2月4日、ドイツ連邦内閣(法務・消費者保護省( Bundesministerium der Justiz und für Verbraucherschutz:BMJV))は、個人情報保護法の消費者保護規定に関する民事法の一部改正に関する法案を承認した。法案の核心は、個人情報保護法の消費者団体訴訟権の強化・執行に関する規定である。 (筆者注1)
筆者はこのニュースを米国ローファーム・サイト”Norton Rose Fulbright”やドイツのメデイア”Badische Zeitung”等で知ったのである。この問題は一般の読者からはその意味が理解しがたい専門的なテーマかも知れないが、ドイツ等の消費者保護に関する制度研究 (筆者注2)を踏まえ消費者団体訴訟制度を平成19年6月7日に施行したものの、果たしての効果という点で、なお疑問が残る。
すなわち、平成26年3月の消費者庁「消費者団体訴訟制度:差止請求事例集」を見ると、この6年余に提起された差止請求訴訟は30件、そのうち、17件については訴訟が終了し、原告勝訴5件、和解9件、原告敗訴3件となっている。また、訴訟外で改善された事案も多く、訴訟・訴訟外あわせて、111件(113事業者)の事案で改善が図られている(件数は、いずれも平成25年7月5日現在)と説明されている。 (筆者注3) しかし、同制度自体、国民に広く定着した制度といえるか、また、特にドイツが今回、世界的な企業であるGoogle等によるプライバシー侵害問題を個人的な被害救済のためには、この団体差止訴訟機能の強化を図った目的につき改めて検証すべきとかと考え、本ブログをまとめた。
本ブログでは、先進国の制度の見直しがいかなる観点から行われているかを考える意味で、ドイツ連邦法務・消費者保護省のリリース文等の仮訳を行うとともに、補足解説を行う。
1.2018年以前のドイツの法的枠組みで認められていた集団訴訟手続
以下の4つの法分野においてのみ、厳格な要件のもと、効果を限定した形でのみ認められていた。しかしながら、ドイツは、EU 委員会が加盟国に対し、2013 年、一定の条件のもと集団訴訟に類する制度を創設すべきであるとする勧告(Recommendation)を発表し、このような流れを受け、分野の制限を設けないモデル集団訴訟(Musterfeststellungsklage)制度を導入すべく、民事訴訟法(Zivilprozessordnung)を改正し、改正法が2018年 11 月 1 日より施行された。
(1) 差止訴訟法(Gesetz über Unterlassungsklagen bei Verbraucherrechts- und anderen Verstößen :UKlaG)
(2)不正競争防止法(Gesetz gegen den unlauteren Wettbewerb:UWG)
(3) 投資家モデル手続法(Gesetz über Musterverfahren in kapitalmarktrechtlichen Streitigkeiten:KapMuG)
(4)会社法上の裁判手続に関する法律(Gesetz über das gesellschaftsrechtliche Spruchverfahren)
この問題ならびに2018年に、被害回復訴訟に類似した訴訟手続として、ムスタ確認訴訟(Musterfeststellungsklage)制度(注3-2)、さらに2023 年 7 月、ドイツ連邦議会は、消費者団体訴訟に関する 2020 年の EU 指令を国内法化し、被害回復訴訟の制度を導入する法律を可決した点などにつき、別途解説したいと考える。
今回の改正により、民事訴訟法典のムスタ確認訴訟に関する規定が消費者権実現法に組み込まれると同時に、消費者団体が勝訴した場合に、直接消費者個人に給付を行う仕組みが規定された(消費者権実現法第 14 条~第 40 条)
2.個人情報保護の観点から見た消費者団体訴訟権の強化・執行に関する民法および差止訴訟法の一部改正
