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米国史上最大規模の原油流出事故を巡る連邦規制・監督機関やEU関係機関等の対応(第5回)(その1)

2010-08-04 17:05:47 | 国際政策立案戦略

 

 6月24日付けの本ブログで米国連邦環境保護庁(U.S.Environmental Protection Agency:EPA)は「メキシコ湾原油流失に対するEPA対応」サイトを立ち上げ、同サイトでは、まず「BP社による原油分散化剤(dispesants)の安全性、環境面から見た解説」を行っている旨紹介した。
 その際に、EPAはBP社が使用する原油分散化剤は「2-Butoxyethanol」 および「2-Ethylhexyl Alcohol)」と説明していた点につき、筆者もまったくの専門外ではあるとはいえ、その危険性についてほとんど認識せずにEPAの情報開示は十分に行われているとコメントしていた。

 しかし、為清勝彦氏が主催・翻訳する2010年6月11日付けのブログ(Beyond 5 senses)「メキシコ湾に撒かれている分散剤コレキシット(Corexit)の有毒性」(筆者はマイク・アダムス(米国のヘルス・レンジャー)や6月14日付けのプロジェクト綾氏のブログ「原油流出:懸念される『分散剤』の環境汚染」を読んで唖然とした。

 後者によると、米国連邦環境保護庁(EPA)は「コレシキット(Corexit) 9500 およびCorexit 9527」の化学成分につき6月8日に公表している。そもそも薬品の化学成分の内容は最もレベルの高い企業秘密であり、EPAもやっと聞き出したようである。

 その大規模な環境汚染問題とともに(1)2010年6月8日、BP社の株主2名によるメキシコ湾のディープウォーター・ホライズン原油流失事故発生前における株主への情報開示を意図的に怠ったとして、BPグループのCEOであるAnthony  Bryan "Tony" Hayward 等を被告とする告訴(クラス・アクション)が行われ、また(2)ルイジアナ州の牡蠣(かき)採取業者グループ(oystermen)は2010年6月16日、ルイジアナ東部地区連邦地方裁判所に「実質的損害賠償(actual damages)」および「金額不特定の懲罰的損害賠償(unspecified amount of punitive damages)
(筆者注1)」の告訴(クラス・アクション)を行った(身体的被害訴訟ではない)。

 さらに(3)6月26日にはBP社とCorexitの製造メーカーであるNalcoに対し、2人のガルフコースト住民や資産所有者によるBPが多量に使用した原油化学処理剤(chemical dispersant)によるはじめての「吐き気(nausea)」、「めまい(dizziness)」、「息切れ(shortness of breath)」等直接的身体疾患を理由とする申立がアラバマ南部地区連邦地方裁判所(クラス・アクション)に起こされた。

 今回のブログは、(1)日常生活の中で、わが国の一般メディアではほとんど報じられていない石油分散剤の有毒ガス化の危険性や我々自身が安易な化学物質汚染を引き起こしている日常性の怖さを関係レポートやブログに基づき解説し、(2)前記3つのクラス・アクション裁判の訴状の内容を中心に解説する。
 なお、6月中旬で州および連邦裁判所への原油流失事故に伴うBP社等の告訴は230件以上あるとされており、アラバマ南部地区連邦地方裁判所だけで見てもBP社関連の訴訟は環境破壊、土地への不法行為、財産物への損害賠償事件が数多く係属されており、その意味で裁判籍問題も含め裁判上でも多くの課題を生じさせているといえる。
(筆者注2)

