chuo1976

心のたねを言の葉として

サチ子        谺雄二

2017-10-06 04:16:23 | 文学
サチ子        谺雄二

 


サチ子 ある日ボクは

「やぁ」と手をあげてあいさつしながら

急ぎ足で君に歩み寄るだろう

「ごめん ごめん 
すっかり遅れてしまって・・・」

けれどサチ子はボクを知らない

だから君はおどろいてボクを見るだろう


サチ子 そのとき君の前に

ボクはどんなふうに写るだろうか

顔も手もケロイド状にひきつり

わきあがる思いのたけの微笑さえも

君の瞳の中でたちまち屈折し

暗くぶざまに変色してしまわないか

どこか地の果てからの長旅にくたぶれて

ついに誰彼のみさかいもつかず

いきなり君に声をかける無頼

そんな惨めさをボクに見出すだろうか


サチ子 しかしボクは

君のその眼差しにたとえ嫌悪の感情をよみ

あるいは娘らしい警戒心から

いちずにボクに身がまえて あらわに

また無言のするどい抗議に射られても

ボクはそれに耐えてひるむまい

君への愛にきっとボクは支えられる

「サチ子 また会えたね
さぁボクの握手を受けとっておくれ」


サチ子 おぼえているだろうか

君はいちどボクに会ったことがある

でもあまりに幼かったから

君の記憶に残っているかどうか・・・

あれは君がまだ四歳の晴れた五月

養母に手をひかれてむさし野の奥処 

トゲトゲの柊の森にボクを見舞ってくれた
 
そこに盲目のひと、白いホータイのひと

ひっそりとライ病む一千のひと達

皆同じ家族のように君にやさしかった


サチ子 君は春の柊の森の中で

一日ボクと遊んで過した

小さな花畑に咲く赤や黄のチューリップ

その花びらをなぜだか

ボク達は一枚一枚むしりとっていた

十七歳のボクにライへの怒りは重すぎた

サチ子 いまさら隠しはしない

君の祖母とボクではないもう一人の叔父は

当時すでに柊の森の墓地で

いつまでもめざめぬ眠りについていたのだ


サチ子 あれからボクは

あの柊の森を抜け出て

上州草津のこの尾根にいのちを寄せた

ライにまみれて生きてきた

せめてサチ子健かなれと祈り

時折りは君の養母=ボクの姉に手紙を書いた

だがそれが何になろう

サチ子にボクを秘めておくことが

そのことだけがただひとりの姪への愛なのか


サチ子 ボクはもはやライに癒えた

身体いっぱいに醜い傷痕

ライの後遺症をふかく刻んではいるが

ボクはやはり君をたずねよう

君が実の母親と思いこんでいるひとは養母で君にとっては伯母

そして君がひそかに父だと想像していた者は

君がうまれる以前からライを病みつづけ

いま癒えて君の目の前に立つボク

戦争とライから生き残ったただひとりの叔父

サチ子 君の父母は離婚して

この日本のどこかでそれぞれくらしている

そんなかなしいひと達をゆるしてやれ

「サチ子 二十歳おめでとう
ほんとに遅れてしまって ごめんよ」

(*柊の森=東京・多摩全生園)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

札幌国際芸術祭

 札幌市では、文化芸術が市民に親しまれ、心豊かな暮らしを支えるとともに、札幌の歴史・文化、自然環境、IT、デザインなど様々な資源をフルに活かした次代の新たな産業やライフスタイルを創出し、その魅力を世界へ強く発信していくために、「創造都市さっぽろ」の象徴的な事業として、2014年7月~9月に札幌国際芸術祭を開催いたします。 http://www.sapporo-internationalartfestival.jp/about-siaf