現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

ベルリン・天使の詩

2024-12-24 06:49:16 | 映画

 1987年のカンヌ映画祭で監督賞を受賞した、ヴィム・ヴェンダース監督の代表作(最高傑作は「パリ、テキサス」(その記事を参照してください)でしょう)の一つです。
 人々の心の声を聞いてそっと励ましていく守護天使の一人(?)が、サーカスの空中ブランコ乗りの女性に恋をして、永遠の生命を捨てて人間になる話です。
 白黒とカラーを効果的に使い分けた映像、人々の心のつぶやきをあらわす詩的で深遠な言葉の数々、戦争の傷跡が残るベルリンの荒廃した風景、そんな所でも確かに存在する人々の暖かなつながり、この映画のヒントを与えたというバンドのロック・ミュージックなどが、互いにうまく響き合っています。
 普通の映画が「散文」ならば、この映画は題名にもあるとおりに「詩」でしょう。
 やや難解ですが、一度は味わう価値があります。
 天使と人間の対比が、生きていくことの意味を考えさせてくれます。

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レオン

2024-12-23 10:59:21 | 映画

 1994年のフランス・アメリカ合作映画です。
 リュック・ベンソン得意の派手な流血シーンに溢れたアクション映画で、主役を演じたジャン・レノを一躍トップスターにしました。
 孤独な殺し屋と家族(警察の麻薬捜査局を牛耳る悪徳警官に皆殺しにされます)に疎外されている12歳の少女の純愛を描いています。
 おませな女の子とまるで子どものような(読み書きができず、いつもミルクを飲んでいます)大人の男性という組み合わせは、「シベールの日曜日」(その記事を参照してください)を思い起こさせます(1962年のフランス映画(アカデミー外国語映画賞を受賞)なので、おそらくリュック・ベンソンは少なからず影響を受けていると思われます)が、派手な銃撃戦が目立つのでこちらの方が一般受けはしましたが、イノセンスな魂の触れ合いを描いた作品としてはかなり劣ります。
 当時はジャン・レノばかりがクローズアップされましたが、少女役のナタリー・ポートマンのややこまっしゃくれているけれど魅力的な美貌と演技(16年後に、「ブラック・スワン」でアカデミー主演女優賞を受賞)、敵役の悪徳警官役のゲイリ―・オールドマンの狂気溢れる風貌と演技(24年後に「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」でアカデミー賞主演男優賞を受賞)も強く印象に残ります。

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ガース・ウィリアムズ「くろいうさぎとしろいうさぎ」

2024-12-22 16:25:16 | 作品論

 1958年に出版された絵本です。
 五十年前ごろは、結婚プレゼント(といっても安価な物ですから、結婚式や二次会に呼ばれない程度の軽い知り合いの場合です)の定番でした。
 日本語版は1965年が初版ですが、私の手元に今あるのは1990年1月20日の第74刷ですので、かなりのベストセラーです。
 結婚(特に若い世代の)というものを、このように象徴的に描いた作品は少ないかもしれません。
 出版から70年近くがたち、その間にジェンダー観や結婚観はずいぶん変わりましたが、好きな男の子や女の子と、「いつも いつも、いつまでも、きみといっしょに いられますように」という願いは、普遍性を持っていると思います。
 ただし、日本語訳では、くろいうさぎは男の子、しろいうさぎは女の子と決め打ちした言葉づかいなので、やや古さを感じさせるかもしれません。
 作者のガース・ウィリアムズは私の好きな画家の一人で、マージェリー・シャープのミスビアンカ・シリーズ(その記事を参照してください)の挿絵でも有名です。
 動物の生態と擬人化のバランスが絶妙で、ディズニーのアニメ絵本のような単純にかわいいだけの絵柄とは一線を画しています。

