風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

アンドラーシュ・シフ/カペラ・アンドレア・バルカ 第2夜 @東京オペラシティ(11月8日)

2019-11-11 20:28:44 | クラシック音楽




天皇陛下と皇后陛下の即位パレードのニュースを見ながら、ちょうど2年前の11月にサントリーホールのボストン響来日公演にいらしていたお二人を思い出していました。あまりに自然に楽しそうにされていたので、途中で存在を忘れてしまったほどで。あのときシャハムはチャイコフスキーの演奏前と後に笑顔でペコリとお辞儀をしていたけれど、ネルソンスはショスタコの演奏前にチラリと楽しげに一瞥しただけで最後までお二人を意識したそぶりをみせなかったんですよね(舞台裏では挨拶していたと思うけど)。ネルソンスの漏れ聞く性格からすると決して無礼なタイプではないと思うし、あれはどういう理由だったのかなと時々思うのだけど。演奏するのが11番だったから気まずかったということもなかろうし。これは想像でしかないけれど、たぶんネルソンスはお二人にも他の聴衆と同じように演奏を楽しんでほしいと思ったのではないかな。音楽の前では皆平等というか。ネルソンスはアンコール前の大声挨拶もいつもどおりにやっていて、当然英語も理解されているお二人なのでとても楽しそうに聞かれていました。当時は皇太子だったけれど、天皇に即位すると音楽鑑賞や舞台鑑賞は前半/後半のいずれかしか観られないという噂は本当かしら。実際以前の天皇陛下や美智子さまがいらしていた舞台は、いつも後半のみ鑑賞されていたけれど。あれって舞台好きからすると地獄ですよね・・・(完売チケットを入手できるのは羨ましいが)。天皇陛下でいるのも大変なのだなあ・・・。以上、余談。

さて、シフとカペラ・アンドレア・バルカによるベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏会。
第1夜、第2夜ともに19時開演でしたが、その前にボン・ ベートーヴェン・ハウス元所長のミヒャエル・ラーデンブルガー(Michael Ladenburger)氏によるプレトークがホワイエであったので、両日とも参加してきました。予定では17:45から30分間だったのだけど、お話は止まることなく18:35まで50分間たっぷり×2日。さすがシフとは長いお付き合いという方だけあられる
以下は、第1夜と第2夜のトークの一部です(両日で違う話をされていました)。
・シフさんはボン・ベートーヴェン・ハウスの名誉会員で、こういう前知識をちゃんともって演奏を聴いてもらいたいという人なので、このプレトークも彼から頼まれました。
・バッハやその息子達の時代はピアノのソロパートは譜面に書き残さなかった。ベートーヴェンも演奏会のたびに違うソロを弾いていた。第一楽章と第三楽章の終盤に通常設けられているカデンツァを譜面に書くようになったのは、出版する段階になってから。こういうピアニストの見せ場を設けることについてはベートーヴェンは肯定的だった。
・交響曲第7番の譜面には「耳に綿を入れれば耳鳴りは聞こえない」のメモがある(写真あり)。
・交響曲第8番は、はじめピアノ協奏曲として構想された。
・当時はピアノソナタを公開演奏会で演奏する習慣がなかったので、ベートーヴェンもソナタを一度も演奏会では弾いていない。
・当時の王族や貴族の多くは楽器のたしなみがあった。日本の上皇様はチェロを演奏されるが、そういうところはよく似ている。
・ピアノ協奏曲第4番について。皆さんはベートーヴェンの初演を聴いてみたいと思うかもしれないが、絶対に聴かない方がいい。クリスマス前で会場はとても寒かったし、当時はリハーサルというものを殆どしないのが通例だったのでオケの演奏もひどいもので、その音もベートーヴェンには聴こえていないしで、散々だった。 ベートーヴェンがピアノ協奏曲を自ら演奏したのはこの第4番が最後で、このときに彼は自らの体の限界を悟った。第5番はルドルフ大公の独奏で行われたことが最近の研究で判明している。
・耳が聞こえなくなったことが彼の作曲にどのように影響していると思うか?とよく聞かれるが、全く影響していないと思う。耳が聞こえなくなっても、ベートーヴェンの中でははっきりと音楽が聞こえていたから。
・ベートーヴェンの時代のピアノは現代のピアノとはだいぶ違うが(6つのペダルがあるピアノの写真などを見せてくれながら)、その音やペダル効果について、シフはできるだけ現代のピアノで当時の音を再現したいと考えていて、また彼はそれができる演奏家。
・ベートーヴェンは演奏技術の良し悪しよりも、その作品の言いたいことを表現できる演奏をしてほしいと思うタイプだった。
・ベートーヴェンは楽しむ&楽しんでもらうだけの音楽ではなく、もっと崇高な音楽を作ろうとした。

