寓居人の独言

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想い出話 母の白内障とJ大学眼科N教授について(20130809)

2013年08月09日 12時39分38秒 | 日記・エッセイ・コラム

 母が健在だった頃、母は刺繍やビーズ細工にいそしんでいた。当時の母は、現在の私と同年だったと思う。細かい作業に老眼鏡をかけてビーズの穴に糸を通してそれでハンドバッグやサイフなどの小物を作っては家に遊びに来る方にあげていた。今我が家に残っている作品は、縦約40㎝幅約90㎝という大きさの富士に鷹と松を刺繍で描いたものや縦約70㎝幅約50㎝ほどの大きさの美人が傘を持っている図のものなどがある。ビーズ細工は妻がよそ行きに使っている和風のバッグや財布など数点である。母は根気よく気のあった近所の人たちと四方山話をしながら作っていた。私などが見るととてもよい余生であったと思う。
 そんな時期に私はドイツのミュンヘンで開かれる学会に出席し、次いでに約1ヶ月間ヨーロッパの数カ国を見聞して回るという機会に恵まれた。9月初めに家を出て、イギリス、フランス、スイス、オーストリア、ドイツそして再びフランスを見て回った。あちこちで多くの若い人たちと知り合いになったり、見聞を広めた。10月初めに帰ってきたら、母の両方の目が真っ白になっていた。ものが見えるかどうかを尋ねると何も見えないという。直ぐに、東京にあるJ医大眼科のN教授に電話をかけて相談したところ、明日お連れしなさいということで、翌日母をJ大学眼科のN教授の所へ連れて行った。N教授は直ぐに診察して下さり、あなたはこれから帰ってお母様の入院の用意をして明日またお出でなさい。お母様は病院へ残ってもらいます。そして検査をしましょう。といって母を病室へ案内するように看護婦にいって私の方に向き直った。母が病室へ行くとN教授は、
「お母様は典型的な白内障です。ご高齢なので片方の目だけ手術することになると思いますが、よろしいですね」
「はい。よろしくお願いします」
 といって私は病院を後にした。翌日着替えなどをそろえて病院に行くと、母は目に包帯をして横になっていた。そこへN教授がお出でになり
「他に悪いところもなかったので手術は順調に終わりました。少し様子を見て今後のことを相談しましょう」
 とおっしゃった。N教授の診察を受けるには、少なくとも半年は後のことになるということだったのに直ぐ手術して下さったことに感謝の気持ちでいっぱいだった。3日目に病院に行くとまだ包帯が取れていなかった。すると母は残った目も昨日手術して下さったといった。そこへN教授がおいでになり、
「お母様はとってもお元気でしたので両目を手術しました。もう3,4日すると包帯が取れます。眼鏡を作っておきますからそれをかければ今までと同じように生活できるようになりますよ」

 とおっしゃってくださった。
 そして退院の日、J教授に特別診療費をお渡ししようとしたら、研究仲間の方からそんなことを心配なさらないで下さいとやんわり断られた。当時私はJ教授と若い眼科医師の方の研究をお手伝いしていた。そのことを話されたのだろう。
 母は、こんなに見えるようになるとは思ってもいなかったといって涙を流して喜んでいた。あのときの母の涙を私は一生忘れることはないだろう。そしてN教授への感謝の気持ちも忘れないと誓った。