タイマンを申し込む患者
男子病棟に行った時、一人の一番やっかいな患者がいた。彼はまだ20ちょっとで若い。が、オートバイ事故で片麻痺になってしまったのである。この患者がなぜ精神病院に入院しているかというと、事故の時、頭部挫傷して、それ以来、被害妄想が起こり出したのである。バイク乗りだけあって、高校の時はワルで、暴力団と関係までは持っていなかったが、暴力団の事は知っていて、暴力団におそわれる、だとか、いろいろな妄想が起こり出したのである。彼は病棟の問題児だった。医者や病院にも被害妄想をもって、つっかかるのである。私にも、ニセ医者だとか、医師免許証をみせてくれ、だとか言ってきた。(もっとも、これはイヤミであって、そこまでは疑っていない)彼は精神病院をホテルだと思っているので、病院の待遇にいつも不満を持っているのである。そのため、病院の職員はグルだと、いつも言っていた。看護士は事務的な対応で、あまり彼と関わりたがらない。しかし、私は、そういう人を見ると反発する性格なので、彼には体当たりで対応した。悪い事をすれば、厳しく叱った。そうしたら彼は私にタイマンを申し込んできた。私は、男の患者には腕相撲を申し込まれれば、すべて受けていた。私もタイマンを申し込まれれば、受けてたつ必要があれば、決闘する意味があるのなら、相手がどんなに強いやつでも受けてたつ。私は父親に、「男ならケンカの一つでもやってみろ」とよく注意している。
しかし、まさか、医者と患者が病院の中でタイマンするわけにもいくまい。医者は患者の病気を治すのが仕事で、患者に攻撃することは、不自然である。そんなことをしたら、新聞に載るのではなかろうか。病院の外で、医者と患者という関係でなく、男と男という立場ならやってもいいが。しかし私はそれも断っただろう。相手は片麻痺である。しかも強い精神病薬を飲んでいる。勝ち目のわかってる戦い、ハンデのある戦いなど私のプライドか許さない。彼とは本音でケンカし、また笑い合った。一時、嫌っても、長く患者をよく見るといい面も見えてくる。
彼にはいい面もあった。自分も何とか役に立ちたいと思い、頼まれもしないのに、食事の時、五つあった個室の患者に食事を知らせていた。医長は、それを誉めなかったが、私は誉めた。患者は入院する時はほとんど個室に入る。暴れて手がつけれられなくなるから家族が連れてくるのである。また、暴れる患者も個室となる。まあ、当然である。
私は個室の患者とは、よく話した。
私の性格からしても、多くの人のいる集団の中では喋るのが苦手だが、一対一でなら、私は、誰とでも話せるのである。
ある時、個室の患者と話していたら、そいつが入ってきた。
その患者は横になって顔をそむけていた。
「おい。石田(仮名)。先生が来てくれたんだぞ。起きろよ」
私はかー、と胸が熱くなった。しかし、その感情を素直に表現したくなかった。し、素直に表現すべきでもないと思った。私は逆説的にそいつを乱暴な口調で叱った。
「うるせーな。寝ててもいいんだよ」
そう言って私は彼を追い払った。
男子病棟に行った時、一人の一番やっかいな患者がいた。彼はまだ20ちょっとで若い。が、オートバイ事故で片麻痺になってしまったのである。この患者がなぜ精神病院に入院しているかというと、事故の時、頭部挫傷して、それ以来、被害妄想が起こり出したのである。バイク乗りだけあって、高校の時はワルで、暴力団と関係までは持っていなかったが、暴力団の事は知っていて、暴力団におそわれる、だとか、いろいろな妄想が起こり出したのである。彼は病棟の問題児だった。医者や病院にも被害妄想をもって、つっかかるのである。私にも、ニセ医者だとか、医師免許証をみせてくれ、だとか言ってきた。(もっとも、これはイヤミであって、そこまでは疑っていない)彼は精神病院をホテルだと思っているので、病院の待遇にいつも不満を持っているのである。そのため、病院の職員はグルだと、いつも言っていた。看護士は事務的な対応で、あまり彼と関わりたがらない。しかし、私は、そういう人を見ると反発する性格なので、彼には体当たりで対応した。悪い事をすれば、厳しく叱った。そうしたら彼は私にタイマンを申し込んできた。私は、男の患者には腕相撲を申し込まれれば、すべて受けていた。私もタイマンを申し込まれれば、受けてたつ必要があれば、決闘する意味があるのなら、相手がどんなに強いやつでも受けてたつ。私は父親に、「男ならケンカの一つでもやってみろ」とよく注意している。
しかし、まさか、医者と患者が病院の中でタイマンするわけにもいくまい。医者は患者の病気を治すのが仕事で、患者に攻撃することは、不自然である。そんなことをしたら、新聞に載るのではなかろうか。病院の外で、医者と患者という関係でなく、男と男という立場ならやってもいいが。しかし私はそれも断っただろう。相手は片麻痺である。しかも強い精神病薬を飲んでいる。勝ち目のわかってる戦い、ハンデのある戦いなど私のプライドか許さない。彼とは本音でケンカし、また笑い合った。一時、嫌っても、長く患者をよく見るといい面も見えてくる。
彼にはいい面もあった。自分も何とか役に立ちたいと思い、頼まれもしないのに、食事の時、五つあった個室の患者に食事を知らせていた。医長は、それを誉めなかったが、私は誉めた。患者は入院する時はほとんど個室に入る。暴れて手がつけれられなくなるから家族が連れてくるのである。また、暴れる患者も個室となる。まあ、当然である。
私は個室の患者とは、よく話した。
私の性格からしても、多くの人のいる集団の中では喋るのが苦手だが、一対一でなら、私は、誰とでも話せるのである。
ある時、個室の患者と話していたら、そいつが入ってきた。
その患者は横になって顔をそむけていた。
「おい。石田(仮名)。先生が来てくれたんだぞ。起きろよ」
私はかー、と胸が熱くなった。しかし、その感情を素直に表現したくなかった。し、素直に表現すべきでもないと思った。私は逆説的にそいつを乱暴な口調で叱った。
「うるせーな。寝ててもいいんだよ」
そう言って私は彼を追い払った。