 今回は、2回に分けて掲載する。


1.3つのメキシコ湾原油流対策の人体への直接的影響を論じた小レポート」
レポート1「メキシコ湾のBP石油噴出の有毒ガスから身を守る方法(2010年7月10日)」、レポート 2「メキシコ湾の石油漏出対策に関する17の疑問(2010年6月19日)」、レポート3「石油分散剤コレキシット(Corexit)の有毒性(2010年6月11日)」のインパクトについて述べておく。
これらの小レポートは、いずれも為清勝彦氏が米国の関係者のレポートを訳したものである。同氏のメキシコ湾の原油流失事故に関するブログはこの他にもあるが、ここでは代表的なものを取り上げる。
 とりわけ、[レポート1]によると「今回関係者が焦点を当てている有毒ガス発生のメカニズムは1989年3月24日アラスカ州プリンスウィリアムサウンドにおける「エクソン・バルディス号」座礁事故においてエクソンが使用したもので何千人もが被害を受けた。当時の清掃作業に直接関わった人で、今も存命している人はいない。平均死亡年齢は51歳だった。エクソンは、苦しむ人々に医療費を払わずに済ませている。
このあまり役に立たないが非常に有毒な分散剤は、イギリスでは禁止されているが、BPはEPA(環境保護庁)の求めにもかかわらず、使用中止を拒んでいる。・・
汚染物質としては、硫化水素、ベンゼン、塩化メチレンである。かなり有毒だ。・・
2つの防護手段がある。活性炭粉を塗布したマスクと、室内用の空気フィルターである」と説明されている

 また、[レポート2](筆者は米国のヘルスレンジャー:マイク・アダムス)では、訳者は次のような極めて現代資本主義社会の根本的問題を投げかけている。「マイク・アダムズが訴えているのは、企業による政府の支配の問題である。我々は、国営など公共事業は非効率であり、「自由競争」の私企業こそが素晴らしいという思想を刷り込まれてきた。確かに公共事業の職員には態度の悪い人が多いため、実感的にも受け容れやすい発想だった。だが、一方で、厳しい競争にある私企業は「お客様は神様」と態度は柔らかいが、笑顔で消費者を騙す。つまり、エラそうな態度に嫌な思いをするのと、おだてられて騙されるのと、どっちが良いかという究極の選択に過ぎず、実は問題の本質は、民営か公営かではなく、競争の有無でもない。」
本文で紹介されている米国政府等の対応の問題点は、米国の先進的とされるメディアの視点をさらに超えた批判的内容といえよう。

 なお、英国海洋管理機関(Marine Management Organisation:MMO) (筆者注3)は2010年5月18日に「英国における石油流失時処理剤の使用認可一覧」を公表している。その最終10頁で“Corexit 9500”は1998年7月30日に本一覧から削除されている。これに基づき欧米の関係者が英国では“Corexit 9500”の使用が禁止されていると述べているのである。

[レポート3]は、まさに今回取り上げている「石油分散剤コレキシット(Corexit)の有毒性」についての危険性問題である。
 その中で特徴的に感じた点は「住まいの洗剤、化粧品、園芸用品など、全般的にアメリカの大企業では日常製品に含まれる有毒化学薬品は危険な秘密のままである」と言うくだりである。わが国との比較において訳者の為清氏は「日用消耗品の危険物質の日本国内における表示義務については、よく調べたわけではないが、例えば「化学物質等の危険有害性等の表示に関する指針」という労働省の告示に次のような条項がある。その第5条では「前2条の規定は、主として一般消費者の生活の用に供するための容器又は包装については、適用しない。」とある。
第3条(譲渡提供者による表示)は「 危険有害化学物質等を容器に入れ、又は包装して、譲渡し、又は提供する者は、当該容器又は包装(容器に入れ、かつ、包装して、譲渡し、又は提供する場合にあっては当該容器。次条において同じ。)に、当該危険有害化学物質等に係る次の事項を表示するものとする。以下略」
第4条(譲渡提供者による表示)「危険有害化学物質等以外の化学物質等を容器に入れ、又は包装して、譲渡し、又は提供する者は、当該容器又は包装に当該化学物質等の名称を表示するものとする。」

