ここ数年に渡り、米帝の軍事組織及び捜査機関等が総力を挙げて強化を続けてきたのが、サイバー戦の専門部隊である。組織ごとに部隊は別々に存在しているが、とある部門には「サイバー工兵隊」と呼ばれる部隊が存在する。彼らに、いよいよ実戦という機会が巡ってきたのである。その実戦例を紹介しよう。
サイバー工兵隊に与えられた作戦とは、ネット上に記録されている「都合の悪い情報」を消し去ること。
それは、中国語ではない別の2つの言語で書かれた情報だったが、一つは大統領を筆頭として、国をあげての協力が得られたので、消すまでには至らないであろう、という判断がなされた(これはあくまで表向き情報で、本当は拡散し過ぎて、時既に遅し、ということだった)。
残るもう一方の言語は日本語で、直接の当事国ではなかったことから、監視網の目を逃れて長らく放置されていた。しかし、情報作戦の行き詰まりが原因で不利な状況となり、原因探索がなされた結果、この日本語で書かれた情報というのが槍玉に挙げられることになったのである。監視部隊は迂闊だった、と言い訳していたようだ。
ネット上の重要ないし危険情報は、当事国の言語か英語をサーチしていればよいと考えていたのだが、甘すぎた。他にも存在していたのである。それが日本語で書かれた情報だった。
サイバー工兵隊に与えられたミッションは、この問題となる日本語情報の場所を探し出し、消し去ればよいのだ。
さて、サイバー工兵隊は、「問題となる情報」の特定から始めた。これが意外に大変だった。書かれた場所は、ブログや掲示板など多岐に及んでいたからだ。それに、日本語ができる人間というのが、思いのほか少なかった。情報の接触機会が非常に少ない場所は、そのままそっとしておいて問題なさそうだったが、最大の難所となったのは、「伍ちゃんねる」と呼ばれる巨大掲示板だった。
まず、書かれている内容が膨大。歴史的に見て、割と古くからの情報が残されているのもこの掲示板だった。時系列で情報を辿りやすい、ということなのだ(それが書かれている場所を探し出して、過去ログを辿るには根気と忍耐と労力を必要としたのは勿論だ)。これが一番の問題だった。
そこで、まず、サイバー工兵隊は問題の箇所をピックアップ、消すべきスレを特定しておいた。後は、それが置かれているサーバにアタックして、消してしまえばいい。この時、意見が分かれたのが、全部を消去するかどうか、ということだった。一部の人間は、痕跡を残すのは嫌だから、完全に消去しちゃえ、という意見だった。彼らには、特別に「伍ちゃんねる」に対する思い入れとか感慨とか何らかの感情などは持ち得なかった。だから、面倒なので、全部消すことを主張した。その方が手っ取り早くて、簡単でもあったから。
これに対して、掲示板の築いてきた一種の「文化圏」に配慮すべき、という意見があった。それに、「伍ちゃんねる」の全消滅ということになると、住人たち―イナゴなどとも揶揄されたりする―が大騒ぎしたりして反感を買いやすいから、そういう危険な真似をするべきではない、という意見もあった。
そうして出された結論は、全部を消去せずに特定の問題箇所だけ消し去る、というものだった。ただ、それをバカ正直にやってしまうと、消滅箇所についての傾向が出てしまうので、ある程度は「ダミー」として無作為に消すことも確認された。
さて、サイバー工兵隊の「伍ちゃんねる」サーバへのアタックが開始された。
彼らにとって、侵入や乗っ取りなどはお手のものだった。まあ朝飯前、ということ。管理用パスワードなど、スポンジケーキで弾丸を受けるようなものでしかなく、簡単に突破できた。
過去の情報の中で、どうしても消しておきたいものは、次々とスレごと消されていった。誰が、どういう目的で、どの部分を消し去ったのか、というのは、究極の記憶能力を持つような人間でなければ、正確には分からないのだ。過去の将棋や囲碁の対局の棋譜が消されても、元々の状態が分かる人間じゃなければ、「どの棋譜が消されたか」というのが、正しく分からないというようなものなのだ。将棋や囲碁の場合であると、まだ規律が存在している部分があるだろう。例えば、名人戦の第何局の棋譜がなくなっている、とか、本因坊戦のこれがない、とか、手掛かりがあるものもある。
