」、「夜の汽車」が並んでいます。
一見いわゆる無国籍童話風ですが、ナンセンス・ファンタジーあり、実存的作品あり、詩的な作品ありで、どれも一筋縄ではいかない作品です。
この本は出版当時に、「全体に暗すぎる」、「子どもには難しぎる」、「これからを生きる子どもたちに、こんなネガティブなものを与える必要ない」などの批判を浴びました。
しかし、一部の読者(特に大人の女性)からは熱狂的な支持を得ました。
私の属していた大学の児童文学研究会にも、この本の全文をノートに書き写すほどのファンだった同学年の女性がいました。
彼女は中島みゆき似の理知的な女性でしたが、その字も本人に似てきちんと整っていて美しく、彼女が写した「赤い風船」は本物の本よりも魅力的に見えました。
私は悪筆で有名で、サークル内では「あいつだけにはガリを切らせるな」と言われていて、いつも私の汚い字で書かれた原稿は、彼女の美しい字でガリ版印刷(パソコンはもちろんワープロもコピー機もない時代だったので、皆に読んでもらうためにはガリ版用紙に一文字一文字書きうつして謄写版印刷するしかなかったのです)してもらっていたので、彼女には頭が上がりませんでした。
そのため、当時はガチガチの「現代児童文学論者」だった私は、内心この作品に否定的だったものの、彼女の手前サークル内では批判しないでいました。
再読しても、これはいわゆる「現代児童文学」ではないと思います。
文章は「散文的」でなく優れて「詩的」です。
読者としての「子ども」もほとんど(あとがきでは作者は子どもを意識していると言っているのですが)意識されていません。
「社会変革」の意思も感じられず、強いぺシミズムの雰囲気に満ちています。
しいていえば、「大人の童話」といった雰囲気です。
1970年代にも、劇作家の別役実の「淋しいおさかな」のような「大人の童話」の本(もっとも別役はこれらの童話をNHKの幼児番組のために書いたのですが、本は大人向けの装丁で出されていました)も存在したのですが、児童文学界にはほとんど無視されていたようです。
現在ではこのような「大人の童話」のジャンルの本は、一定の読者(おそらく大人の女性が中心でしょう)を獲得しています。
ただ、「赤い風船」は、今の読者には毒が強すぎるかもしれません。
ゆうれいがいなかったころ (偕成社の創作文学 23) | |
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偕成社 |
1982年公開のアメリカ映画です。
主演のダスティン・ホフマンが、男女二人を演じるという、彼でなければできないんじゃないかと思われるような難役に挑んでいます。
うまいけれど理屈っぽくて仕事がない俳優が、女性に扮してテレビの連続ドラマの役を獲得したことから、いろいろなハプニングが起こるコメディです。
彼が演じた自立した女性像が好評を得て、彼女は一躍人気者になります。
しかし、虚像の女性と、実像の男性の間の矛盾で、本人はにっちもさっちもいかなくなります。
特に、好きになった人の父親に気に入られて求婚されるシーンは、けっこう笑えます。
ただし、好きになった人にはレズビアンに、別の女友達にはゲイに思われるところは、現代のLGBTQの観点では、微妙かもしれません。
出演者も芸達者ばかりでそれぞれみせますが、特に相手役のジェシカ・ラングは、彼女に刺激を受けて、男にふりまわされる女性から自立を目指す女性を魅力的に演じています。