消費者団体(Verbraucherverbände)等は、企業が消費者に関する情報保護法の分野で違反した場合、企業に対して差止命令を介した保護手続きを継続すべきである。これは、特に広告、個人の情報プロファイルならびにアドレス及びデータ取引のためのデータ処理に該当する。
連邦法務・消費者保護大臣ハイコ・ヨ―ゼフ・マース(Heiko Josef Maas)(注4)のコメントは以下のとおり。
Heiko Josef Maas 氏
「企業は、より多くの個人情報を収集し、そのプロセスを進める。 個人情報は、オンラインの新しい利用可能通貨といえる。 私たちはネット・サーフィンをしたりアプリをダウンロードしたり、ほとんどすべてのクリックで写真を投稿し、これらすべての行為は消費者からの個人情報を収集する。 これらの個人情報は、契約のために必要であるだけでなく、ますます商品化されている。 企業の情報の誤用は、個人の権利に重大な傷害をもたらすことになる。 したがって、情報保護ルールが適用されることが重要である。
消費者にとって、それはすべての情報保護法に対する会社の違反行為を特定することは困難である。多くの人は、 データ保護法違反を訴える手続きのための多くのコストと労力をおそれる。 多くの人は自分の法務部門と大企業に対してだけでは訴訟を起こすことを敢えて行わない。 消費者団体は、そのような状況下では、消費者は自分たちの利益の強力な支持者を必要としている。これは警告や差止命令を発行する権利を保持する。 特にインターネット上で商業的にみた強力な企業に対し、我々はこのように、消費者の権利の執行権を強化するものである。
さらに消費者の保護に関する法案の下では、正式な利用要件にかかる契約締結が困難であることを前提としている。消費者による契約の取消や類似の通知の場合、 「書面」とは対照的に - 将来的に書面でのみ合意することができるようになろう。 それは、将来のすべての人にとって電子メールを介して彼の携帯電話契約について取消することができ、それ以上の書面の交付が必要なくなることは明らかである。」
3. 法改正の背景:
法案は、以下のとおり、主に「差止訴訟法(Unterlassungsklagengesetzes :UKlaG)」と「民法(Bürgerlichen Gesetzbuches:BGB)」の一部改正が含まれる。法文については筆者の責任でリンクを貼った。
① 差止訴訟法(UKlaG)第3条第1項につき、同条が定める消費者団体(注5)による適法な請求権とは、差止めによる救済が持つ特定の目的のため、事業者による不正な情報収集、処理および消費者情報の使用に対し消費者保護利益のために行動することを可能とする。
UKlaG第3条第1項手続き要件 (仮訳)
第1項
一般規定
非公式の目次
§ 5 民事訴訟法およびその他の規定の適用
本法に別段の記載がない限り、民事訴訟法、第 12 条第 1 条、第 3 条、第 4 条、第 13 条第 13 条第 1 条から第 3 条および第 5 条、ならびに不正競争防止法第 13a 条の規定がこの手続きに適用されるものとする。
非公式の目次
§ 5a 国内の法的手続きに関する適格消費者協会および適格機関の情報提供義務
(1) 国内裁判所において第 1 条、第 2 条、または第 2a 条に従って差止めによる救済を主張する第 3 条第 1 項第 1 号に基づく権利を有する機関は、遅くとも仮差止申請が提出されるか、または裁判所に訴訟を起こす前に、訴訟の現在の状況を報告すること。 少なくとも、訴訟手続きに関連する以下の既知の事実は、訴訟手続き中に直ちに公表されなければならない。
1.仮差止命令または訴訟の申請の対象となる起業家の名前または会社名および住所
2.起業家による侵害の疑いで、その防止または終了を目的として仮差止命令が申請されたか訴訟が提起された場合は
裁判所に仮差止命令または訴訟を申請した日付、
4.仮差止命令または被告に対する仮差止命令の申請書の送達、または訴訟の提起日付
5.法的手続きのファイル番号
6.仮差止命令または訴訟が代表原告の登録簿に掲載されたことの表示
7手続きの終了日および手続きの終了の種類
(2) 第 1 項に規定する手続きが上訴できない決定または判決によって終了した場合、その決定または判決は請求権のある団体のウェブサイトに少なくとも 6 か月間掲載されなければならない。