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内海 健「うつ病新時代 双極Ⅱ型障害という病」

2024-12-21 08:54:47 | 参考文献

 2006年8月に発行された新しい気分障害である双極Ⅱ型障害(軽躁状態とうつ状態が繰り返しあるいは混合して現れる障害です)について、臨床と並行して、気分障害史にも言及して解説した本です。
 ポストモダンに生きる我々がいろいろな生きづらさに直面した時に発症するのは、旧来のうつ病(メランコリー)ではなく、このポストメランコリーの病気なのです。
 まだ臨床医の多くもこの病気を正しく理解していなくて、多くの患者がうつ病と誤診されています(私自身も、2003年に同様の誤診をされた苦い経験を持っています)。
 今の子どもたちや若い世代を取り巻くいろいろな問題(いじめ、セクハラやパワハラなどのハラスメント、ネグレクト、虐待、ひきこもり、登校拒否、拒食、過食、自傷、自殺、薬物依存、犯罪など)の背景の多くに、当事者やその親や教師や上司などの内部にこの双極Ⅱ型障害が潜んでいることが多いと思われます。
 また、この障害は、個人の責任ではなく、社会のひずみが生んだ「公害」なのです。
 そのため、社会全体を改革しない限り、この障害ならびにそれに基づく問題は、マクロ的には解決できないと思っています。
 私は、これからこのような子どもたちや若い世代の問題を取り上げた創作(児童文学ではなく一般文学になると思われます)に力を入れていこうとしていますが、その背景を正しく理解するためにこの本はおおいに役立ちました。
 ただし、この本は内容や文章がやや難しく、筆者もあとがきで弁明していますが、「精神科医からのメッセージ」というシリーズ名にはふさわしくなく、「精神科医へのメッセージ」といった趣です。

うつ病新時代―双極2型障害という病 (精神科医からのメッセージ)
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吉川英治「新・水滸伝」

2024-12-20 08:36:40 | 参考文献

 水滸伝といえば、言わずと知れた中国四大奇書(他は三国志(その記事を参照してください)、西遊記、金瓶梅)の一つですが、それを大衆小説の第一人者の吉川英治が日本人向け(残酷すぎる部分(黒旋風の李逵に関する部分など)や色っぽすぎたりする部分(金瓶梅のもとになる所など)や日本人には分かりにくい部分(人肉食など))に書き直した作品で、作者の死による未完(いわゆる100回本のうちの74回あたりまで)ながら日本では一番読まれている水滸伝の本です(最近の読者は、横山光輝の漫画やコーエーのゲームや北方謙三の水滸伝の方がなじみがあるかもしれません)。
 お馴染みの求時雨の宋江(いわゆる「男の中の男」の原型ですね。背が低く色黒で女にはまったく持てません(役人時代にやり手婆に無理やり押し付けられた愛人に裏切られて、はずみで彼女を殺して囚人になります)が、庶民(特に男たち)には神様のように崇め奉られています(何しろ字名が、「求める時にふる雨」ですからね。しびれます)を初めとした百八人の豪傑たちが大暴れする大河娯楽小説です。
 子どものころに初めて読んでからずっと未完だったのが不満だったのですが、その後岩波文庫の「完訳 水滸伝」(100回本です。水滸伝には後日談も含めた120回本もあるそうです)を読んでも、108人が勢ぞろいする71回までは面白いのですが、それ以降は付けたしの感が否めません。
 実際、中国では71回を最終回に書き直し、初回を前置きにして回数をひとつずつずらしたいわゆる70回本(回数をずらさない71回本もあるそうです)が、水滸伝としては一般的だそうです。
 そういった意味では、吉川英治の「新・水滸伝」は70回本の完訳とは言えるので、この本を読めば完訳を読まなくても十分でしょう。

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庄野潤三「絵合わせ」絵合わせ所収

2024-12-19 08:36:15 | 参考文献

 「群像」昭和45年11月号に掲載されて、この作品を表題作とする中短編集に収められた中編です。

 また、昭和52年にこの作品を表題作とする文庫本の中短編集に再構成されました。

 この作品においては、両親と長姉と二人の弟で構成されていた作者の家族が、姉の和子の結婚を間近に控えて、大きな変化を予兆させるいろいろな事件が描かれています。

 長女の結婚の準備、長男の受験失敗、次男のお手柄(長女が結婚してから住む貸家を見つけてきた)、この家に引っ越してからずっと一緒だったセキセイインコの老衰などが描かれていますが、作者はそれをシリアスには描きません。

