7日と8日の夜は、シフとカペラ・アンドレア・バルカ(初来日)によるベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏会に行ってきました。
まずは初日の感想を。
”アンドレア(Andrea)”はイタリア語のアンドラーシュ、”バルカ(Barca)”はイタリア語の舟で、シフ(Schiff)がドイツ語の舟であることから、この楽団名になったそうです。 前回のシフのリサイタルで私が特に感銘を受けたのが、ベートーヴェンの演奏でした。ハイドンのような軽やかさと、推進力と、静けさと、華やかさ。なのでシフのベートーヴェンが良いことはわかっていたけれど、今回の協奏曲ではオケとの一体感が想像以上に素晴らしかった さすがは自身創設のオケだなあ。
演奏が始まってすぐに「ああ、シフのベートーヴェンだ」と感じました。オケ全体が”シフの音楽”になっていて、この一体感は弾き振りならではですよね。いつも良い演奏を聴くと指揮者が音楽そのものに見えるのだけど、今夜はシフがそう見えました。オケはシフが表現したい音楽をよく理解していて。でも各奏者の音は表現豊かで。室内楽のようなという言葉がぴったりの、ベートーヴェンの時代の演奏会を客席で聴いているようでとても楽しかった。オケの厚く艶のある音色も好みでした
そして改めて「シフ×ベーゼンドルファー×タケミツメモリアル」の美しさよ。。。
このホールってピアノが単音で高音を出すと(トリルのときとか)建築の木?が共鳴するような響きが聞こえるじゃないですか。あれが好きではないという人もいるかもしれないけれど、私は建物自体が音楽に反応しているみたいで、なんか好きなんです。上階席からあの高い天井の空間をトリップ状態でボーと眺めて音楽を聴くのが最高の至福。
音楽は音ではなく時間だと言ったのは、ツィメさんだったか。
本当に、良い音楽体験って音ではない何物かだと思う。
【ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調op.19】
ベートーヴェンの作品としてはタイクツな部類に入ると個人的に思っているこの曲が、こんなに生き生きとした音楽になってしまうとは。一曲目から、これが聴けただけで今日来てよかったと思いました。途中で後期ソナタを思い出したりして。こんな第2番ならいつまででも聴いていたい。演奏を終えたシフの表情もとても満足そうでした(ガッツポーズでた)。
【ピアノ協奏曲第3番 ハ短調op.37】
2楽章の筆舌に尽くしがたい美しさ!からのあの明るく幸福な3楽章!シフの奥様のインタビューによると一番演奏機会が少ない曲なのだそうですが、なんてもったいない。
余談ですが、シフが退場するときにコントラバスの長いお髭のChristian Sutterさんの横を通り過ぎざまにいつも彼とロータッチ(という言葉があるのか知らんが、上からポンじゃなくて、腕を下ろしたまま掌を触れ合わせる感じ)していたのがめっちゃかっこよかったです。
(休憩20分)今回は休憩があってよかった^^;
【ピアノ協奏曲第4番 ト長調op.58】
この曲に限らないけれど、シフって音色のコントロールが素晴らしいですよね。強音→弱音とか、よくあれだけの演奏をしていて突っ走らないで瞬時に音を切り替えられるものだなあ(素人すぎる感想でスミマセン)。ガリガリ音からのふわぁっとした華やかさとか、もううっとりと聴きほれてしまう。強音の上げていき方も重みも完璧。シフはppだかpppもものすごく自然で綺麗ですよね。これはこんなに心地よく聴けるのに、どうしてヴォロドスのは私は苦手だったんだろうか・・・。
今日の演奏では、特に第3楽章が好みでした。ピアノの音色の華やかさ、最後のオケの息もつかせぬ追い込みと解放感、素晴らしかった!
