NHKで、BS1スペシャルに事実と反するテロップ(字幕)をつけたという事件が起きた。お金をもらって東京オリンピック反対のデモに参加したという字幕をNHKがつけたのである。第5波の新型コロナ禍で東京オリンピックを強行する必要があるのか、と思っていた私にとっては、許しがたい侮辱である。
昨年の暮れ、12月26日にBS1スペシャル『河瀨直美が見つめた東京五輪』の初回の放送が、12月30日に再放送があった。問題の字幕は男性が歩いて来て取材を受けるシーンである。
歩いているコマに、「五輪反対デモに参加しているという男性」という字幕を入れた。取材を受けるコマには「実はお金をもらって動員されていると打ち明けた」という字幕を入れた。
取材のコマではつぎの音声を流した。
男性 「デモは全部上の人がやるから書いたやつを言ったあとに言うだけ」
取材者「デモいつあるかは どういった感じで知らせがくるんですか」
男性 「それは予定表もらっているから それを見ていくだけ」
この字幕について視聴者から 本当か、やらせでないか、の問い合わせがNHKに殺到した。それで、調査が始まった。
このBS1スペシャルは、番組の公式サイトにはつぎのようにある。
「東京五輪公式記録映画で監督を務める河瀨直美さん。五輪が私たちの社会に残したものとは。映画の制作を通じてその問いと向き合う河瀨さんを密着取材。」
そうするとNHK取材の対象は監督の河瀨直美とそのスタッフ、そして彼女が取材した映像であるはずである。そうでなければ、番組に入れる必要がないシーンである。
ところが、視聴者の問い合わせがあってから、1月9日、はじめて、NHKはそのシーンを彼女に見てもらった。彼女はそんなもの取材したことがないという。彼女は1月10日にNHKに抗議の文書をだした。
むかし、私は依頼があって講演をしたこともあるか、開催者がテープから書き下ろした原稿を送ってきて、講演者に了承を取ったものである。密着取材と言いながら、取材される河瀨が知らないシーンが入っているなんて、番組公式サイトの趣旨に反するのではないか。
2月10日にNHKが公表した調査報告では、つぎのように書かれている。
「男性とは、2021年7月23日、映画スタッフが都内を取材中に、はじめて会いました。同行していたカメラマンによると、通りかかった男性から映画スタッフに声をかけてきたと言うことで、映画スタッフはその場で後日インタビューする約束を取りつけたということです。」
ここで映画スタッフとは公式記録映画のスタッフである。
この後、8月7日に映画スタッフが公園で男性を撮影するところを、NHKディレクターが撮影したという。この男性は、何か報酬を期待して声をかけてきた かもしれない。NHKディレクターが撮影というが、音声の収録は誰がしたのか。NHKの番組スタッフと公式記録映画スタッフとの関係が曖昧である。
また、男性の発言「デモは全部上の人がやるから」の「上の人」とは誰のことなんだろうか。NHK報告書は「上の人」とは何かを確認していない。しかし、この「デモ」が東京オリンピック反対のデモか、を確認している。NHKディレクターによれば、この「デモ」は一般のいろいろなデモのことを言っており、2000円から3000円もらうこともあると男性が言っていたという。
もしかしたら、男性は取材謝礼をもらうために作り話をしているかもしれない。デモに参加したことで、お金をもらえるなんて、常識で考えてありえない。また、「書いたやつを言ったあとに言うだけ」という言葉も、意味不明である。
ディレクターは「問題が発覚する」まで男性の連絡先を把握していなかった。その後のNHK調査で東京オリンピック反対のデモに男性が参加していないことがわかった。
番組放映の前に、12月7日にチーフプロデューサーが内容を確認していた。そこでは、「かってホームレスだった男性」と「デモにアルバイトで参加していると打ち明けた」との字幕があった。
チーフプロデューサーは、この「デモ」は東京オリンピック反対のデモかと質問したという。たぶん、プロデューサーは東京オリンピック反対のデモでなければ、番組に挿入する必要がないと考えたのだと思う。また、「ホームレス」という言葉も気になったのだろう。
そして、最初に紹介した字幕、「五輪反対デモに参加しているという男性」「実はお金をもらって動員されていると打ち明けた」に変わって、12月26日に放映された。
朝日新聞の2月9日(水)の11面の多事奏論で論説委員が、この件で、NHKの現状に根深い問題があるのでは、と指摘している。
私には、小さなウソが、人を経るごとに大きなウソに変わっていく過程のようにも見える。問題は、お金をもらってデモに参加するという偏見がNHK関係者にあったということだ。常識によるチェックが働かなかった。
とにかく、NHKは2月10日に公表した調査報告にもとづき、6人に懲戒処分を下した。
- ディレクター 停職1カ月
- チーフプロデューサー停職1カ月
- 専任部長 14日の出勤停止
- 上司局長代行ら3人 譴責