 この点につき、為清氏いわく「確かにシャンプーや歯磨きに髑髏マークの警告が付いていると不快な思いをするので、一つの「やさしい」心遣いであろう。」と皮肉られている。

 また「ヘルスレンジャーの指摘する通り、有害化学物質で髪を洗いながら、メキシコ湾の石油災害を心配するのも変な話である。確かに、家庭排水から下水道を通じて河川や海を汚すことと、飛行機で空中から有害物質を散布することに、本質的な違いは無いだろう。」と言う言葉が強く印象に残った。

 とりわけ筆者自身、石油分散剤の気化による有毒ガス問題についてはほとんど認識がなかった。

2.牡蠣業者による損害賠償請求(クラス・アクション)および原油化学処理剤
(chemical dispersant)による身体被害者からの告訴(クラス・アクション)

(1)2010年6月16日、ルイジアナ東部地区連邦地方裁判所への実質的損害賠償(actual damages)および金額不特定の懲罰的損害賠償(unspecified amount of punitive damages) 請求
・原告はスコット・パーカー(Scott Parker)、スコッチ M.デュファレン(Scottie M. Dufrene) )、ジェス・ランドリィ(Jesse Landry)、レオン・ブルネ(Leon Burunet)は個人およびクラス・アクション代理人として告訴した。

・起訴状によると“actual damages”として、「原告の経済的ならびに補償(economic and compensatory damages)として500万ドル(約4億3,500万円)以上」とある。

・訴因(cause of action )は過失(negligence)である。項目23(起訴状8頁以下)の内容に基づき補足する
 原告が集めた情報および確信にもとづき、全被告は次のとおり直接または間接的に「Corexit® 9500」の空中散布を行った。
a.原油そのもの以上に有毒な(toxic)化学物質を散布した。
b.メキシコ湾の浄化と原油の除去にかかる財政負担の軽減化を図るため100万ガロンになる大量の有害化学物質を散布した。
c.海底に有害物質を取り込ませることでメキシコ湾の生態系システムを恒久的に変えた。
d.化学物質により数百人の湾内の清掃作業員に疾患を引き起こさせた。
e.被告のその他の原因となる行為については証拠開示手続および審理公判で明らかにする。

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(筆者注1) 6月18日付けの“Bloomberg Businessweek”の記事では“unspecified punitive damages ”と記載されているが専門用語としてはおかしい。筆者は独自に関係サイトで調べてみたが起訴状原本の以下の記述等から見て“unspecified amount of punitive damages”が正しいと思う。
JURISDICTION AND VENUE:This Court has jurisdiction over this class action pursuant to 28 U.S.C. §1332 (d) (2) because the matter in controversy exceeds the sum or value of $5,000,000, exclusive of interest and costs and it is a class action brought by citizens of a state that is different from the state where at least one of the Defendants is incorporated or does business.

(筆者注2) アラバマ南部地区連邦地方裁判所に現在係属しているデイープウォーター・ホライズン・リグ事故に関する訴訟については、筆者は米国訴訟検索サイトの“Justia .com”で調べた。

 また、米国連邦裁判官会議(U.S. Courts)が8月3日に発表した連邦裁判所の裁判管轄を決める「広域係属訴訟司法委員会(Judicial Panel on Multi-District Litigation)に関し、メキシコ湾原油流失事故に伴う大規模裁判移送・統合等に関する意見書(証拠開示手続(discovery)の重複、無節操な正式事実審理前手続(pre-trial rulings)の防止、訴訟当事者・弁護士や司法関係者の人的資源の節減の働きかけ)や7月29日付けの Bloomberg.co.jpの記事「BPと米政府や原告:流出事故関連の裁判、最初の審理場所めぐり対立 」を参照されたい。