この曲の演奏を生で聴くのはペライア、ツィメルマン、ピリス、そして今回のシフで4回目ですが、見事にそれぞれ個性が違って本当に面白い。そしてどの演奏も素晴らしい。さすが名曲ですよね。
【ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 op.73《皇帝》より 第2・3楽章(アンコール)】
【ピアノ・ソナタ 第12番 変イ長調 op.26《葬送》より 第3・4楽章(アンコール)】
そして翌日のプログラムの第5番をアンコールにもってくるシフ笑。ていうか、いつもながらアンコールがもはやアンコールじゃない(ボリュームが)。
ひとつの演奏会の終盤になるにつれてハイになってくるピアニストは多いけれど、この夜のアンコールもシフには珍しくテンション高めの演奏に感じられました。翌日の方が本プログラムらしい丁寧な演奏だったけど、なんだか珍しいシフが聴けた気がするというか、羽根が生えたような自由な音で、これはこれで感動的でした(オケはさすがに少し疲れてたぽかったけど)。ソナタも絶品。
22時終演。ソロカーテンコールあり。
ベートーヴェンの幸福で前向きなエネルギーをいっぱいにもらえた演奏会で、シフにはただただ感謝。
今日の演奏を聴きながら、「こんな演奏を聴かせてくれたのだから、たとえシフがどんな悪人だったとしても私はあなたの味方でいるよ」と、そんなことを感じていました。変なことを言っているように聞こえるかもしれませんが、今回だけでなく、素晴らしい演奏を聴かせてもらったり素晴らしい舞台を見せてくれたアーティストには私はいつもそう感じるんです。この感謝は絶対に忘れない、と。
なんてことを思いながら帰宅してtwitterを眺めていたら、直近のこんなニュースが・・・。
・Slipped Disc:ANDRAS SCHIFF DECLARES ‘MAJOR INCIDENT’ WITH ORCHESTRA (November 1, 2019)
・Slipped Disc:MONTREAL HITS BACK AT ‘ABRASIVE, DISRESPECTFUL’ ANDRAS SCHIFF (November 1, 2019)
・Montreal Gazette:OSM guest conductor Schiff 'flew off the handle' in rehearsals, musicians say (November 7, 2019)
私は一聴衆にすぎないので騒動自体へのコメントは控えますが、それぞれの主観的な主張部分はともかく、記載されているリハーサル現場での出来事自体はおそらく事実なのだろうと思う。シフがモントリオール響の奏者達にとった態度も、奏者達が彼のソロパート中に私語をしていたことなども含め。
一方でこのSlipped Discの辛辣なコメント欄を読んでいると、コンダクターやピアニストって本当に大変なんだなあと感じる・・・。オケとの間で神経をすり減らすだけでなく、聴衆からも上から目線で言いたい放題に演奏の良し悪しを評価され(しかも単なる好みと良し悪しがゴチャマゼになった感想も多く)。
ツィメさんにしてもシフにしても、なんか、みんな色んなものと闘っているのだなあ・・・大変なんだなあ・・・と改めて考えてしまった、のんびりぬるま湯の中で生きてしまってる私。コメント欄でシフのモスクワの演奏会での聴衆に対する態度(お辞儀をしないとか)などについても書かれてあるけれど、これに関しては、こちらが基本的なマナーをちゃんと守っている限りは、シフのステージマナーがなっていないと感じたことは私は一度もないけどなあ。今回のステージでもシフは何度も聴衆に対して感謝の意を示していた。1列しかないP席にもしっかりオケに挨拶させてたし。
まあ、せめて日本にいる間くらいは心穏やかに過ごしていただきたいものよ。それでこそ良い演奏もできるというもの。
なので少なくともこの2日間はシフがとても満足そう&嬉しそうに見えたので、よかったなあと思ったのでした。奥様も嬉しそうだった(安心されていたのかも^^;)
この日と翌日にホワイエでプレトークが行われましたが、その内容はまとめて次の第2夜の感想記事に書きますねー。
※2020.1.22追記
eぶらあぼ 2019.8月号より
5月初旬、イタリア北部のヴィチェンツァの街で毎年開催される「パラーディオへのオマージュ Omaggio di Palladio」音楽祭において、名匠アンドラーシュ・シフがカペラ・アンドレア・バルカを率いてベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲ツィクルスを弾き振りした。16世紀の名建築家パラーディオの遺作であり、世界遺産にもなっているオリンピコ劇場での一大イヴェントに、地元の名士はもちろんのこと、ドイツやスイスなどからもシフの友人や支持者が多く駆けつけた。
カペラ・アンドレア・バルカは、シフの音楽活動においてきわめて重要な位置を占めるオーケストラ。もともと1999年に彼がモーツァルトのピアノ協奏曲全曲演奏をスタートした折に結成され、主としてザルツブルク・モーツァルテウムでシャーンドル・ヴェーグの薫陶を受けた仲間が核となっていて、シフ自身「私にとって家族のような存在」と語る。彼らの活動の理念の中心にはつねに室内楽があり、今回の音楽祭でもそれは強く感じられた。
