chuo1976

心のたねを言の葉として

(評・映画)「娘は戦場で生まれた」 砲火の町、作品自体が奇跡

2020-03-23 06:27:29 | 映画

(評・映画)「娘は戦場で生まれた」 砲火の町、作品自体が奇跡
2020/2/28 朝日新聞

 

 すぐに記憶から消え去る映画もあれば、棘(とげ)のように胸に刺さり抜けない映画もある。本作は後者。見る者の心は無傷でいられない。戦火のシリアにとどまり死の恐怖と生の喜びの狭間(はざま)で生きた若き女性監督による5年間の濃密な記録である。
 世界遺産の古都アレッポ。2012年からは独裁政権の攻撃の的となり、廃虚と化した。容赦のない無差別砲撃と空爆。学生で市民ジャーナリストのワアド・アルカティーブは、カメラを手に内戦の真実を市民社会の内側から映す。動乱の渦中でも医師のハムザと出会い結婚、娘サマも誕生した。日常の幸せを諦めないことも彼らの抵抗運動だ。
 原題は「サマのために」。なぜこの地にとどまるのか、決断の理由を不安や迷いも包み隠さず語る。未来の象徴たる娘に捧げたビデオレターでもあるのだ。
 病院には瀕死(ひんし)の人々が担ぎ込まれる。血染めの床。家族の慟哭(どうこく)。世界が目を背ける惨状だ。「町は包囲された。こんなことを世界が許すとは思わなかった」。ワアドの声に絶望が滲(にじ)む。
 だが映画は希望の萌芽(ほうが)も捉える。赤子の微笑、灰色の町を染める夕日、掘り出される花の苗。本作もまた廃虚から芽を出す希望だ。300時間超の動画の断片は一本の作品となり花開く。
 英テレビ局チャンネル4などが製作を担い、社会派ドキュメンタリー作家のエドワード・ワッツが完成に協力。ワアドの並外れた勇気や無事に生還できた幸運など、完成にはいくつもの奇跡が重なったろう。映画の存在そのものが驚きであり、それは祝福に値する。カンヌ映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を筆頭に、世界45以上の賞を獲得した。(林瑞絵・映画ジャーナリスト)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 追悼 松田政男1     ... | トップ | 物置の自転車出して北の春 ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

映画」カテゴリの最新記事