以下は第2夜の感想です。
でも本当は、何も書きたくはないのです。何を書いても嘘になってしまう気がして。音楽の素晴らしさは言葉で表現できるものではない。そんな風に感じた演奏会でした。なので演奏に関する感想は短めです。

【ピアノ協奏曲第1番 ハ長調 op.15】
第1番は第2番よりも後に作曲された作品で、昨夜あれほど素晴らしい演奏を聴かせてくれた第2番だったけれど、こうして第1番を聴くとベートーヴェンの作曲家としての進化、深化がとてもよくわかる。
シフは今夜も嬉しそう&満足そう

(休憩20分)

【ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 op.73《皇帝》】
アンコールとして演奏された昨夜に比べると(昨夜もかなりよかったが)、今夜の方が丁寧というか本プログラムらしいがっつり気合の入った演奏を聴かせてくれました。
やっぱり1楽章から通しで聴くといいですね。2楽章の泣きたくなるような美しさ・・・。からの3楽章のあの多幸感!主題を弾くシフの音色の華やかさ!オケの躍動感!ブラヴォー
こうして5曲を続けて聴いてくると、ベートーヴェンの作曲の深まりになんだか涙が出そうになった。色々なものを乗り越えてここに辿り着いたのだなあ。

【ピアノ協奏曲第4番 ト長調 op.58 より 第2・3楽章(アンコール)】
昨夜と同様に、第3楽章のシフのピアノの華やかさに言葉がなく。息を止めて聴き入ってしまった。同じ曲でもツィメルマンの音は華麗という感じだったけど(スタインウェイだし)、シフは華やか。
この第3楽章を聴きながら、「ベートーヴェンの音楽は人間に対する”肯定”の音楽なんだな」と強く感じました。無条件の人間讃歌ではなく、肯定。否定という選択肢もありえたけれど、”それでも”ベートーヴェンは人間というものを肯定したのだな、と。その導き出された結論にもはや迷いはない。シフの演奏の明快な迷いのなさがベートーヴェンにとてもしっくり感じられるのは、そういう理由かも。
第3楽章のラストで、色んな異なる楽器が一つ一つ集まってきて最後に大きな一つの音楽になって、なんていう美しく生き生きとした世界だろう、と。そのままで足すものも引くものもいらない、完璧な世界。無欠という意味ではなくて、すべての異なるものをそのまま受け入れてくれる、完璧な世界。
来年はベートーヴェン生誕250周年のベートーヴェンイヤー。今のようなどこの国もその国ファーストになってしまっている世界が最も必要としている音楽は、何よりもベートーヴェンではないだろうか。これはもちろん第一にはベートーヴェンの偉大さだけれど、そう感じさせてくれる演奏を聴かせてくれたのはシフとカペラ・アンドレア・バルカの皆さん。
今回のアジアツアー、最終地は香港なんですね。香港にこの光が届きますように。シフ&オケの皆さんはどうかお気をつけて。

【ピアノ・ソナタ第24番 嬰ヘ長調 op.78《テレーゼ》(アンコール)】
そして最後の最後でこのテレーゼ。。。リサイタルのときもそうだけど、シフってアンコールの選曲が泣かせるよね。。。
なんて優しい音楽だろう。。。
本当に、もうここに言葉はないです。ただ、ありがとうだけ。

