筆者は、2010年3月2日、EU 指令(2006/24/EC)を受けたドイツ連邦通信法改正に関するドイツ連邦憲法裁判所の違憲判決(筆者注1)に関する概要の解説ブログを同年12月20日にまとめた。実はその後のドイツ連邦政府の法改正の動向を正確に読み取るうえで重要な情報サイトを発見した。
この問題を解く鍵として欧州評議会(Council of Europe)および欧州委員会(教育・文化事務局)が共同管理する監視機関である” European Audiovisual Observatory ”(EAO)が毎月取りまとめ公表している“IRIS”の概要について解説することが第一の目的である。
さらに、EUのメデイア規制に関し解析することの重要な目的は、1992年12月(筆者注2)に設立されたEAOの制度面の枠組みについて正確な概要を説明することである。
同機関について欧州連合の各機関に比べわが国では一部専門家以外では言及したものが極めて少ない。欧州連合(EU)の欧州委員会については、わが国では通商問題については「EU通商ニュース - 週間ダイジェスト」があるし、駐日欧州連合代表部が提供する最新情報がわが国でも簡単に閲覧できる。
欧州評議会やEAOに関する詳細なデータを解析しようとして、その作業にかかる時間と予備知識を考えるとその情報量の格差は歴然である。
今回のブログは、わが国のメデイア 関係者ならび(筆者注2)(筆者注3)(筆者注4)(筆者注5)で詳しく述べるEAOが取組んでいるテーマに関心を持つ方々にとって多少でも寄与できればという思いで作業してみた。
1.” European Audiovisual Observatory ”の制度的枠組み
(1)EAOは1992年12月、欧州のオーデオ・ビジュアル分野の専門組織の33カ国からなる「Audiovisual Eureka」(筆者注6)、欧州評議会および欧州委員会(教育・文化事務総局)の共同的努力により本部をフランスのストラスブールとして設立した。その具体的な活動は、欧州評議会の業務とりわけ「メディア事業部(Media Division)」、「ユーリマージュ(Eurimages)」(筆者注7)に関するメデイア分野を支援する。
(2)会員資格は、欧州37カ国と欧州連合(欧州委員会が代表する)で、会員からの直接的な資金提供と一部商品やサービスの販売代金が資金源となる。
(3)EAOの運営は事務局長(Executive Director:現事務局長はWolfgang Closs(ヴォルフガング・クロス)が率いる。各メンバー国は総務会(Executive Council)に1名を代表として任命し、一般的に総務会はEAOの予算とプログラムの決定のため1年に2回開催する。総務会は事務局(Bureau)を選任する。事務局は管理委員会としてのEAOの会合の準備やEAOの活動内容につきモニタリングする。
(4)EAOの年間活動計画は欧州のオーデオビジュアル分野の専門機関の代表からなる「諮問委員会(Advisory Committee)」の勧告内容に基づき作成される。
(5)EAOの年間予算は、独立した「監査委員会(Audit Committee)」によりチェックされる。
(6)EAOサイトは、わが国ではオープンなものとしてはほとんど公になっていない。主要国の公共放送等に関する監視監督機関の現状についてはわが国では、総務省の「世界情報通信事情」ならびにドイツ、オーストリア等一部の国のみであるがNHKのサイトにも解説がある。
2.EAOの主要任務や具体的活動分野とその責任の範囲
(1)欧州におけるオーデオ・ビジュアル分野の情報の透明性の確保である。
(2)具体的な活動対象分野
EAOは以下の4分野に関し、市場と統計、法律および制作や資金を中心に次の情報を提供する。
①映画分野(Film)
・Legal Information
・General Data
・Public Funding Mechanisms
・Feature Film Production
・映画配給や展示(Distribution/Exhibition)
・National Reports
②テレビ分野
・Legal Information
・General Data
・Digital TV
・TV Fiction
・Audience Measurement
・By country
③ビデオ/DVDおよびその拡張分野
・Legal Information
・Market Information
④ニューメディア
・Legal Information
・General Data
2.IRISの編集方針と内容
(1)毎回約30程度の短い記事であるが、加盟国およびEU全般における公共放送、映画、ビデオ・オンデマンド・サービスおよびIPTV(IP(Internet Protocol)を利用してデジタルテレビ放送を配信するサービスまたはその放送技術の総称)の分野における立法、裁判判決に関し起きていることを定期的かつ自由な視点から概観するものである。
簡単に言うと、EUのすべての政策決定者決定者やオーディオ・ビジュアル分野の専門家にとって不可欠の発刊物であり、これら分野の情報の流通および透明性の改善を目的としてEUの”the European Audiovisual Observatory ”が作成するものである。
