今日はピコたちです。
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クレープ生地を筒状に丸めて焼き上げた、サックリスティック。どのへんがピコ?それはわからない。
筒状とはつまり、穴があること。そう、穴。穴の話をしましょう。思考の落とし穴の話。
ある日、某ファミレスに行ったときのことです。全国展開してる、みんな知ってるファミレスです。
食事中、手に油が付いたので、トイレに洗いに行きました。洗面台横に設置してある液体石鹼を手に取ってこすり、水で洗い流しました。
すると・・・、さらに手がヌルヌルになったのです。
頭にハテナマークが浮かびました。これはどうしたことかと。
たしかに石鹸を使って手を洗ったのに、油汚れが落ちるどころか、ヌルヌル感がより増していました。明らかに、事態は悪化したのです。
これはきっと、石鹸の問題に違いないと思いました。質の悪い、安物の石鹸なのだろうと。思い返してみれば、こすっても泡立たなかった。
経営者が、コストカットのために、激安の石鹸を仕入れた。それは激安であるがゆえに、低品質だった。油汚れが落ちるどころか、逆にヌルヌルを付け加えてしまうような、どうしようもない成分の石鹸だった。たぶんそーゆーことなのだろう、と推測しました。
これ以上洗ってもしかたないので、ヌルヌルを手にまとったままトイレを出ました。そして、近くにいた若い女性店員さんを捕まえて、「トイレの石鹸で手を洗ったら、ヌルヌルしますよ」と伝えました。
店員さんは意味が飲み込めず、「え?」と訊き返してきました。僕はもう一度説明しました。油汚れが落ちるどころか、よりヌルヌルになると。
すると店員さんは、苦笑いしながら「いや、そんなことはないはずです」とおっしゃいました。僕は、「いや、実際そうなってますので」と反論しました。
店員さんはさらに、「石鹸ですから、そうはならないはずです」とおっしゃいました。僕は、「いや、だから実際洗ったらそうなったんで」と再反論しました。
しかし店員さんはなおも、「いや、そんなことは・・・」と繰り返されます。これはもう、言ってもムダかな、と思いました。
おそらく、「石鹸=汚れが落ちる」という固定観念にとらわれきっているのでしょう。だから、「石鹸を使ったら余計ヌルヌルになった」という事態が想像できない。
固定観念のせいで、こっち(僕)が勘違いしているだけ、と決めつけてしまっているのです。劣悪な石鹸があるということや、質によっては油汚れが落ちるどころか、よりヌルヌルになってしまうということが考えらえない。
低品質の石鹸の使用をやめてもらうため、お店の環境改善のために、情報提供のつもりで伝えたのですが、どうしてもこちらの言い分が理解されなかったのです。いくら言ってもムダなら、これ以上話してもしょうがないと引き下がりました。
「店長、もしくは責任者を呼ぶ」という手もありましたが、それはやめときました。おおごとにしたくなかったというのもありますし、女性店員さんに話が通じなかった時点で、「じゃあもう店側が自分で気づけよ」って思っちゃったんですね。
そのファミレスの液体石鹸は、本当にヌルヌルになったのです。油汚れが落ちるどころか、さらにヌルヌルが増す石鹸だった。
しかしそれを、店員さんに言っても理解してもらえなかった。石鹸なら汚れが落ちるはずで、悪化することなどありえないと思い込んでおられたのです。
その思い込みのせいで、いくら訴えてもわかってもらえなかった。こちらの認識が間違ってるだけだと決めつけられてしまった。
これはまさしく「穴」。そう、思考の落とし穴でした。
油でヌルヌルと言えば、こんなこともありました。
こちらも某ファミレスで食事したときの話です。食事と一緒に、持ち帰りのピザも注文しました。
食事と同じタイミングで注文したので、テーブルに持ってきてもらったのもほぼ同時でした。厚紙の箱入りピザで、手提げ袋に入れてもらってあります。
食事を終えた僕は、レジに向かおうと、ピザを手に取りました。すると、手提げ袋の持ち手部分が、ヌルヌルしていました。
厨房の店員さんが、油の付いた手で触ったのでしょう。僕は店員さんを呼び、「ヌルヌルしてるから取り換えてください」と頼みました。
20代前半くらいの男性店員さんは、すぐに対応してくれました。しかし、交換して戻ってくるや、「これでいいか確認してください」と言われました。
僕は、「え、疑われてる?」と思いました。
本当は僕が油を付けたのに、店側のせいにしたと思われた?と。
なぜなら、ピザが来てすぐに油の付着を指摘したわけではなく、時間がたってから交換を頼んだからです。ピザが到着してから交換を頼むまで、そこそこ時間があった。