しかし、「伍ちゃんねる」のような巨大掲示板になると、過去の「素人対局の全ての記録」みたいなものに近くなるので、いちいち誰の対局記録が消えているか、などとは分からないのだ。AさんとBさんの対局があったのかどうか、ということさえ、周囲の人間からは分からないのである。当事者にしか分からない、ということだ。ひょっとすると、当事者ですら、記憶があやふやになり、どうだったか正確には覚えていないかもしれない。
だから、掲示板に直接書いた人間が、「あっ、オレが書いた部分が消え去っている」という風に判断できることはあるかもしれないが、多くの人々にとっては判定すらできない、ということなのである。これこそが、マズい情報を消すには大変都合がよい、ということなのである。
よく「伍ちゃんねる」の住人たちが、「ソース出せ、ソース」という決まり文句を用いるのを見て、ハタと気付いた連中がいたのだ。そうか、ソースを消しちゃえばいいんだ、と。
情報隔離策とでも言うべき作戦の一環として、この大規模消去作戦が実行されたのである。
たとえそうであっても、「伍ちゃんねる」の住人をはじめ、多くの人々は一体何が消し去られたのか、ということは知らないのだ。重要な情報が永遠に消し去られていたとしても、誰も気付けやしないのである。人間の記憶能力には限界があるからだ。マシンではないからだ。
そうとは知らず、「伍ちゃんねる」の住人たちは掲示板の復活を喜んでいる。これも思った通りの反応だった。全消去だったら、もっと大騒ぎになっていたろう。一部消すだけなら、誰も問題にしたりやしない。どうせ、何が消えてるかなんて、関心すらないはずだ…。こちらの思うつぼ、なのだ。
こうして、米帝のサイバー工兵隊のミッションは成功裡に終了したのである。
記録は消えてしまえば、事実さえも消してしまう。
リアルな脳の記憶だけが、消去を免れる。
しかし、時間の壁を乗り越えることは、甚だ困難である。
情報の拡散は、実体空間ではサイバー空間に比べて劣っており、限界がある。
情報支配力は、今後の世界での強さを大きく左右するだろう。
サイバー工兵隊に与えられた作戦とは、ネット上に記録されている「都合の悪い情報」を消し去ること。
それは、中国語ではない別の2つの言語で書かれた情報だったが、一つは大統領を筆頭として、国をあげての協力が得られたので、消すまでには至らないであろう、という判断がなされた(これはあくまで表向き情報で、本当は拡散し過ぎて、時既に遅し、ということだった)。
残るもう一方の言語は日本語で、直接の当事国ではなかったことから、監視網の目を逃れて長らく放置されていた。しかし、情報作戦の行き詰まりが原因で不利な状況となり、原因探索がなされた結果、この日本語で書かれた情報というのが槍玉に挙げられることになったのである。監視部隊は迂闊だった、と言い訳していたようだ。
ネット上の重要ないし危険情報は、当事国の言語か英語をサーチしていればよいと考えていたのだが、甘すぎた。他にも存在していたのである。それが日本語で書かれた情報だった。
サイバー工兵隊に与えられたミッションは、この問題となる日本語情報の場所を探し出し、消し去ればよいのだ。
さて、サイバー工兵隊は、「問題となる情報」の特定から始めた。これが意外に大変だった。書かれた場所は、ブログや掲示板など多岐に及んでいたからだ。それに、日本語ができる人間というのが、思いのほか少なかった。情報の接触機会が非常に少ない場所は、そのままそっとしておいて問題なさそうだったが、最大の難所となったのは、「伍ちゃんねる」と呼ばれる巨大掲示板だった。
まず、書かれている内容が膨大。歴史的に見て、割と古くからの情報が残されているのもこの掲示板だった。時系列で情報を辿りやすい、ということなのだ(それが書かれている場所を探し出して、過去ログを辿るには根気と忍耐と労力を必要としたのは勿論だ)。これが一番の問題だった。