(筆者注3) わが国の海洋政策研究財団の論文「 平成21年度総合的海洋政策の策定と推進に関する調査研究各国および国際社会の海洋政策の動向報告書」(2010年3月)37頁以下で同法制定の経緯や海洋管理機関の活動内容につき次の通り解説している。英国の海洋開発や環境戦略が鮮明に書かれており、米国の取組みと比較する上で貴重な論文である。
「海洋管理機関は、今回制定される海洋法に基づいて設立され、イギリス海洋管理において主導的な立場をとり、環境・食糧・農村地域省大臣を通して議会への報告任務を持つ機関である。また、環境・食糧・農村地域省大臣は、海洋管理機関が持続可能な開発の達成に寄与する様、管理局に対し指針(guideline)を出し、大臣はこの指針の準備において、海洋管理機関の機能と資源を勘案して、海洋管理機関と協議する義務がある。
海洋及び沿岸アクセス法は、すでに競合する海域利用の調整と今後の新たな海域、および海洋資源利用の実施を戦略的また包括的に行う事を目的として制定された。 単一の法制は、海洋における活動を管理する為これまで重層化していた開発に関する手続きを環境アセスメント等の管理制度の質を下げることなく効率化する。さらに、同法制の利点として、今後気候変動等の環境変化によって生じる海洋の利用・管理への影響とその対策に、政府の柔軟な対応を促す事が可能になる。また、沿岸域管理と直接関連する事項として、同法制において「沿岸へのアクセス」という項目を新たに加え、散歩等による国民の沿岸地域環境への触れ合いを促す事を政策の重要な目的として提示している。

 なお、為清氏の訳ではMMOを「海務局」とされている。しかし、MMOのHP“About us”では「2009年海洋および沿岸アクセス法(Marine and Coastal Access Act 2009)」に基づく特定の省庁の直下には属さない無所属公的行政機関(NDPB: Non Departmental Public Body:NDPB)として運営され、政府から一定の距離を保った自律的組織であるのが特徴」とされている。
 NDPBの意義ならびにその法的解説や訳語につき、わが国では正確なものが少ない。
「独立行政組織」、「独立行政法人」「非省公共団体」等と正確な意義も含め遅れている。


[参照URL]
[石油分散剤の有毒ガス化の危険性]に関するもの
・http://tamekiyo.com/documents/healthranger/toxicair.html
・http://tamekiyo.com/documents/healthranger/bp17q.html
・http://tamekiyo.com/documents/healthranger/corexit.html
・http://eco-aya.info/energy-news/67-2010-06-14-06-58-23

・FDAのフロリダ州沖の海産物の安全宣言
https://www.fda.gov/food/food-safety-during-emergencies/gulf-mexico-oil-spill
・FDAのミシシピー州沖の海産物の安全宣言
https://www.gulflive.com/mississippi-press-news/2010/08/mississippi_oysters_are_safe_t.html
・全米科学アカデミー医学研究所(IOM)が7月22日、23日に主催した研究会「メキシコ湾原油流失による人の健康被害に関する科学的評価」

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK209920/

・欧州委員会の輸入品目規制のうち「第三国リスト」に関する決定
http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2009:328:0070:0075:EN:PDF
・2002年スペインのガリシア海岸沖で発生した老朽タンカー「プレステージ号」の海洋汚染事故の人体への影響検査報告
http://www.jpmac.or.jp/img/research/pdf/A201640.pdf

[メキシコ湾の牡蠣業者による損害賠償請求(クラス・アクション)]
・http://www.courthousenews.com/2010/06/17/Disperse.pdf(告訴状原本)

[原油化学処理剤Corexit9500に関するはじめての吐き気、めまい、息切れ等直接的身体疾患を理由に基づくクラス・アクション]
・http://www.beasleyallen.com/newsfiles/07%2026%202010%20-%20Wright%20Complaint.pdf(告訴状原本)

[BP社の株主等によるクラス・アクションの解説レポート]
・http://www.lexisnexis.com/Community/emergingissues/blogs/gulf_oil_spill/archive/2010/06/13/shareholders-pursue-class-action-suit-in-eastern-district-of-louisiana-for-misleading-investors-over-deepwater-horizon-gulf-oil-spill-by-bp.aspx(告訴状原本へのリンク可)

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