猫じじいのブログ

子どもたちや若者や弱者のために役立てばと、人権、思想、宗教、政治、教育、科学、精神医学について、自分の考えを述べます。

「物価上昇と賃上げの好循環」はあり得ない

2023-09-29 02:13:37 | 経済と政治

岸田政権は、これまで、「物価上昇と賃上げの好循環」を言い続けてきた。本当にそんなことが歴史上起きたことがあるのか、私は疑問に思っている。もちろん、物価上昇と賃上げが同時に起きたことがあるだろう。しかし、それが「好循環」と言えるだろうか、ということである。

物価が上がるということは、市場の売買に不安定をもたらす。そうすれば、弱者が生きていくのがより困難になる可能性がある。

実質賃金という概念がある。その賃金でどれだけ物やサービスが買えるかということである。物価が上がって賃金が上がっても、その賃金で買える物やサービスの量や質が下がれば、実質賃金が下がったことになる。

また、発表される実質賃金は平均値である。ある人は前より豊かになり、ある人は前より貧しくなるかもしれない。平均値ではそこまで見えない。

さらに、政府の発表では、政権党にとって有利なように、実質賃金の計算に細工しているかもしれない。たぶんそうだと私は思う。それにもかかわらず、この30年、政府の発表でも実質賃金は下がっている。

私は、「物価上昇と賃上げの好循環」と岸田政権が言うのは、現在の「物価上昇」に無策であることを隠すために、不可能な「物価上昇と賃上げの好循環」をキャッチコピーにしただけと見ている。

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日本銀行は、9月22日の金融政策決定会合で、大規模な金融緩和を続けると決めた。植田和男日銀総裁は、会合後の記者会見で、つぎのように、この決定の奇妙な説明をした。

「(物価目標の)安定的な達成には、強い需要に支えられ、賃金と物価が好循環を続けることが必要。そこの確認に時間をとっている」(9月23日朝日新聞)

物価目標の達成とは、年2%の物価上昇のことである。物価は、値動きの大きい生鮮食品をのぞいても、政府発表で1年前より3.1%上昇している。食べていくだけの生活を送っている私には、食品の価格が10%も上がっているように感じる。

この物価上昇は、安定的な2%のインフレでもなく、また、需要を引き起こしていないから、安倍政権時代の「異次元の金融緩和」を続けると、植田は言っているのだ。その結果、日本の円安は続くのである。ここ数日、1ドル149円台で推移している。

日本は多くの農産物を輸入したり、あるいは、日本の農産物を中国や東南アジアで加工して再輸入しているから、食品は値上がりせざるを得ない。この値上がりは、日本国内の労働者の賃金の上昇によるものではない。

円安は実質賃金の切り下げを招くだけである。

「物価上昇と賃上げの好循環」はあり得ない戯言で、問題解決には、各企業の成果の分配を変えての賃上げか、不労所得の課税強化や福祉や生活保護などの社会的再分配しかないのだ。

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「物価上昇と賃上げの好循環」という戯言は、いまや、岸田政権以上に、経団連が強く主張している。今年の4月26日に経団連は、報告書『サステイナブルな資本主義に向けた好循環の実現~分厚い中間層の形成に向けた検討会議』を出している。「好循環」とは「物価上昇と賃上げの好循環」のことである。ここでは、「能力のある者に高い賃金を」と言って、格差の拡大を肯定している。これが「分厚い中間層の形成」である。中間層とは国民の3%のことなのか、10%のことなのか、30%のことなのか。

政府がとるべき政策はあくまで国民全体の生活レベルの底上げである。日本国憲法の第25条 

「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。○2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」

の「健康で文化的な最低限度の生活」を上げていくのが、国の務めである。これこそが、需要を拡大し、経済を活性化するであろう。

[追記]

政治家は「好循環」と言葉を意味もなく使うようだ。9月29日に自民党政調会長の萩生田光一が党内の会合で「大胆な投資などを推し進め、成長と分配の好循環を加速させたい」と挨拶した。ここでの「投資」は「補正予算の財政出動」のことをいう。「成長と分配の好循環」なんて起きてもいないのに、「加速」と言っている。自民党は国民のお金を自分のお金のように思っている。