(3) 第 1 項および第 2 項に従ってウェブサイトに掲載する費用は、法的紛争の費用となる。
② この目的のために、事業者に適用されるすべての情報保護保護法令につき、広告、市場調査や世論の調査目的のための消費者からの情報、個人情報やユーザープロファイル、アドレスの移送、その他のデータ取引の収集、その他同等の商業目的の比較のための収集し、手続きや使用に関し、差止命令を発しうるものとし、同法第2条第1項に第11号を新たに追加する。
③ 消費者団体は、消費者の権利侵害に適用される他の消費者保護法に対する同じ条件で、情報保護法令に対する事業者の違反の場合には、 差止命令法第2条第1項のもとで、第3第1項1号に基づき適法な請求権を主張できるものとする。
④ 請求権を持つ適格な団体には、差止法第3条第1項第1号に定める資格を持つ団体を含む。これらは、連邦法務省が定める名簿に記載された消費者団体実施されるすべての団体をさす。 しかし、請求権をもつサイトは、差止法第3条第1項2号の要件を満たす専門機関でもあり、また同項第3号にいう商工会議所や手工芸組合等を含む。
⑤ 新しい法改正ルールは、情報保護当局や消費者団体による相互に法的な仕事を補完するように設計した。 情報保護当局の知識や専門知識を有効に使用するため保護当局による聴聞権を裁判所の差止命令手続後に提供することとした。
法律が定める要求要件に加え、事業会社は特に消費者契約において利用規約またはその他の定型契約条件の規定により契約合意することができる。 消費者への事前の契約条件では、消費者が使用者または第三者に関する合意は書面によらねばならない。
⑥ 従来、有効な契約は民法第309条第13項により、書面で合意されるものである。 しかしながら、 民法第127条第2項及び第3 項により、BGBにおけるルールの解釈ではこの要件によると、その合意書面の成立条件は、単純な電子メールによる書面等で行わなわれても十分であるとされている。 消費者は通常、このことを知っていないことが一般的であり、従って、手書きで署名された合意書面によりかつ受信者に郵送されるでのみ有効な契約と信じているが、このような消費者の利益のため、将来的にはこの曖昧な手続き規定は簡素化される予定である。
法案全文のURLは以下のとおり。
https://www.bundestag.de/resource/blob/371456/30e60f5f09a696b737bf65fece23afa4/vzbv-data.pdf (pdf:全28頁)
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(筆者注1)ドイツの消費者保護に関連する法分野では、集団的な消費者被害の救済や集団的な権利保護や違反行為の抑止を目的とする制度として、次の3つの制度が存在する
第一に、消費者団体が、法的サービス法(Rechtsdienstleisutungsgesetz〔RDG〕)2及び民事訴訟法(Ziviprozessordnung〔ZPO〕)に基づき、被害を被った個々の消費者の金銭支払請求権を、彼らから請求権譲渡を受け、または訴訟担当の方法により、訴求する制度である。
第二に、違反行為者が故意ある違反行為により獲得した利益を違反行為者から剥奪することを消費者団体等の団体が請求することができる制度であり、不正競争防止法(Gesetz gegen den unlauteren Wettbewerb〔UWG〕)及び競争制限禁止法(Gesetz gegen Wettbewerbsbeschränkungen〔GWB〕)に導入されている制度である。
第三に、投資者ムスタ手続法(Gesetz zur Einführung von Kapitalanleger-Musterverfahren〔KapMuG〕)による資本市場での情報の非公開や誤った情報提供により被害を被った多数投資者による個別の訴訟の共通争点についてムスタ手続を行う制度である。
宗田貴行 (獨協大学大学院法学研究科准教授)「ドイツにおける集団的消費者被害救済制度に関する調査報告」から一部抜粋。
