徳丸無明のブログ

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差別の対象――「属性」と「状態」

2021-06-05 23:07:04 | 時事
日本でも徐々にコロナワクチンの接種が拡大しています。理由はわかりませんが、日本はワクチンの獲得競争に出遅れたそうで、1,2ヵ月前までは遅々として進まない感のあったワクチン接種。しかし各所で様々なトラブルを起こしつつも、とにもかくにも接種は進行しており、接種体制も整いつつあります。
で、なかにはワクチンに対する不信やら、個人的な考えによって接種を拒否してる人もいらっしゃるそうです。「特別な理由がない限り国民全員が接種すべき」という空気のある中、それに反して接種を行わないという選択をしているのです。薄々予想していたことではありますが、そんな接種を拒否した人に対し、おもに職場などの集団接種の場で、周囲から攻撃が起こっているとのこと。
具体的には、上司が接種するよう圧力をかける、未接種を理由に左遷したり減給にしたり解雇したりする、など。
これらの事例を、メディアによっては「差別」として紹介しているのです。僕はその定義に違和感を持ちました。
少し解説的な話をします。差別とは、「属性」に対する攻撃のことです。属性というのは、人種とか国籍とか出自とか階級とか性別とか信仰とか性的嗜好とかですね。それらは、基本的に変更することができません。変更することができない、人を規定する事柄に対する攻撃。それが差別です。
変更できないものに向けられた攻撃であるため、それは固定化・長期化し、場合によっては集団化します。差別が根深い問題と言われるゆえんです。
対して、ワクチンを接種しているかしていないかは、属性ではなく「状態」です。接種していない人でも、接種すれば「した人」になる。容易に変更できます。
状態は属性と違って容易に変更することができる。容易に変更できるものは属性ではありません。属性と状態はまったく違う。
ですから、状態に対する攻撃は、差別とは言えません。それらは、中傷、もしくは嫌がらせと呼ぶべきものです。
僕ももちろんワクチン拒否者の意思をできるだけ尊重すべきだと思うし、彼らに対する攻撃を憂いていますが、それとは次元の違う問題として、言葉遣いはできるだけ正確であるべきだと考えています。差別という言葉の定義も、厳密でなければならない。それは深刻で繊細な社会問題と絡んできますし、定義が曖昧であるせいで本質の理解を誤ってしまうかもしれないからです。
「属性」と「状態」は違う。差別は、属性に対して行われる。
そこを間違えないようにしましょう。