st.バレンタインデー 2

2020-02-15 05:25:22 | 日記
それからというもの、バイオリンの王子様を見掛けた会社が気になって仕方がない…。

偶然を装って、あの会社に行ってみようか…。

…だけど、ストーカーみたいだよなぁ…。

…しかも、一度目が合ったのに、なんの反応も無かった…。ということは、私に気づいていないか…、気づいていたとしても、「わぁ!久しぶり~!」と昔を懐かしむほどの存在では無いということだ…。

それから約一ヶ月後、再び王子様がいる会社に訪問することになった。

彼女は、その日が来るのを一日千秋の思いで待ちわびて、明るめの口紅をして、新品の靴を履いた。

「こんにちは。⚪⚪社です。」

「少しお待ちください。」

彼女はゆっくりオフィスを見回した。

…いない。

…そうだよな…。そんなに都合良く現れるワケなんて無いよな…。

「お疲れ様です。」

ーーー彼だ‼️

しかも、付き添いの上司の対応で現れた。

ドキドキしながら、彼を見つめて会釈をした。

…彼も会釈を返してくれたが…、気づいていないようだ。

…そっか、そっか…、そうだよな…。

やっぱり私に気づいていないんだ…。

急に寂しくなった。

それからは、無駄に期待しないで過ごした。

彼の居る会社から電話があるだけで、ドキドキしたりもしたが、無駄なこと。。。

「転職しようかな?」

憧れだったバイオリンの王子様に再会して、"運命の再会!"…なんて、図々しいことは思ってなかったが、ほんの微かな期待ぐらいはしていた。

だけど、"いよいよ王子様との再会"を果たし、ほんの微かな期待までも、しっかりと砕かれた。

「神様が、微かな期待を捨てて、次に行きなさい…と言ってるのかも…。」




ーー今日は、取引先回りの日だ。

また更に傷付くんじゃないか…と思うと、気が乗らない。

王子様に会うとこで、さらに自分がどれだけ小さな存在だったかを思い知らされることがつらい。



取引先の会社に向かう途中、上司がスイーツショップの前で足を止めた。

「明日はバレンタインだから、何か買って行こう」

「あ、そうですね…。」

スイーツショップのショーウィンドウは、『happy♡バレンタイン』の文字が書かれたケーキが並んでいる。

「無縁だな…」思わずつぶやいた。

とりあえず、それなりのかわいいチョコレートを人数分買って、取引先に向かった。

「お世話になっております。」

女性から渡した方がいいだろう…と、上司の意見から、彼女は心ならずも、満面の笑みでチョコレートを配った。


「お世話になってます!」

王子がやって来た。

「あの…、お世話になっております。」

彼女は少し躊躇しながら、チョコレートを渡す。

「ありがとうございます」

至って事務的な会話がなされ、バレンタインの儀式は終わった。

信じられないほど、何も無かった…。

バイオリン王子の記憶のほんの一部にさえ、自分は無かったことを痛感した。

『辞めよう❗』

彼女は、会社を辞める決心をした。

もう、きっかけなんて何でも良かった。

辞表を書き、いつ提出してもいいように、カバンに忍ばせた。

…そうこうしているうちに、同僚が体調不良で突然会社を辞め、同僚の仕事を引き継ぐことになり、提出しようと考えていた辞表も、カバンの中で、ひっそりと出番を待っていた。

一ヶ月が過ぎ、結局忙しく過ごしていた時、突然会社にバイオリンの王子様がやってきた。

『え?なんで?!』

「あの、先日は、ありがとうございました。お返しとしては、ささやかなのですが…」

『あ、今日はホワイトデーか…』

王子は、小さな箱が入ったかわいい袋を女子社員に配りはじめた。

「わぁ、ありがと~💖」

「イケメンから戴けてうれしい~❗」

会社の、女子社員は、王子からの手渡しに、思春期の学生みたいにときめきの混じった声を上げた。

そして王子は、一通り配り終わったかのように、荷物を片付けはじめた。

…え?私、貰ってないけど💦💦

私の存在をことごとく忘れてくれるなんて…。こんな仕打ちある?!

これ以上無いほど傷付いた彼女は、今さら「ごめん、忘れてた!」と言われないように、息を殺してそっと、オフィスを出ようとした。

廊下の窓に写る自分の顔を見て、学生時代の気持ちに戻っていたことに気づいた。

こんなに年月を重ねて、すっかりオバサンになってるのに、バレンタインのお返しに、ドキドキしてたなんて…。

「また、よろしくお願いします!」

満面の笑みで、バイオリンの王子様がオフィスから出て行こうとしていた。

目線を伏せて、やり過ごそうとした。

彼女の横を通りすぎようとした時、ポンとチョコレートを手渡してきた。

何も言わずに。。。

王子は、振り返りもせず、チョコレートを手渡すと、そのまま帰って行った。

…あ、私の分のチョコレート…💦

忘れていたワケでは無かったんだ…💦



…だけど、なに?何も言わないなんて…。ひとことくらいあってもいいじゃない?

だけど、ちょっと嬉しかった。

みんなと同じチョコだけど、それでもいい!



………え?💦💦

みんなと同じチョコレートだけど、もうひとつ、小さなものが入っていた。

ネックレス…。

しかも、バイオリンの形をしている。

彼女は、あわてて王子を追った。


その日は、王子に会うことは無かったが、翌日お礼の電話をすると、

彼女が吹奏楽部の後輩だったこと、昔、バレンタインにバイオリンのキーホルダーを貰って、今も大切に着けている…という話を聞いた。

そして、彼女は、バイオリンの王子様と付き合うことになり、後に結婚しました。