5時半自宅出発。7時、大山寺到着。一人で登山をした。1合目からガスが掛かり、周り以外何も見えない。
大山寺付近は、紅葉にはチョット早かったが、登山道を上るに従い、次第に紅葉が美しくなってきた。
5合目の元谷へ下りる道との分岐点から上はガスで、視界0.
山を下りる時に、下の方を見ると、沢山の登山客が、カラフルな登山着を着て、蟻の行列のように繋がっていた。頂上付近では、渋滞が起きねば良いと、余分な事まで思った。
帰宅途中、妻から託ったペットボトル4個に、どんぐり村で、水を酌み、序でに、ヨモギ餅、かしわ餅、もろみ味噌、熟し柿を購入。
疲れた。当分の間、大山登山したくない。(登山途中、今年164回大山登山したという、元気な老人に合った。)
今朝5時半より、辰也と古浦海岸へ釣りに出かけたが不漁。15センチ程度のアジ30匹。帰宅してアジを捌き、11時頃西津田の「とんかつ一番」で昼食。15時ごろ、妻が水泳から帰ってきたので、公民館へ文化祭の見学に出かけた。木工、絵画、書道、盆栽、洋裁、和裁、工芸、写真etc。季節柄、見事な菊も多数出品してあった。勤務の都合で、日中、近所の人と、話す機会が、少ないが、今日は、会場で色々な人と話が出来楽しかった。お菓子でお抹茶を頂、抽選で、宍道湖の大和シジミ1袋いただいた。町内の付き合いも大切と感じた。
叔母の葬儀で、火葬場へ向っていた。公園墓地が近くなり、人里離れた所で、携帯がなった。ここなら大丈夫と思って、携帯を手に持って「毎度!」と言った瞬間、前方に2名の警察官が、反対方向を見て立っている姿が見えた。握っていた握力を緩め、ポトンと座席に携帯を落とし、何食わぬ顔で、通過した。しばらくして、又携帯が鳴った。
坂本次長「先ほど、携帯切れたな」。
私「ワッハッハッハ、冷や汗、冷や汗、ゴメン、ゴメン。カーブを曲がった瞬間、警察官が2名立っていたので、そ知らぬ顔で、そのままの状態で、携帯をシートに落とし、通過した。」
坂本次長「大丈夫?」
反省。。。。これから、車に乗る時は、必ず、ドライブモードにします。
昨日、真由美ちゃんと釣りに行く約束をしていたが、午前3時ごろ、外で蛙が鳴いていたので、玄関を出てみると雨だった。すぐメールでキャンセル。しかし、昼頃晴れたので、14時頃から二人で加賀の沖堤防へ釣りに行った。堤防には沢山の人。多分30名以上は釣りを、楽しんでいたと思う。今日の釣果アジ子248匹。帰りの、負い子が背中にズッシリと重かった。若林、来海、我が家の3軒で分けた。夜、辰也がスコットランドから帰国したと、土産を持って来た。夕食は焼肉。菜園で収穫したチマサンチュ(レタス)を肉に巻いて食べた。私が十数年前、ハワイへ行った時に感じたが、今夜、辰也の話を聞いて、一層世界が、狭くなったと感じた。それほど、沢山の人が、世界各国に羽ばたいていると。辰也も、スコットランドを基点に、クロアチア、チェコ、ヨーロッパ各国を廻ったと話していた。出国する時は、反対をしていたが、辰也の無形の財産になったと思う。
今夜、大切な人を含め4名で、海鮮料理「さくら川」で会食をした。メンバーは書かない。気心の知れた人と飲むのは楽しい。それにしても、メバルの煮付けは大きかった。
県立浜山公園で、1000人の吹奏楽。マーチングバンドの大会がある。沖ちゃんのお嬢さんも参加される。そこで「ビデオ撮影に来る」と連絡があった。お嬢さんは、昨夜と今晩は松江のホテル泊まり。沖ちゃん一人広島から来た。大会は午後からだけれど、10時に出雲空港で待ち合わせ。二人でひかわ美人の湯「いりすの丘」の温泉に入った。露天風呂では子供の話。天候が良く、大部分の人は農作業、山や海へ出ているのだろう。日曜というのに、入浴客は少なかった。今日は風呂で話をした為、長湯で40分ぐらい。沖ちゃんはなかなか上がって来ない。沖ちゃんが上がってからフロントの横にある食堂で昼食。12時過ぎ出雲空港を2台の車で出発。農道の交差点で、沖ちゃんは浜山へ。私は自宅へと分かれた。
明朝早く、釣りに出かける。その為、今夜「かめや釣具」へ餌と道具を買いに行った。お客さんの多いこと。次から次へと人が来る。駐車場は満車。「良い品で、安く、品数の多い店にお客様が集まる」と感じた。只今23時05分。これから、明日、もって行く道具の点検をして、玄関まで出しておく。24時までには床に入りたい。
急遽、11時24分、宍道バス停発の広島行き特急バスで、(10月13日というのに、カッターシャツ姿で)、広島へ行った。14時20分頃紙屋町のバスセンターに着いた。地下に下り、紙屋町東口より市内電車で広島駅まで。営業所に着くと、数名の中に原田、羽井佐、花本の3名の姿が有った。わずかな時間話たが、懐かしかった。本社へ電話を入れ、合いたい人の都合を聞いたが、会議が入っていたので、今日は本社へ寄らずに帰った。