(2)IRISは定期的に通信部門と緊密に関係するテレビ、オンデマンド・サービス、映画部門の製作に関するテーマを取上げる。伝統的な法分野、競争、著作権、データ保護、犯罪および税法についてそれらがオーデオ・ビジュアル部門に関係する限りにおいて最新の開発動向につき電子ニュースとして取り上げるのものである。
法律関係の政策展開に関するものとして、IRISは情報の自由、メデイアの集中(Media concentration) (筆者注8)、メディアの多元性(media pluralism)、若者保護、自己および共同的規制に関する記事を含む。
3.“IRIS”編集上のガイドライン
標題にかかわらずIRISの記事のコア部分は事実に基づきかつ明確な内容である。すなわち、大部分のレポートは新しい法律、判決または重要な行政決定に関するものである。
また、IRISの記事は新しい立法が採択される前に予備的に行う政治的出来事やさらに国際協定、2国間条約、重要な運賃協定(tariff agreement)に言及する。法律文は、慎重に解析され文脈において簡潔に説明される。
4.EAOのオンラインデータ・サービス
有料の「The Yearbook Online Premium Service」と無料の「IRIS電子版」がある(筆者がsubscribeしているのは後者である)。
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(筆者注1) 2010年3月2日にドイツ連邦憲法裁判所(Bundesverfassungsgericht:Federal Constitution Court)は、法執行機関が活用できることを目的とする携帯電話や電子メール等の6か月間の通話記録の保持を定めた現行通信法(「2004年通信法(Telekommunikationsgesetz vom 22.Juni 2004(BGBl.IS.1190)TKG)」につき、EU 指令(2006/24/EC)を受けて、2007年12月21日「通信の監視およびその他秘密裡捜査対策ならびに2006/24/EG指令の適用に関する法律」2条にもとづき新規定を追加した)の規定は連邦憲法に違反する可能性が高く大幅な修正を求める旨判示した。
なお、この法律および憲法裁判所判決については、本ブログ(2010年12月20日「米国連邦控訴裁判所が裁判所の許可なくISPの保持するEメール・データの押収・捜索行為を違憲判断(その2完)」を参照。
(筆者注2) 立命館大学立命館大学政策科学部教授 安江則子氏「EU における視聴覚メディア政策と公共放送― 市場と文化の間で ―」において“European Audiovisual Observatory”につき次のとおり説明している。
「 なお、視聴覚メディアに関する機関としては、欧州審議会の設立したEAO(1992 年設立、European Audiovisual Observatory)がある。EAO は、欧州の視聴覚メディア産業に関する情報収集とその利用のための機関で、2010 年現在37 の国とEUが参加し、関連業界との緊密な連携のもとで会議を運営し各種報告書をまとめている。映画・TV・ビデオ・DVD・その他のニューメディアを対象とし、市場調査と統計、関係法令、制作と財務などの情報提供を行っている。」
なお、ここで使われている「欧州審議会」とはわが国では一般的に「欧州評議会」と訳されている。
わが国の外務省の説明およびEAOのサイト情報に基づき補足すると「1949年、人権、民主主義、法の支配という共通の価値の実現に向けた加盟国間の協調の拡大を目的としてフランスのストラスブールに設立。加盟国は47か国(EU全加盟国、南東欧諸国、ロシア、トルコ、NIS諸国の一部)、オブザーバー国は5か国(日本、米、加、メキシコ、バチカン)。
伝統的に人権(欧州人権裁判所、欧州人権条約、子供の権利、死刑制度、拷問禁止(prevention of torture)、人種差別(racism)、ロマ民族と域内旅行者(roma and travellers )、同性愛嫌悪主義(homophobia))、法律(組織犯罪、国家汚職(group of sates against corruption)、サイバー犯罪、マネー・ロンダリング、個人情報保護、テロ、司法の効率化)、民主主義(ヴェニス委員会(筆者注3)、性の同等性、市民社会、選挙と民主主義)、社会(ヨーロッパ社会憲章(筆者注4)、体罰(corporal punishment)、身体障害者保護、移住、欧州社会開発銀行(Council of Europe Development Bank:CEB )、メデイアや通信(子供とインターネット、メデイアの自由化)、生命と健康(生命倫理(bioethics)、麻薬、欧州の医薬品業界、健康保護、文化と自然(映画やオーディオ・ビジュアル、欧州文化条約 (筆者注5))知的および異教間対話、少数言語、生物種の多様性(biological diversity)、持続可能な発展、気候変動)、教育とスポーツ(市民権、校内暴力、スポーツ全般、ドーピング、スポーツにおける暴力)。各種条約策定(約200本)、専門家会合開催の他、国際問題などに関する勧告・決議採択、決議事項のモニタリングに取り組む。
(筆者注3) 欧州評議会のヴェニス委員会は正式には「法による民主主義のための欧州委員会」(European Commission for Democracy through Law; La Commission européenne pour la démocratie par le droit)」である。その組織や目的等については、山田邦夫「欧州評議会ヴェニス委員会の憲法改革支援活動―立憲主義のヨーロッパ規準―」(レファレンス 2007年12月号45頁以下)が詳しい。