21時半終了。ソロカーテンコールあり。今日は沢山の人が残っていました。
あの記事のコメント欄を読んでしまった後では「私はあなたの音楽からいっぱいの幸福をもらったよ!」と伝えたかったので、いっぱい拍手を送ってしまった。シフも満面の笑みでした。
しかしシフはタフだねえ。終演時点でオケの誰よりも、客席の誰よりも元気なのではなかろうか。
奥様曰く「アンドラーシュも、弾いている時がいちばん生き生きとしています。音楽から元気を貰っているようで、多忙なスケジュールでも消耗しないんですよ。休養も必要なんでしょうけど、家でのんびりしている方がかえって具合が悪くなる(笑)。一方で、世界中で続けてきたベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏は『もう疲れて出来ない。《ハンマークラヴィーア》とかどうかなぁ』などと言っていますが、彼は気分によって言うことが変わりますから(笑)」とのこと。うんうん、よくわかります。
なお昨夜と今夜の演奏会はNHKにより録画されていて、来年1月以降のクラシック音楽館で放映してくださるそうです

またこのメンバーで来日して、モーツァルトかバッハのピアノ協奏曲全曲演奏会とかやってくださらないだろうか。とっても聴きたい。今回も第2夜の方はチケット完売していたし、絶対に売れると思うの。招聘元さま、お願いします!!

そして帰宅して例によってtwitter情報で知りましたが、今夜は(一説によると昨夜も)2階席にツィメルマンがいらしていたそうで。ツィメさん、やっぱりまだ日本にいるんだ。昨年のこの時期もポリーニの演奏会にいらしてましたよね。音楽を聴くのがお好きなのだろうなあ。人の音楽を聴きにくる演奏家ってなんかいいなと思います。来年はルツェルン交響楽団と来日してベートーヴェンのピアノ協奏曲(4番と5番?)を演奏してくださるそうで。嬉しい!
楽屋にも行かれたようなので、せっかくだしお気に入りの焼き鳥屋さんで一杯やりながらシフの愚痴でも聞いてさしあげて~と思ったが、この過密スケジュール↓ではムリか。さすがは超人シフ様 シフは65歳、ツィメルマンは62歳なんですね。
そういえばオペラシティ、クリスマスツリーが飾られていました(大階段両脇の小さなツリーも可愛かった) もう年末か・・・。時の流れのはやさがおそろしい・・・。

ASIA TOUR
10/30(水)中国国家大劇院(北京公演)
10/31(木)中国国家大劇院(北京公演)
11/ 2(土)上海交響楽団ホール(上海公演)
11/ 3(日)上海交響楽団ホール(上海公演)
11/5(火) 東京文化会館 大ホール(東京公演)
11/7(木)東京オペラシティ コンサートホール(東京公演)
11/8(金)東京オペラシティ コンサートホール(東京公演)
11/9(土)いずみホール(大阪公演)
11/10(日)いずみホール(大阪公演) 

11/12(火)ソウルアーツセンター(ソウル公演)
11/13(水)インチョンアーツセンター(インチョン公演)
11/15(金)香港文化センター(香港公演)
11/16(土)香港文化センター(香港公演)

20年を超える、親密な仲間たちとの船旅 ~ヴァイオリニスト・塩川悠子が語る、名匠アンドラーシュ・シフ・とカペラ・アンドレア・バルカ


シフとロータッチしていたコントラバスさん



特集ページの写真、どれも素敵
撮影されているのは、ティンパニ奏者の方ですね(このティンパニも素晴らしかった!)


こちらこそ素晴らしい時間をありがとうございました!!!
ぜひまた日本にいらしてくださいね

※2020.1.10追記

2017年3月は280VCを使用していたので(by kajimoto twitter)、シフは演奏会ごとにピアノを変える人なんですね。

※2020.1.14追記

スティーヴン・イッサーリスのツイより。
NHKはなぜか第二夜(8日)→第一夜(7日)の順で放送したので、彼が観たのは7日の演奏ですね。
”With playing this clear, honest and pure, one doesn’t have to think about the performance; one is free just to listen to the music.”
全く同感です


同じくシフの誕生日のツイより。友人達に愛されているシフ

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