(筆者注2)例えば、ドイツに関する研究成果としては、前述の獨協大学法学部准教授宗田貴行氏の報告、 内閣府国民生活局 消費者団体訴訟制度説明会資料」、2013年内閣委員会調査室 久保田 正志「集団的消費者被害の回復制度の創設」等があげられる。
また、わが国の消費者団体訴訟制度に関しては、 「平成19年度版消費者団体訴訟制度パンフレット 「知っていますか?消費者団体訴訟制度」、さらに施行後の差止請求件数等については、平成26年3月消費者庁「消費者団体訴訟制度「差止請求事例集」等を参照されたい。
いずれにしても、これからのわが国が取り組むべき重要課題ではあろう。
(筆者注3)わが国における適格消費者団体による事業者に対する差止請求の対象となる行為については各種のガイダンスがあるが、国民生活センターの解説が比較的分かりやすい。ここで関係法との関係で項目のみあげる。内容を比較して分かると思うが、個人情報保護侵害に対する消費者保護団体の請求権はわが国の現行法制の規定や解釈からは困難であり、立法論としての検討が必要であろう。
○適格消費者団体は、事業者のどんな行為に対して差止め請求できるが、具体的には強引な勧誘、不当な契約、誤った内容の表示など、「消費者契約法」「特定商取引法」「景品表示法」を守らない事業者の不当な行為をさす。
1.消費者契約法が規定する「不当な勧誘」や「不当な契約条項」
(1)「不当な勧誘行為」
①不実告知(事実ではないことを言って契約させる)
②断定的判断の提供(将来の確証のない事柄について断定的に言う)
③不利益事実の不告知(重要な事柄について、消費者にとって利益になることを言い、不利益なことは教えない)
④不退去(退去しない、帰らない)
⑤退去妨害(退去させない、帰らせない)
(2)「不当契約条項の使用」
①事業者の損害賠償責任を免除する条項
②消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等
③消費者の利益を一方的に害する条項
2..特定商取引法が規定する「特定の取引における不当な勧誘行為等、不当請求・不当特約」
(1)訪問販売における不当な行為
(2)通信販売における不当な行為
(3)電話勧誘販売における不当な行為
(4)連鎖販売取引における不当な行為
(5)特定継続的役務提供における不当な行為
(6)業務提供誘引販売取引における不当な行為
3.景品表示法が規定する「不当な表示」
(1)優良誤認(商品やサービスの品質・規格などの内容についてのウソや大げさな表示)
(2)有利誤認(商品やサービスの価格などの取引条件についてのウソや大げさな表示)
(注3-2)ドイツでは、被害回復訴訟に類似した訴訟手続として、ムスタ確認訴訟(Musterfeststellungsklage)の制度が、民事訴訟法典の改正により 2018 年に導入されていた。この従来の制度でも消費者団体が個々の消費者を代表して損害賠償等を請求する訴訟は可能となっていたが、裁判所が当該請求を正当であると認めた場合であっても、判決の拘束力は、請求権行使の要件の確定にしか及ばず、損害賠償等の支払を確保するためには、個々の消費者が改めて訴訟を起こす必要があった。(金子 佳代氏「 ドイツモデル集団訴訟制度(Musterfeststellungsklage)の導入 」から一部抜粋 )
(注4)ハイコ・ヨーゼフ・マース( 1966年9月19日ザールルイ生まれ)氏は、ドイツの弁護士であり、社会民主党(SPD)の元政治家であり、連邦外務大臣を務めた(2018年- 2021 年)、アンゲラ・メルケル首相内閣の連邦法務・消費者保護大臣(2013 年から 2018 年)を務めた。 2022年から弁護士として活動している。
(注5)連邦司法省(BfJ)の差止訴訟法に基づく国境を越えた訴訟のための資格のある消費者団体のリストと資格のある機関のリストを維持ならびに不公正な競争に対する法律に基づく資格のある企業団体のリスト(UWG)が確認できる。
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