シフの演奏といえば知性的で端正な印象が強いが、今回のベートーヴェンのピアノ協奏曲においてはカペラ・アンドレア・バルカの気のおけない仲間に囲まれ、いつもよりも自在で思い切りのよい溌剌とした演奏を展開、指揮者のいるオーケストラとの共演では実現できないようなソリストとオーケストラの真の対話を聴かせてくれた。とにかくシフと奏者一人一人との結びつきが強固であり、舞台の上でお互いに語りかけ、機敏に反応し合いながら音楽を紡いでいく。オーケストラは基本的にモダン楽器だが、ピリオド奏法に精通している奏者も多く、古楽寄りの演奏スタイルといえよう。
コンサートマスターは、アーノンクール時代のウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの首席奏者を長年務め、モザイク四重奏団のリーダーとしても知られるエーリッヒ・ヘーバルト。創設メンバーの一人で、このグループとのプロジェクトは自分の年間の活動の中で最優先しているという。「シフのような天才音楽家とともに演奏できることは本当に幸せです。彼が惑星だとすれば、私たちはその周りを回る衛星のような存在ですが、毎公演、全員が持てる力を100パーセント出し切って、ともに音楽を作り上げるアンサンブルなのです」と語る。またヴィオラ奏者のアネット・イッサーリスも「ここでの体験は他のどのオーケストラとも違い、つねに室内楽を奏でているよう。シフは私たちを彼の深遠なる芸術の宇宙に引き込んでくれるのです」と話す。
この秋、シフとカペラ・アンドレア・バルカは創設20周年にして初の日本公演を行い、東京オペラシティコンサートホールでは今回のヴィチェンツァと同じ最高の顔ぶれによるベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲を二晩にわたって聴くことができる。実はめったに遠方への演奏旅行を行わないグループだが、今回はぜひ日本の聴衆に聴いてほしいと特別に企画されたときくので、どうぞこの機会をお聴き逃しなく!
(後藤菜穂子)
~MEMBER~
Violin I
Erich Höbarth ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス/モザイク・カルテット コンサートマスター
Kathrin Rabus ハノーファー北ドイツ放送フィルコンサートマスター
Yuuko Shiokawa ソリスト
Susanne Mathé バーゼル弦楽四重奏団
Zoltán Tuska ブダペスト室内管コンサートマスター
Erika Tóth 室内楽奏者/元コダーイ弦楽四重奏団
Maria Kubizek ヨーロッパ室内管団員
Armin Brunner 元ベルリン・フィル団員
Jiří Panocha パノハ弦楽四重団
Violin II
Kjell A. Jørgensen 元カメラータ・ザルツブルク コンサートマスター
Stefano Mollo ヨーロッパ室内管団員
Julian Milone フィルハーモニア管団員
Albor Rosenfeld 元チューリッヒ・コレギウム・ムジクム団員
Lyrico Sonnleitner ウィーン放送響2ndヴァイオリン首席
Regina Florey 室内楽奏者
Pavel Zejfart パノハ弦楽四重奏団
Eva Szabó フィレンツェ・フィエーゾレ音楽院教授
Viola
Hariolf Schlichtig ミュンヘン音楽演劇大学教授
Alexander Besa ルツェルン響首席
Anita Mitterer モザイク・カルテット
Benedikt Schneider ザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送フィル首席
Annette Isserlis エイジ・オブ・エンライトゥンメント管団員
Miroslav Sehnoutka パノハ弦楽四重奏団
Violoncello
Christoph Richter 元ハンブルク北ドイツ放送響首席
Xenia Jankovic デトモルト音楽大教授
Sally Pendlebury フィッツウィリアム弦楽四重奏団
Heidi Litschauer 元ザルツブルク・モーツァルテウム音楽大教授
Jaroslav Kulhan パノハ弦楽四重奏団
Double Bass
Christian Sutter 元バーゼル響首席
Ivaylo Iordanov ウィーン交響楽団
Flute
Wally Hase ウィーン国立音楽演劇大学教授
Gerhard Mair フリーランス
Oboe
Louise Pellerin チューリッヒ芸術大学教授
Reinhold Malzer モーツァルテウム管団員
Clarinet
Riccardo Crocilla フィレンツェ五月音楽祭管首席
Toshiko Sakakibara フリーランス
Bassoon
Claudio Alberti ボルツァーノ・モンテヴェルディ音楽院教授
Christoph Hipper カメラータ・ザルツブルク団員
French Horn
Marie-Luise Neunecker ソリスト/ベルリン・ハンス・アイスラー音楽大学教授
Johannes Wache リューベック・フィル団員
Trumpet
Neil Brough ソリスト/イングリッシュ・バロック・ソロイスツ団員
Paul Sharp フィルハーモニア管/エイジ・オブ・エンライトゥンメント管団員
Timpani
Stefan Gawlick コンチェルト・ケルン団員/トロッシンゲン音楽大学教授