 いつのまにか家族全員でやることが夜の日課になった「絵合わせ」というカードゲームのやり取りを接着剤として、静かにやがて訪れる家族の変化(五人家族が四人家族になる)への、心の準備のようなものを紡いでいきます。

 その暖かく精緻な描写は、さすがに野間文芸賞を受賞した名作と思わせるものがあります。

 そして、この作品集では、「丘の明り」、「小えびの群れ」、「絵合わせ」の三つの作品集から、家族の成長がわかる短編が選ばれているので、読者はいつのまにか、この家族が親戚よりも身近で、かぎりなく自分自身の家族であるかのように感じられます。

 そのため、長女の結婚を喜ぶとともに、家族の黄金時代が過ぎ去ってしまったことの寂しさも感じます。

 どの家族にも、黄金時代というものはあります。

 私事になりますが、私の家族の黄金時代は、次男が誕生してから、長男が大学一年で次男が高校二年の時に、二人で都内のアパートへ移った時まででしょう。

 こうしたどの家にもある家族の黄金時代を、ここまで緻密に描き出した作品集を、私は他に知りません。

 

 

 

 

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沢木耕太郎「深夜特急1」

2024-12-18 08:53:55 | 参考文献

 作者の代表作のひとつで、一人旅物の決定版とも言える作品です。

 この文庫本版は、単行本の「深夜特急第一便」の前半部分で、以下の三章から構成されています。

第一章 朝の光 インドのデリーの安宿で、出発してから半年になるのに、まだ本来の目的であるデリーからロンドンまでのバス旅行が始まっていないことに愕然とするところから始まり、なぜこの一人旅に出たかの発端が語られます。

第二章 黄金宮殿 手に入れたチケットが途中滞在可能だったので、何気なしに寄った香港での話です。黄金宮殿という名のラブホテル(というよりは、昔ながらの連れ込み旅館といった方がしっくりきます)を根城にして、露店街やフェリーや港などのあちこちを歩き回る熱狂の日々です。

第三章 賽の踊り 黄金宮殿に荷物を残したまま、何気なく立ち寄ったマカオ(香港からは水中翼船で1時間ちょっとで行かれます)での、大小という博打にはまった別の意味(一時は大きく負けて、本来のバス旅行がスタートする前に断念しなければならない窮地に陥ります)で熱狂の日々です。

 「深夜特急」は、出版当時、多くの若者の一人旅への憧れを刺激して、ベストセラーになりました。

 実際に、この本の通りに、一人旅をした人たちもたくさんいたことでしょう。

 私も、初めて読んだ時には、一人旅への強い憧れを抱きました。

 特に、香港のどこまでも続く露店街での放浪やマカオでの博打への耽溺には、いつかはやってみたいとさえ思いました。

 幸か不幸か、この本を読んだ時には、結婚して子どももいましたので、作者のように何もかも放擲して一人旅に出ることはできませんでした。

 後日、リノのカジノに泊まった時や、台北の夜市に行った時には、この作品で描かれたものに近い風景に出くわしましたが、その時はすでにそれらに耽溺することはできませんでした。

 その時、もう自分は一人旅をするには年を取りすぎてしまったんだなあと、寂しさにも似た気分を味わったことを覚えています。

 

 

 

 

