「涙」
小林弘明
机の引き出しを開けると
若い娘の顔が覗く
名は金正美といい
裾の赤いチマチョゴリを着た
華やいだ写真である
「チョンミ、チョンミ」と自己紹介した
彼女は到着早々に
チマチョゴリに着替えて
大きな白鳥のように羽ばたいて見せた
そんな彼女が一篇の詩作品をめぐって
思わず涙してしまった
明るい女子大生の揃った合評会の席上
予期しない雲行きとなった
何かが彼女の涙腺に触れたらしい
涙 滂沱
彼女が担当した詩作品は
名前がいくつもあって
どれが本当の名か? という
在日韓国人の心情を吐露したもので
その上ライのため
もう一つ名前が重なってくるといった内容であった
彼女の胸の中に
突然悲しみが湧いて出たらしい
しばらくは無言で嗚咽をこらえてから
また明るい顔に戻って
「すみません 感想はあとで述べます」
と小声で言った
思わぬ事態に当の作者も大慌てで
「もういいです、ありがとう」
と何べんも繰り返した
外は12月の寒波が寄せている
会場は時ならぬ彼女の涙で
一段と清々しくなって
澄明な春のうねりのように温もりに包まれた
ぼくは時々引き出しの中の彼女を眺めることにしている
(栗生楽泉園 小林弘明さん)
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