どら平太の世界

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デンマンさん。。。 今日は、役所広司さんが望月小平太になって主演した映画のお話でござ~ますかァ~?

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あれっ。。。 卑弥子さんも上の映画を観たのですかァ~?
もう、ずいぶん前のことですわァ~。。。 確か上の映画が封切られたのは2000年頃でしたわァ~。。。
そうですよ。。。 卑弥子さんはよく覚えていますねぇ~!?
だってぇ~、あたくしは役所広司さんのファンなのですものォ~。。。
あれっ。。。 マジで。。。?
いけませんかしら。。。? うふふふふふふ。。。
別に、卑弥子さんが役所広司さんのファンでもかまわないけれど。。。
それよりも、デンマンさんはどういうわけで“どら平太”を持ち出してきたのでござ~ますか?
あのねぇ~、先日 バンクーバー市立図書館でDVDを借りて上の映画を観たのですよ。

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■『実際のカタログページ』

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あらっ。。。 デンマンさんは2013年の5月16日に観てコメントを書いたのではござ~ませんかァ!

実は、1週間ほど前に 2度目に観たのですよ。。。
デンマンさんも役所広司さんのファンなのでござ~ますか?
いや。。。 ファンというほどではないけれど、役者として油が乗ってきてますよねぇ~。。。 なかなか旨い役者だと思います。
まだ上の映画を観たことがない人もいると思うのですわ。。。 ざっと、あらすじなどを書いてくださいましなァ~。
卑弥子さんがそう言うならば、ここに書き出しますから、卑弥子さんも改めて読んでみてください。
どら平太

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巨匠、市川崑が、かつて黒澤明監督らとともに温めていたもので、
念願の企画を実現した。
山本周五郎の小説「町奉行日記」をもとにして、
異色ヒーローの活躍を描きだす痛快時代劇である。
江戸時代の ある小藩での出来事である。。
この藩では、町奉行が不明瞭な辞職を繰り返していた。
そんな矢先、江戸から望月小平太なる新任がやってくる。
ところが、その男には振る舞いの不埒さから“どら平太”という渾名がついていた。
実際、着任する筈の期日を10日も過ぎても、彼は奉行所に出仕しない始末だ。
しかし、それはどら平太本人が友人で大目付の仙波義十郎に頼んで、わざと流させた悪評であった。
実は、彼は密輸、売春、賭博、殺傷などが横行する「壕外(ほりそと)」と呼ばれる治外法権と化した地域の浄化にやってきたのだ。
早速、遊び人になりすまし壕外(ほりそと)に潜入した彼は、壕外の利権を分け合っている3人の親分の存在を知る。
密輸業を仕切る大河岸の灘八、売春業を仕切る巴の太十、賭博を仕切る継町の才兵衛。

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そんな彼らに、腕っぷしの強さと豪快な遊び方を見せつけ、圧倒するどら平太だった。
遂に、彼は誰もがなし得なかった3人の親分を観念させることに成功する。
だが、彼が奉行として彼らに下した罪状は、死罪ではなく永代当地追放であった。
なぜ?
実は、どら平太の本当の目的は、彼らと結託して私腹を肥やしていた城代家老・今村掃部を初めとする藩の重職たちの不正を正すことにあったのだ。

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灘八たちに藩と結託していた証拠を無理矢理作り出すことを命じ、それをもって平太は重職たちを退陣に追い込む。
しかし、藩の重職たちと3人の親分の間で私腹を肥やしているもうひとりの人物がいた。
それは、義十郎であった。
だが、そのことを知った義十郎は どら平太の前で自害してしまう。

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こうして、どら平太は一度も奉行所に姿を現さないまま役目を果たした。
しかし、そんな彼にも苦手なものがあった。
それは、彼とは7年来の馴染みで、先般、江戸から彼を追いかけてやってきた芸者の“こせい”である。

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江戸に連れ帰ろうとする気の強い彼女に捕まってなるものかと、どら平太は駄馬を走らせる。
ところが、この駄馬ののろいこと。。。 のろいこと。。。 平太はヤキモキさせられる。

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ラストシーンが面白うございましたわねぇ~。。。 うふふふふふふ。。。