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小熊英二「1968」

2024-12-17 08:15:10 | 参考文献

 上下巻で2000ページもある大著なので、読みきるには集中力を持続する必要がありますが、現代日本児童文学の舞台(とくに初期)やそのころの作者たちの創作の背景を理解するためには必須の本ではないでしょうか。
1.叛乱の背景と始まり
 上巻では、当時の若者たちの叛乱とその背景について書かれています。
 時代的・世代的背景、各セクトについて、全共闘の個々の闘争(慶大闘争、早大闘争、横浜国大闘争、中大闘争、羽田闘争、佐世保闘争、三里塚闘争、王子野戦病院闘争、日大闘争)、特に東大闘争については発端から結末までを、詳述しています。
 全共闘世代はいわゆる団塊の世代で、義務教育のころは戦後民主主義教育を受け、その後激烈な受験戦争に巻き込まれ、大学の大衆化に直面し、アイデンティティの喪失、生きていることのリアリティの希薄化などの現代的不幸に直面した最初の世代でした。
 セクトの変遷とそれぞれの特徴がまとめられていて、初めて知ったことも多かったです。
 慶大闘争が、一連の若者たちの闘争の端緒だというのは、初めて知ったことでした。
 早大闘争は、私が知っていた1972年の川口君リンチ殺人事件を発端にした革マル対他セクトプラス一般学生の争いではなく、当初は学費値上げ反対闘争だったとのことなので、初めて知ったことも多かったです。
 横浜国大闘争は、学芸学部から教育学部への変更反対闘争で、伝統的な学問を究める大学から、産業の要請する労働力(この場合は教員)養成の大学への変換への抵抗の典型的な例として興味深かったです。
 中大闘争も学費値上げ反対の闘争でしたが、学生側の勝利した数少ない闘争として貴重なものでした。
 このパターンが後続の大学紛争のモデルになっていれば、結果はだいぶ違うものになったでしょう。

2.闘争の高まり
 羽田闘争での犠牲者山崎君の死が、その後の全共闘への参加のきっかけになっている例が多かったことを知りました。
 三里塚闘争では、農民の闘争に学生が参加して、互いに刺激し合って闘争が過激化し、機動隊側にも死者を出しました。
 佐世保闘争と王子野戦病院闘争では、一般市民も巻き込んだ闘争の例として、初期の全共闘の運動が社会からも支持されていたことを示しています。
 日大闘争では、大学側の対応や状況があまりに前近代的(最近のアメフトを初めとした日大の事件を知ると、体質が少しも変わっていないことに驚かされます)なので、読んでいて学生側に同情しました。
 特に、いったん決まりかかった改革案を、時の佐藤首相が介入して反故にしたという事実を初めて知って驚きました。
 もし、これがなければ、学生側の勝利で終結していたでしょう。
 その後のセクトの介入により、闘争への一般学生たちの共感が失われてしまったのが残念でした。
 東大闘争も、初めは医学部の封建的な体制の改革に乗り出し、大学側がほとんどの要求に合意した時点で学生側の勝利で終結できたでしょう。
 ところが、闘争にセクトが介入し、しだいに自己否定などによる学生の自分の表現としての闘争に変化して、泥沼化してしまいました。
 この闘争を重要視し、七十年に向けての拠点にしようとするセクトの思惑が原因でした。
 この闘争が、その後の大学での闘争のモデルになったため、学生側の敗北によって終結するようになってしまったようです。
 大学ごとに結成されてノンセクト・ラディカルが重要な役割を果たした全共闘(終末期にはセクトあるいはセクト連合にイニシアティブを握られてしまいましたが)と、セクトによって細分化されていく全学連の違いが初めて理解できました。
 大学闘争については、その発端から終末まで詳しく書かれていますが、それ以外の闘争についてはあっさり書かれているので、それぞれの闘争の実態まではよくわかりませんでした。
 これらについては、個別に適切な本を読んで補う必要があると思われます。