(筆者注4) ヨーロッパ社会憲章については、中野聡「欧州社会モデルの現在と未来」(豊橋創造大学紀要 第10号19頁以下)が詳しく解説している。
(筆者注5) 欧州文化条約 (European Cultural Convention)は、1954 年 12 月 19 日にパリで調印され、これが今日まで続く文化・教育および青少年育成・スポーツ活動分野での国際協力の源となっている。
(筆者注6) わが国では、EUのユーレカ計画(Eureka Project)の全体については次のような説明があるが、“Audiovisual Eureka”プログラムについて説明したものはない。いずれにしても同プログラムは2003年6月30日に機能停止している。
以下の説明のうちデータが古くまた正確さを欠く記述があるので、最新のデータにあわせ加筆した。
「ユーレカは、1985年、米SDI構想に対抗する研究開発奨励に向け、フランスの先導で欧州を中心に設立された国際組織であり、製品・サービスの技術革新を目指した汎欧州規模のプロジェクトを推進する企業、研究開発機関、大学等を支援することを通じて、欧州経済の競争力を高めることを目的としている。フランスは現在でも指導的立場におり、参加数・投資額でトップに立つ。
議長国(Chair)は1 年毎の輪番制で、2003 年7 月から2004 年6 月までフランスが務めた後、2004 年7 月から2005 年6 月までオランダが、2005 年7 月から2006 年6 月まではチェコが議長国の任に当たっている。
参加国は欧州地域の39か国と40番目としてEUである。」
なお、ユーレカ・プロジェクトの成果についてはたとえば、「GSM方式携帯電話」、「ナビゲーションシステム」、「モバイルや電子商取引を支援するスマートカード」、「映画のための特殊効果用ソフトウェア」、「環境汚染のモニタリングや制限する最先端医療機器と技術」である、なお、ユーレカの組織全体や意思決定組織についてはユーレカ・プロジェクト・サイトで詳しく説明されており、ここでは略す。
(筆者注7) ユーリマージュ(Eurimages)の概要は次のとおりである。なお、以下の内容は、公益財団法人ユニジャパンのサイトから引用したが予算金額や加盟国数等については、ユーリマージュのサイトの最新数値に基づき修正した。
①運営行政区:欧州評議会(EC)
②予算:2,400万ユーロ
長編フィクション作品、ドキュメンタリー作品、アニメーション作品の共同製作や劇場のデジタル化、配給に対する文化支援。
「Eurimages」は、欧州映像作品の共同製作や配給、上映・放送を支援するため欧州評議会が設置したファンド。現在、本ファンドには35カ国が参与している。
1. 共同製作
予算:最大80万ユーロ
条件:
・国際共同製作契約の規定に準じる。
・プロデューサーが申請書を提出すること。
・本ファンド参与国から共同プロデューサーを2人以上立てること(同一国は不可)。
・共同製作の主出資国の最大出資割合は総予算の80%とする。
・共同製作の副出資国の最大出資割合は総予算の10%とする。
・二国間共同製作で予算が500万ユーロを超える場合、主出資国の最大出資割合は総予算の90%とする。
最大で総支出額の80%相当額(ただし、1万ユーロ以下)
(筆者注8) “media concentration”に関し、群馬大学社会情報学部研究論集第14巻155―174頁「2007アメリカ合衆国における2003年のメディア集中規制について― Prometheus Radio Project v. FCC が提起する問題を中心に―」160頁以下の「考察」は、わが国にとっての重要な課題を投げかけている。筆者が日頃関心を寄せている問題点に近いものであり、一部ここで抜粋・引用する。
「近時において、過去のどの時点にも増して、メディア集中規制についての議論がなされてきた背景には、1990年代中頃以降のインターネットの普及が存在する。それは、一般の個人にも、双方向性を有する「多対多」の通信を可能としてきた。FCC は、2003年のメディア集中規制において、インターネットを最も驚くべき通信の発展であると認識し、また、DI の算定の根拠の1つとして位置づけた。しかし、インターネットによって、莫大な数の情報源にアクセスが可能であるという前提は、過去において実現されてきたのと同様に、インターネットへのアクセスを提供するネットワークの保有者が、それに対する支配を有さないこと、換言すれば、当該ネットワークを経由して伝送されるコンテンツ等に対して影響力を行使しない状況が、規制的枠組み等によって実現される場合にのみ妥当性を有する。すなわち、メディアとしてのインターネットの存在によって担保されると主張される情報の「豊富さ」は、メディア産業における垂直的統合の可否、特にブロードバンドのインターネット・アクセス・サービスに対する規制のあり方とも密接に関係する。近時では、当該サービスを含むメディア産業における垂直的統合の可否及びそれに対する規制のあり方に対する検討も、活発に行われてきた。(以下略す)」
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