よく時代劇などを見るとサラブレッドに乗った悪代官などが登場するけれど、江戸時代にはまだサラブレッドはいなかった。
つうことわあああァ~、あの駄馬はしっかりとした時代考証に基づいて登場させたのでござ~ますか?
でもねぇ~、あの馬はオランダなどで使われている 体格のしっかりした馬で 江戸時代に使われた馬は、もっと小柄だったはずですよ。
とにかく、デンマンさんは、どういうわけで“どら平太”の映画を持ち出してきたのでござ~ますか?
だから、タイトルにも書いたとおり“どら平太の世界”を見るためですよ。
でも。。。、でも。。。、映画の中の出来事は江戸時代の小藩で起こったことでしょう?
あのねぇ~、上の映画の中の出来事は決して小説ではない。。。 つまり、架空の話ではないですよ。
じゃあ、原作の山本周五郎さんの作品は、もしかして、現実の世界を反映していると、デンマンさんは考えているのでござ~ますか?
当然でしょう!
まさかァ~。。。?
あのねぇ~、例えば、現在でも警察と“風俗の世界”が癒着している事実がある。
マジで。。。?
その証拠に次の YouTube のビデオクリップを観てください。

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癒着の構図 ~警察の闇に迫る~
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愛知県警関係者の証言で、名古屋の風俗王と呼ばれた男が警察に
「その気になれば愛知県警の警視・警部の50人、100人のクビを切るのは簡単だ」と言った。
愛知県警部内に内通者がいるという疑惑は現実のものとなった。
この男に捜査情報を漏らしたとして愛知県警の現職の男が逮捕された。
愛知県警の内部にいかにして内通者を作り上げてきたのか?
愛知県名古屋市の錦三丁目、名古屋最大の繁華街に名古屋の風俗王と呼ばれた男が君臨していた。
被告は錦を中心に風俗店などを展開するブルーグループの実質的経営者だった。
名古屋の裏社会を30年以上に渡って取材してきたフリージャーナリストの成田俊一氏は「被告は暴力団をバックに風俗業界をせっけんした伝説的な人物」などと話した。
名古屋・中村区の弘道会を警察は総力をあげて壊滅に向けて動いている。
山口組の司忍こと篠田建市組長は弘道会の出身、構成員は3000人にのぼり山口組の最大勢力となっている。
名古屋・名東区、6年前被告が自宅を建てる名目でこの土地をおよそ6億円で購入した。
その後山口組の拠点が建つのではないか?と住民の間に憶測が広まり反対運動が起き、愛知県警は建設の阻止に水面下で動き出し計画を中止へと追い込んだ。
被告はこの捜査を担当した警部を逆恨みし、元部下に脅迫電話を指示した。
去年4月、名古屋地裁で脅迫を受けた警部が証言した事で事態は思わぬ方向へと向かっていった。
脅迫電話の男から「10日くらい前に保護願い出したの?A班でしょ?と言われた。」
保護願いは愛知県警の幹部らしか知らない情報だった。
警察官脅迫事件は一転して内通者疑惑へと発展した。
去年9月、愛知県警本部は捜査1課のエースと言われた56歳を逮捕した。
愛知県警に登録されている車両情報を調べて名古屋の風俗王と呼ばれた被告に漏らしたとされている。
被告はどのようにして内通者を築いていったのか?
「20年くらい前からの付き合いで仲が良かった。
先輩警察官に紹介されて飲みにいった。
情報提供者として色々な事件情報をもらったりヤクザと繋がりがあると警察に登録されていたので、抹消するためにはどうしたらいいかと相談を受けた仲だった。
警察とつながっていたのは狙われているんじゃないかと確認するためだったと思っている。
狙われているか調べてくれと言われて実際に調べた事もある。」などと証言した。
テレメンタリー 2014
「癒着の構図〜警察の闇に迫る〜」より

あらっ。。。 警察の捜査1課のエースと名古屋の風俗王がつながっていたのでござ~ますわねぇ~。。。

そうですよ。。。 ちょうど、どら平太の友人で大目付の仙波義十郎が密輸業を仕切る大河岸の灘八、売春業を仕切る巴の太十、賭博を仕切る継町の才兵衛とつながっていたようなものですよ。
つまり、本来ならば取り締まる側が 悪人たちとつるんで私腹を肥やすようなことをしていたわけでござ~ますわねぇ~。。。
そういうことですよ。。。 つまり、“どら平太の世界”というのは日本の縮図ですよ。
でも、それはオーバーなのではござ~♪~ませんか!?
いや。。。、決してオーバーではありません。。。 その証拠に次のビデオクリップを観てください。