3.叛乱の終焉
 下巻では、叛乱の終焉とその遺産について書かれています。
 高校闘争、68年から69年への反乱の推移、1970年に起こったパラダイム変換、関連する個別の闘争(ベ平連、連合赤軍、リブ)に関して記述して、最後に結論を述べています。
 高校闘争は自分自身の高校時代の直前に行われたので、もし一、二年違っていたら、私も巻きこまれていたかもしれません。
 自治が認められていた大学と違って、激しい弾圧にさらされていて、短期間に集結してしまったことは初めて知りました。
 しかし、私の通っていた早稲田大学高等学院では、高校闘争の遺産として、中間試験の廃止、制服、制帽の自由化など、民主化運動の成果がたくさんありました。
 そのへんについての記述がまったくないのには、不満を感じました。
 それとも、高等学院の場合は、早稲田大学の付属という特殊性が原因していたのでしょうか。
 東大闘争で確立された全共闘の闘争パターンが他の大学、地方の大学、高校へと波及し、細く長く反乱の時代が続いていたことが理解できました。
 70年代のパラダイム変換は高度資本主義を推し進めているに対しては有効だが、そこがピークを過ぎて再び格差社会になった現代では限界が出ています。
 現在のワーキングプアの問題やそれによる子どもたちの阻害に対しては有効ではないのじゃないでしょうか。
 そのあたりの記述が不足している感じがしました。
 ベ平連に関しては、その発足から解散まで、時系列に詳しく書かれています。
 全共闘とは違って、当時の自分のすぐ隣(中学の同じクラスの女の子がベ平連の活動に参加していました)にあったこの運動の全貌が分かって興味深かったです。
 一時期のベ平連は、中学生まで巻き込むほどの運動体としての魅力があったのでしょう。
 もし、もう少し年齢が高くもっと社会に目覚めていたら、私自身も関わっていたかもしれないと思わせるものがありました。
 他の闘争と違って、小田、吉川、鶴見俊輔などの中心人物が大人だったのが、全共闘とは一味違う運動にしたのでしょう。
 組織の存続を目的とするのではなく、柔軟な運動体としての存在というのはユニークでした。
 ただ、他の章と違って、筆者がべ平連に好意的すぎるように感じられるのが気になりました。
 連合赤軍に関しては、革命左派と赤軍派という路線の違う二つの党派の野合にすぎなかったこと、総括という名のリンチの凄惨な詳細を初めて知りびっくりしました。
 リンチ事件とあさま山荘事件との関係が、初めて理解できました。
 ただし、あさま山荘事件の記述は、あっさりしすぎているような気がしました。
 リブに関しては、著者自身が認めているように全体像を書きあらわそうとしていないので、よくわかりませんでした。
 特に、その後のフェミニズムへの流れはきちんと理解したかったと思いました。
 なぜ、田中美津にフォーカスしたかも理由が不明です。
 彼女の武装論は、あまりに場当たり的で理解不能でした。
 ただ、赤軍派や革命左派と接点があったのには、びっくりしました。
 一歩間違えれば、まさに彼女は永田洋子になった可能性があったのです。

4.結論
 これらの若者たちの叛乱が、政治運動でなく表現行為だったというまとめが正しいとすれば、自分自身の叛乱も文章による表現行為として成立するかもしれません。
 特に、現代的不幸を描くという点においては、それが言えるでしょう。
 また、この反乱が、高度資本主義社会に組み込まれていく前のモラトリアムの状態だという指摘はうなずけます。
 全共闘の闘争を維持し、しかし、最後に敗北させたのは、一般学生のエゴイズム(ストライキが起きれば、休講になったり、試験が延期やレポートへの切り替えになったりするから、年度の初めには全共闘の運動を支持する。かといって、単位を取って進級や卒業はしたいから、年度の最後にはストライキを終結させる)だという指摘は、自分自身の体験と照らし合わせても、妥当だと思えました。
 そして、この一般学生の無関心、そして就職して高度資本主義社会に組み込まれた後の政治への無関心が、長期にわたる自民党政権を維持してきたのです。
 これが、民主党政権に変わって、変化が起きるかどうかは興味深かったのですが、民主党も体制内野党だったためかまったく変わり映えがしなくて失望感が広がり、あっさりと自民党政権が復活しました。
 現代的不幸に対処するためにどんなパラダイムが必要なのかについて、著者の結論が述べられなかったのは、なんだか肩すかしを食ったような気分でした。
 しかし、これだけ膨大な文献を読みこなし、この長大な論文にまとめあげた著者の力量は、今までの著作と同様にすごいものがあります。
 例えば、セクト(上下)、日大闘争、東大闘争(上下)、べ平連、連合赤軍などの各章は、それだけで単行本にしてもいいぐらいの読みごたえがありました。
 ただ、今回はこの反乱の時代に若者だった当事者の多くがまだ存命なので、いつもの徹底した文献の渉猟だけでなく、実地にインタビューなどの取材で文献の裏を取る必要があったのではないでしょうか。
 このあたりは、ネットなどで当事者たちから痛烈な批判を受けています。
 公平に見ても、今回の著者のとった方法論には、少なからず誤りがあったと言わざるを得ません。
 それにしても、1968年に14才で中学二年生だった私は、この若者の叛乱の時代に遅れてきた世代だったということははっきりといえます。