AIに感情は不要、道具として有用であること

2023-09-26 23:03:49 | 脳とニューロンとコンピュータ

きのうの朝日新聞で、AIは感情を持てるか、という特集をしていた。このような記事を1面と2面にもってきた朝日新聞編集部の意図が、私にはわからない。

科学の問題としては、人間の心を探るために、コンピューターを使ってシミュレーションする意義はある。

たとえば、自然言語を学習する機械(たとえばChatGPT)があたかも感情をもっているかのように見えたら、感情は言語の学習によって作られるものになる。もちろん、そういうことはないと私は思っている。学習で得られるのは社会的儀礼としての喜怒哀楽にすぎない。

いっぽう、マーク・ソームズは『意識はどこから生まれてくるのか』(青土社)のなかで、魚類から人間まですべての脊髄動物に共通した構造のなかで自我意識が生まれていると述べている。また、すべての哺乳類は類似の感情を持っていると言う。したがって、感情は非常に簡単な仕組みで生じていて、AIでシミュレーションできてもおかしくない。

しかし、本当の問題は別にある。

現実のAIは商品として開発されている。したがって、AIに感情を持たすより先に、現実のAIは有用な道具でなければならない。道具としてのAIには、(1)誰にとって有用なのか、(2)品質を保証できるか、の問題がある。

問題(1)は、さらに、誰かに有用な道具は誰かに危害を加えないかの問題に発展する。AIによって不利益をこうむった人たちは、そのAIを使用した者や開発した者を訴訟する権利をもつ。では、そのAIによる不利益をどう立証するか、どれだけの処罰か、民事だけなのか、刑事罰は不要なのか、ということを、法的に整理する必要がある。

AI以前のデジタル検索でも、検索アルゴリズムの作る偏りで、ヨーロッパのある女の子が自殺に追い込まれたという記事を 先日 朝日新聞で見た。その件の裁判はどうなったのかを私は知りたい。

問題(2)に関しては、学習型のAIの品質保証は容易でない。確率的にもっとも適切だとアルゴリズムが思う対処をしているだけで、個々には、AIがくだす対処が適切でないかもしれない。確率も、学習した資料データの統計頻度に基づくだけで、その資料データが適切でないかもしれない。

道具のAIの品質が保証が簡単にできないとすれば、政府や企業がそれを安易に使っていいのだろうか、倫理的に問われると、私は考える。

[関連ブログ]


「ありのままの自分で良い」「個性だ」と言われも、うれしくない

2023-09-25 21:11:31 | こころ

日本社会では、コースが決まっていて、コースから外れるとなかなか戻れない、と多くの人が思っている。やり直しがきかないと多くの人が思っている。

ことし、週刊女性と朝日新聞がそうでないという記事をのせた。

藤井健人は、中学校時代に不登校で、定時制高校しかいけなかった。が、そこで、普通になりたいと猛勉強をして、早稲田大学、東京大学大学院に進み、定時制高校の教諭を経て、今年、文科省のキャリア官僚になったとのことである。

一見、めでたし、めでたしのようだが、彼はもう少し問題をえぐった発言をしている。

<不登校だったころ、周囲から「人と比べる必要はない」「ありのままの自分を大切に」というような言葉をかけられることがありました。>

「普通」になりたいと願っていた彼は、それらの言葉をうれしいとは感じなかったと言う。現状を変えたいという意欲をくじくものだと言う。

<当時、「不登校も個性や多様性なんだよ」という言葉をかけられることもありましたが、こうした言葉にも抵抗感がありました。>

彼は、望んで不登校になったわけではなく、「普通になりたいのに、なれない」という葛藤にたいして、何の慰めにもならないと言う。

じつは、私は、NPOでうつ状態の子どもに接すると、「自分を肯定して欲しい」と思うことも多い。

斎藤環と與那覇潤も『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』(新潮選書)で適度にあきらめることを「成熟」として勧めている。

斎藤と与那覇が「あきらめる」ことを勧めるのは、社会は変えられないが、自分は変えられるからだという。やはり、心を病むことを心配している。

私が「自分を肯定し欲しい」と思うのは、社会から排除された子どもたちが、自分を責めがちだからだ。自分は悪くないと思ってほしい。少なくても、社会が悪いと思ってほしい。

藤井健人が「普通に戻りたい」という強い思いで、不登校から脱出し、早稲田大学、東京大学大学院に進んだことに、彼の精神力の強さを私は賞賛する。しかし、これは「普通」ではない。

