小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

かわいい患者

2009-01-16 01:29:35 | 医学・病気
研修病院の時、ある女性の主治医になった。その子はかわいかった。父親がいるが、父親と仲が悪く、父親は彼女を、「アバズレ」と呼んでいた。それで、家を飛び出して、男の友達と暮らしていた。しかし、ある時、何が原因だったか忘れたが、わーと叫んで包丁振り廻したため、彼氏が110番通報して、病院に連れられてきたのである。包丁振り回す、というと何だか、穏やかでないように聞こえるが、また私もその場面を見ていないので、実際、どんなだったかはわからないが、その子は大人しく、力も無く、わーと包丁振り回して、クルクル目が回って倒れてしまった、という様子がイメージされる。彼氏も一緒に病院に来た。彼は、「警察に電話したら、誉められるし・・・」などと言っていた。私は違和感を感じた。警察には、やむなく電話するというのが普通の感覚で、自分が誉められたいため警察に電話する、というのもおかしいと思った。まあ、心の中で思っているだけならいいが、はっきり口に出して言う感覚はあきれる。さらに、本当に愛する彼女なら、男なら、すぐに警察に電話しないで、離れて説得するなり、力の無い子なのだから、安全に取り押さえるくらいした方がカッコいいと思うのだが。そもそも警察に電話したら、彼女の名誉に傷がつくから、警察ざたは最終手段とすべきではなかろうか。
はっきり言って、精神科の患者と付き合う人にも変な人がわりと多いのだ。
彼女はすごくかわいい子だった。
それで結局、入院する事になった。
私はその子を、見た時から、「うっ。かわいい。その子の主治医になりたい」と思った。だが、私は自分から申し出るのは出来ない性格である。だが、医長の判断で主治医は私と決まった。
その子は、人がいい、というか、おとなしい、のである。
普通、どんな動物でも敵に襲われた時、自分を守る牙をもっているが、その子には、牙がないのである。それで、以前、役所に勤めていた時、上司にさそわれて、どっかに連れて行かれ、マラをさわらされたり、車を友達に貸してハンドル変な風にされて返された、とかいう事もあった。少しの期間、入院してから、退院した。時々、気の向いた時に病院にきた。その子は、診断としては人格障害である。ビルの屋上に登ったり、
「私ってお荷物なのかなー」
などと言っていた。
ある夏の日、その子が病院に来た。
夏なのでTシャツにジーパンである。22才だが、胸のふくらみがつい気になって視線が行ってしまった。その子もそれに気づいて恥ずかしそうにしていた。
あまり私は、そういう事は言わない主義だが、その子があまりにも弱く、人につけこまれても泣き寝入りしてしまう性格なので、色々話した後、憎しみやら、憐憫の情やらがつのってきて私は自分の感情を抑えることが出来なかった。
「あなた絶対、死なせませんから」
私は身を乗り出して、眉を寄せてその子を睨みつけて言っていた。

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