ピザの到着とほぼ同時くらいに食事を開始したので、10~20分くらい時間がたっています。それだけ時間が開いているので、そのあいだに油の付着があった、つまり客である僕が油を付けた張本人だと思われる余地はあるわけです。
しかし、僕はそんなことはしていません。油をピザの袋に飛び散らせてなどいないし、ちょうど食事を終えたタイミングでヌルヌルに気づいたのです。食事中はピザの袋にいっさい触れていませんでしたから。
ですがそれを証明する手立てはない。僕が油を付けたと疑われてもやむを得ない状況ではあります。
「これでいいか確認してください」というのは、「これでもう油が付いているとは言わせない」ということです。その確認によって、袋に問題がないことが明確になるわけですから。
「アンタが自分で油を付けたのに、こっちのせいにしたね。でも確認がすんだらこれ以上文句は言わせないよ」。そう言われた気がしたのです。
いや、これは僕の考えすぎだったかもしれません。店員さんは、あまり深い意図はなく確認を求めたのかもしれない。もしくは、「ちゃんと交換しましたよ、これでいいっすか?」みたいな、「仕事キッチリこなしましたよアピール」として訊いただけなのかもしれない。
ですが僕は、とっさに疑いの目を持たれているのではないかと思ってしまったのです。そして、少し背筋を寒くしながら袋の持ち手を触り、「大丈夫です」と答えました。
疑われていたのか、単なる業務上の確認だったのか。真相は不明です。ただ、男性店員さんに、笑顔はありませんでした。
僕は物事を考えすぎてしまうきらいがあります。この件も、考えすぎだったのかもしれない。
しかしとっさに疑われていると思ってしまい、ちょっとだけゾッとしたのです。何もやましいことがないのに疑われていると気づいたとき、なんとも言えない嫌な気持ちになります。いたたまれないような、気まずいような。
相手が本当に疑っているかどうかが判然としないので、なおのこと落ち着かない感情になるのです。疑っていることが明確だったら反論、もしくは自己弁護することもできますが、それがハッキリしていないなら何の言い訳もできません。
「疑われていたのかな、気のせいかな」と、延々考えつつ帰宅したのです。
油が付いていたばかりにこんな目に・・・。
油ギトギトの食いもんは大好きだ!だが周囲に付着させるのはカンベンしてくれ!
僕もそろそろ油売るのをやめて、油を売りに行ってきますよ。と~うゆ~♫
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クレープ生地を筒状に丸めて焼き上げた、サックリスティック。どのへんがピコ?それはわからない。
筒状とはつまり、穴があること。そう、穴。穴の話をしましょう。思考の落とし穴の話。
ある日、某ファミレスに行ったときのことです。全国展開してる、みんな知ってるファミレスです。
食事中、手に油が付いたので、トイレに洗いに行きました。洗面台横に設置してある液体石鹼を手に取ってこすり、水で洗い流しました。
すると・・・、さらに手がヌルヌルになったのです。
頭にハテナマークが浮かびました。これはどうしたことかと。
たしかに石鹸を使って手を洗ったのに、油汚れが落ちるどころか、ヌルヌル感がより増していました。明らかに、事態は悪化したのです。
これはきっと、石鹸の問題に違いないと思いました。質の悪い、安物の石鹸なのだろうと。思い返してみれば、こすっても泡立たなかった。
経営者が、コストカットのために、激安の石鹸を仕入れた。それは激安であるがゆえに、低品質だった。油汚れが落ちるどころか、逆にヌルヌルを付け加えてしまうような、どうしようもない成分の石鹸だった。たぶんそーゆーことなのだろう、と推測しました。
これ以上洗ってもしかたないので、ヌルヌルを手にまとったままトイレを出ました。そして、近くにいた若い女性店員さんを捕まえて、「トイレの石鹸で手を洗ったら、ヌルヌルしますよ」と伝えました。
店員さんは意味が飲み込めず、「え?」と訊き返してきました。僕はもう一度説明しました。油汚れが落ちるどころか、よりヌルヌルになると。
すると店員さんは、苦笑いしながら「いや、そんなことはないはずです」とおっしゃいました。僕は、「いや、実際そうなってますので」と反論しました。
店員さんはさらに、「石鹸ですから、そうはならないはずです」とおっしゃいました。僕は、「いや、だから実際洗ったらそうなったんで」と再反論しました。
しかし店員さんはなおも、「いや、そんなことは・・・」と繰り返されます。これはもう、言ってもムダかな、と思いました。
おそらく、「石鹸=汚れが落ちる」という固定観念にとらわれきっているのでしょう。だから、「石鹸を使ったら余計ヌルヌルになった」という事態が想像できない。