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政治家 右翼 ヤクザ
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ロッキード事件
ロッキード事件は、アメリカの航空機製造大手のロッキード社による、主に同社の旅客機の受注をめぐって1976年(昭和51年)2月に明るみに出た世界的な大規模汚職事件。
この事件では日本やアメリカ、オランダ、ヨルダン、メキシコなど多くの国々の政財界を巻き込んだが、本項では、「総理の犯罪」の異名で知られる日本での汚職事件について述べる。
この事件は、国内航空大手の全日本空輸(全日空)の新ワイドボディ旅客機導入選定に絡み、自由民主党衆議院議員で前内閣総理大臣の田中角栄が、1976年(昭和51年)7月27日に受託収賄と外国為替・外国貿易管理法違反の疑いで逮捕され、その前後に田中以外にも運輸政務次官佐藤孝行や元運輸大臣橋本登美三郎2名の政治家が逮捕された。
さらに、収賄、贈賄双方の立場となった全日空社長の若狭得治以下数名の役員及び社員、ロッキードの販売代理店の丸紅の役員と社員、行動派右翼の大物と呼ばれ暴力団やCIAと深い関係にあった児玉誉士夫や、児玉の友人で「政商」と呼ばれた国際興業社主の小佐野賢治と相次いで逮捕者を出した。
また、関係者の中から多数の不審死者が出るなど、第二次世界大戦後の日本の疑獄を代表する大事件となった。
この事件は1976年(昭和51年)2月にアメリカ合衆国上院で行われた上院外交委員会多国籍企業小委員会(委員長フランク・チャーチの名から「チャーチ委員会」)における公聴会にて発覚しており、アメリカとの間の外交問題にも発展した。
怪死
このように事件が公になり捜査が進んだ前後に、複数の事件関係者が立て続けに急死した。
ロッキード事件を追っていた日本経済新聞記者の高松康雄が1976年(昭和51年)2月14日に怪死。
上記の福田太郎が同年6月9日に、さらに田中角栄の運転手・笠原正則が同年8月2日に怪死をとげた。
マスコミや国民の間で「証拠隠滅と累が及ぶのを防ぐため、当事者の手先によって暗殺されたのではないか」との疑念を呼んだ。
しかし、捜査が進む中、1976年5月24日に行われた参議院内閣委員会において、社会党参議院議員の秦豊より警察庁刑事局の柳館栄に対して福田や片山、鬼などの関係人物に対する身辺保護の必要性について質問が行われたが、「それらの人物からの身辺保護の依頼がなかったことから特に(警察は)何もしていない」という返答しかなかった。
その上、この答弁が行われた翌月には上記のように福田が死亡するなど、再び関係人物の身辺保護の必要性が問われるような状況になったにもかかわらず、警察はその後も政治家以外の民間人(「自ら(関係の深い暴力団)の手」で身辺保護が可能な小佐野や児玉は除く)に対して表立った身辺保護を行わなかったことから大きな批判を呼んだ。
児玉は事件の核心を握る中心人物であったにもかかわらず、1976年(昭和51年)2月から衆議院予算委員会において証人喚問が行われることが決定した直後に、「病気」と称し自宅にこもり、さらにその後は入院した東京女子医科大学病院にて臨床取調べを受けるなど、その態度が大きな批判を受けただけでなく、そのような甘い対応を許した政府や特捜に対する批判も集中した。
その後児玉の態度に怒ったポルノ俳優の前野光保が同年3月に児玉の豪邸へ小型軽飛行機による自爆テロ(児玉誉士夫邸セスナ機特攻事件)を行なったが、児玉は別の部屋に寝ていて助かった。
その後の1976年3月13日に児玉は所得税法違反と外為法違反容疑で起訴され裁判に臨むことになったが、1977年6月に1回だけ公判に出廷した後は再び「病気」と称して自宅を離れなかったために裁判は進まなかった。
その後1980年9月に再度入院し、裁判の判決が出る直前の1984年(昭和59年)1月に死亡した。
なお、死亡後の相続では闇で収受した25億円が個人財産として認定された上で相続税が計算されている。
出典: 「ロッキード事件」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あらっ。。。 「ロッキード事件」というのはマジで すごい事件だったのでござ~ますわねぇ~。。。!

昔の人は次のように言ったのですよ。
“真実は小説より奇なり!”
「ロッキード事件」は調べれば調べるほど、映画『どら平太』よりも、マジで複雑怪奇です。。。 日本の政治や警察と闇の世界は“どら平太の世界”以上に腐ってますからねぇ~。。。

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