1968〈上〉若者たちの叛乱とその背景
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1968〈下〉叛乱の終焉とその遺産
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パリ、テキサス

2024-12-16 08:46:51 | 映画

 1984年にカンヌ映画祭でパルム・ドール(最優秀賞)を受賞した、ヴィム・ヴェンダース監督のロード・ムービーの傑作です。
 四年間行方不明だった男が、弟夫婦の献身的な愛情で、人間性を取り戻していきます。
 しかし、彼は、弟夫婦が育ててくれていた七歳の息子を連れて、テキサス州ヒューストンにいると思われる若い妻(25歳ぐらい。子どもを産んだときは17か18)を探しに、車でテキサスに向かいます。
 兄弟とは? 夫婦とは? 男女とは? 父子とは? 母子とは?
 いろいろなことを考えさせてくれる映画です。
 そういった意味では、児童文学のテーマとも重なります。
 実は、NHKのBS放送を録画して四十年ぶりに見たのですが、あいにく緊急地震放送のために放映の途中で打ち切りになっていました(大災害だったのですから当然のことです)。
 しかし、続きを見るのはなかなか難しかったです。
 NHKは地震のために放送中止になった番組が多いために再放送のめどは立っていませんし(これまた当然です)、近隣のレンタルショップや図書館はどこもこの映画のDVDやビデオを持っていなくて、かなり遠くの大型のレンタルショップでようやく発見しました(ただし、ディジタルリマスター版のブルーレイだったので、放送よりもいい画質で見られました)。
 他の記事でも書きましたが、古い名画を見るのは年々難しくなっているようなので、うまい方法を考えなくてはと思い知らされました。
 
 

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山口瞳「血涙十番勝負」

2024-12-15 13:54:59 | 参考文献

 小説現代に連載されて、昭和47年に刊行された人気作家である著者と、当時の一流棋士との熱戦譜です。

 手合いは飛車落ちで、全編、棋譜と感想記が載っていて、対局の前後を筆者独特の自嘲的なユーモアで小説風に綴っています、

対戦相手は、以下の十人です(肩書は出版当時のもので、対局時は違う場合もあります)。

第一番 八段 二上達也 筆者の負け(以下同様に筆者側から見た勝敗です)

第二番 九段 山田道美 指し分け(当時対大山の第一人者と言われ、この棋戦の直後に急死されて、筆者の飛車落ち戦法「6五歩位取り」は、筆者と師匠の山口五段とこの山田戦の成果の合作といえます) 

第三番 二段 蛸島彰子 負け(当時の女流の最強棋士。まだ女流段位がない時代です。この棋戦だけ、手合いは平手です) 

第四番 八段 米長邦雄 勝ち

第五番 十段・棋聖 中原誠 負け

第六番 八段 芹沢博文 負け

第七番 六段 桐山清澄 負け

第八番 名人・王将・王位 大山康晴 負け

第九番 八段 原田泰夫 勝ち

第十番 五段 山口秀夫 勝ち(筆者の師匠なので、言ってみれば、飛車落ち戦の卒業試験のようなもので、筆者は見事に合格します)

筆者の三勝六敗一引き分けですが、当時学生名人と大山名人の記念対局が同じ手合いで勝率がもっと悪かったことを考えると、筆者の実力はアマチュアの五段はあるようです。

この十番勝負は、当時、経済的にも、社会的地位においても、現在と比べて恵まれていなかった将棋棋士の素晴らしさを世の中にひろめようとする筆者の熱意と、日本将棋連盟の全面協力と、講談社の経済的なバックアップがひとつになって実現した将棋ファンにとっては夢のような企画です。 

 今のようにAbemaTVなどで毎日のように将棋の熱戦が見られる時代とは違って、こうした活字媒体が有力棋士の素顔を知る数少ないチャンスだったのです。

 ここでは、大山五冠王(当時はタイトル戦は五つしかありませんでした)を初めとして、山田、二上のような強豪や、当時売りだし中だった中原、米長、そして女流棋士まで、幅広く網羅されています。

 今で言えば、藤井七冠に、渡辺九段、豊島九段、羽生九段などとの対局を想像してもらえば、そのすごさがわかっていただけるでしょう。

 

 

 

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