固定観念のせいで、こっち(僕)が勘違いしているだけ、と決めつけてしまっているのです。劣悪な石鹸があるということや、質によっては油汚れが落ちるどころか、よりヌルヌルになってしまうということが考えらえない。
低品質の石鹸の使用をやめてもらうため、お店の環境改善のために、情報提供のつもりで伝えたのですが、どうしてもこちらの言い分が理解されなかったのです。いくら言ってもムダなら、これ以上話してもしょうがないと引き下がりました。
「店長、もしくは責任者を呼ぶ」という手もありましたが、それはやめときました。おおごとにしたくなかったというのもありますし、女性店員さんに話が通じなかった時点で、「じゃあもう店側が自分で気づけよ」って思っちゃったんですね。
そのファミレスの液体石鹸は、本当にヌルヌルになったのです。油汚れが落ちるどころか、さらにヌルヌルが増す石鹸だった。
しかしそれを、店員さんに言っても理解してもらえなかった。石鹸なら汚れが落ちるはずで、悪化することなどありえないと思い込んでおられたのです。
その思い込みのせいで、いくら訴えてもわかってもらえなかった。こちらの認識が間違ってるだけだと決めつけられてしまった。
これはまさしく「穴」。そう、思考の落とし穴でした。
油でヌルヌルと言えば、こんなこともありました。
こちらも某ファミレスで食事したときの話です。食事と一緒に、持ち帰りのピザも注文しました。
食事と同じタイミングで注文したので、テーブルに持ってきてもらったのもほぼ同時でした。厚紙の箱入りピザで、手提げ袋に入れてもらってあります。
食事を終えた僕は、レジに向かおうと、ピザを手に取りました。すると、手提げ袋の持ち手部分が、ヌルヌルしていました。
厨房の店員さんが、油の付いた手で触ったのでしょう。僕は店員さんを呼び、「ヌルヌルしてるから取り換えてください」と頼みました。
20代前半くらいの男性店員さんは、すぐに対応してくれました。しかし、交換して戻ってくるや、「これでいいか確認してください」と言われました。
僕は、「え、疑われてる?」と思いました。
本当は僕が油を付けたのに、店側のせいにしたと思われた?と。
なぜなら、ピザが来てすぐに油の付着を指摘したわけではなく、時間がたってから交換を頼んだからです。ピザが到着してから交換を頼むまで、そこそこ時間があった。
ピザの到着とほぼ同時くらいに食事を開始したので、10~20分くらい時間がたっています。それだけ時間が開いているので、そのあいだに油の付着があった、つまり客である僕が油を付けた張本人だと思われる余地はあるわけです。
しかし、僕はそんなことはしていません。油をピザの袋に飛び散らせてなどいないし、ちょうど食事を終えたタイミングでヌルヌルに気づいたのです。食事中はピザの袋にいっさい触れていませんでしたから。
ですがそれを証明する手立てはない。僕が油を付けたと疑われてもやむを得ない状況ではあります。
「これでいいか確認してください」というのは、「これでもう油が付いているとは言わせない」ということです。その確認によって、袋に問題がないことが明確になるわけですから。
「アンタが自分で油を付けたのに、こっちのせいにしたね。でも確認がすんだらこれ以上文句は言わせないよ」。そう言われた気がしたのです。
いや、これは僕の考えすぎだったかもしれません。店員さんは、あまり深い意図はなく確認を求めたのかもしれない。もしくは、「ちゃんと交換しましたよ、これでいいっすか?」みたいな、「仕事キッチリこなしましたよアピール」として訊いただけなのかもしれない。
ですが僕は、とっさに疑いの目を持たれているのではないかと思ってしまったのです。そして、少し背筋を寒くしながら袋の持ち手を触り、「大丈夫です」と答えました。
疑われていたのか、単なる業務上の確認だったのか。真相は不明です。ただ、男性店員さんに、笑顔はありませんでした。
僕は物事を考えすぎてしまうきらいがあります。この件も、考えすぎだったのかもしれない。
しかしとっさに疑われていると思ってしまい、ちょっとだけゾッとしたのです。何もやましいことがないのに疑われていると気づいたとき、なんとも言えない嫌な気持ちになります。いたたまれないような、気まずいような。
相手が本当に疑っているかどうかが判然としないので、なおのこと落ち着かない感情になるのです。疑っていることが明確だったら反論、もしくは自己弁護することもできますが、それがハッキリしていないなら何の言い訳もできません。
「疑われていたのかな、気のせいかな」と、延々考えつつ帰宅したのです。
油が付いていたばかりにこんな目に・・・。
油ギトギトの食いもんは大好きだ!だが周囲に付着させるのはカンベンしてくれ!
僕もそろそろ油売るのをやめて、油を売りに行ってきますよ。と~うゆ~♫