そこで、まず、サイバー工兵隊は問題の箇所をピックアップ、消すべきスレを特定しておいた。後は、それが置かれているサーバにアタックして、消してしまえばいい。この時、意見が分かれたのが、全部を消去するかどうか、ということだった。一部の人間は、痕跡を残すのは嫌だから、完全に消去しちゃえ、という意見だった。彼らには、特別に「伍ちゃんねる」に対する思い入れとか感慨とか何らかの感情などは持ち得なかった。だから、面倒なので、全部消すことを主張した。その方が手っ取り早くて、簡単でもあったから。
これに対して、掲示板の築いてきた一種の「文化圏」に配慮すべき、という意見があった。それに、「伍ちゃんねる」の全消滅ということになると、住人たち―イナゴなどとも揶揄されたりする―が大騒ぎしたりして反感を買いやすいから、そういう危険な真似をするべきではない、という意見もあった。
そうして出された結論は、全部を消去せずに特定の問題箇所だけ消し去る、というものだった。ただ、それをバカ正直にやってしまうと、消滅箇所についての傾向が出てしまうので、ある程度は「ダミー」として無作為に消すことも確認された。
さて、サイバー工兵隊の「伍ちゃんねる」サーバへのアタックが開始された。
彼らにとって、侵入や乗っ取りなどはお手のものだった。まあ朝飯前、ということ。管理用パスワードなど、スポンジケーキで弾丸を受けるようなものでしかなく、簡単に突破できた。
過去の情報の中で、どうしても消しておきたいものは、次々とスレごと消されていった。誰が、どういう目的で、どの部分を消し去ったのか、というのは、究極の記憶能力を持つような人間でなければ、正確には分からないのだ。過去の将棋や囲碁の対局の棋譜が消されても、元々の状態が分かる人間じゃなければ、「どの棋譜が消されたか」というのが、正しく分からないというようなものなのだ。将棋や囲碁の場合であると、まだ規律が存在している部分があるだろう。例えば、名人戦の第何局の棋譜がなくなっている、とか、本因坊戦のこれがない、とか、手掛かりがあるものもある。
しかし、「伍ちゃんねる」のような巨大掲示板になると、過去の「素人対局の全ての記録」みたいなものに近くなるので、いちいち誰の対局記録が消えているか、などとは分からないのだ。AさんとBさんの対局があったのかどうか、ということさえ、周囲の人間からは分からないのである。当事者にしか分からない、ということだ。ひょっとすると、当事者ですら、記憶があやふやになり、どうだったか正確には覚えていないかもしれない。
だから、掲示板に直接書いた人間が、「あっ、オレが書いた部分が消え去っている」という風に判断できることはあるかもしれないが、多くの人々にとっては判定すらできない、ということなのである。これこそが、マズい情報を消すには大変都合がよい、ということなのである。
よく「伍ちゃんねる」の住人たちが、「ソース出せ、ソース」という決まり文句を用いるのを見て、ハタと気付いた連中がいたのだ。そうか、ソースを消しちゃえばいいんだ、と。
情報隔離策とでも言うべき作戦の一環として、この大規模消去作戦が実行されたのである。
たとえそうであっても、「伍ちゃんねる」の住人をはじめ、多くの人々は一体何が消し去られたのか、ということは知らないのだ。重要な情報が永遠に消し去られていたとしても、誰も気付けやしないのである。人間の記憶能力には限界があるからだ。マシンではないからだ。
そうとは知らず、「伍ちゃんねる」の住人たちは掲示板の復活を喜んでいる。これも思った通りの反応だった。全消去だったら、もっと大騒ぎになっていたろう。一部消すだけなら、誰も問題にしたりやしない。どうせ、何が消えてるかなんて、関心すらないはずだ…。こちらの思うつぼ、なのだ。
こうして、米帝のサイバー工兵隊のミッションは成功裡に終了したのである。
記録は消えてしまえば、事実さえも消してしまう。
リアルな脳の記憶だけが、消去を免れる。
しかし、時間の壁を乗り越えることは、甚だ困難である。
情報の拡散は、実体空間ではサイバー空間に比べて劣っており、限界がある。
情報支配力は、今後の世界での強さを大きく左右するだろう。