彼はこれからキャリア官僚になる。強い自分を基準にすることなく、弱い普通の人がやり直しできる社会を作ってほしい。

参照記事


線幅7ナノメートルのチップをファーウェイがスマホに搭載、半導体戦争

2023-09-23 18:07:00 | 科学と技術

9月の始め、中国の中国通信機器大手ファーウェイ(HUAWEI)が 最新スマートフォン「Mate 60 Pro」に高性能の半導体チップを搭載した、とブルバーグとロイターが報じた。高性能とは、線幅7nm(ナノメートル)のチップのことである。チップは中国メーカのSMICが生産していた。

このニュースは、いろいろな疑問を私に投げかける。

アメリカは中国メーカのファーウェイとSMICへの半導体技術の輸出規制をかけている。ブルバードとロイターは、中国が独自に高性能の半導体チップ生産技術を確立したのか、それとも、誰かがアメリカの対中国輸出規制を破ったか、問うている。

いっぽう、私には、アメリカの半導体技術の中国への輸出規制は正当なことかという、疑問がある。

また、線幅7nmとは、どれだけ難しい技術なのか、という素朴な疑問もある。

さらに、台湾、韓国、中国と比べて、日本の半導体チップの生産技術はどの程度のものか、との疑問も浮かぶ。これは、日本が高性能のチップをなぜ大量生産できないかの疑問につながる。

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ITの会社を退職して15年の私にとっては、線幅7nmの半導体チップは驚異的なものである。7nmとは、0.000007㎜(ミリメートル)である。

半導体チップを量産するためには、シリコンウェハーの上にスタンプを押すように電子回路パターンを刻んでいかないといけない。私の若いときは、光学的な写真技術と同様に、回路パターンの刻んだガラス乾板(マスク)を、感光材のぬったシリコンの上に、レンズを使って縮小投影して、感光した部分をとり除く、あるいは、感光していない部分をとり除いて、回路を刻んだ。出来上がる線幅は、光の波長が限界となる。それで、紫外線(380nm以下)を使うようになった。

より波長の短い光源、それを曲げるレンズ素材、対応する感光材とエッジング技術を求めて開発競争が始まった。

線幅12nmがレンズによる限界と言われる。そこまでは、屈折率の高い液体の中で露光する技と合わせて実現できた。ところが、それ以下では、レンズを使って実現できない。10nm 以下は、昔はX線と言っていた波長だ。

望遠鏡に反射望遠鏡があるように、じつは、レンズを使わないでも、光を集約できる。10nm以下の線幅のチップを作るには、反射鏡を組み合わせた露光装置を使う。ところが、この露光装置を製造している会社は世界でオランダのASMLの1社だけである。日本のニコンも露光装置を販売しているが、レンズ系で、10nmの線幅を実現できていない。

9月20日のロイターの記事では、誰かが輸出規制を破ったのではなく、中国のSMICが独自にその技術を開発したと研究者らが称賛したと報じている。

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それでは、線幅7nmが最先端のチップだろうか?答えは否である。

私が、昨年の3月、通信事業のauからタダでもらったスマホ、格安のOPPO A54 5Gのプロセッサーは線幅8nmだ。

現在、最先端のスマホは線幅3nmのチップを使っている。ただ、価格帯が20万円近くのスマホになると息子はこぼしている。高いのである。

インテルの最新チップも3nmである。

台湾のTSMCは線幅2nmの量産を目指して工場を台湾内に建設中である。シリコン原子とシリコン原子の結合距離は0.235 nmであるから、線幅は限界にほぼ近づいている。

たぶん、今後は、線幅より、生産コストが課題になると私は思っている。

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日本のチップ量産の実績は線幅40nmである。日本は世界の量産技術から大幅に遅れている。

日本の自動車業界は、サプライチェンの安定確保の観点から日本政府に働きかけ、台湾メーカTSMCの工場を熊本に建ている。日本政府による資金援助やインフラ整備のもと、来年の末には、TSMCの工場が 日本で 線幅12nm、16nm、22nm、28nmのチップを生産する予定という。

いっぽう、昨年の12月、日本に国産の新会社ラピダスが立ち上がった。2027年に線幅2nmのチップを量産するという。大前研一、古賀茂明はラピダスが必ず失敗すると言っている。私も成功が難しいと思う。

量産技術は現場の経験がものをいう。それに、どれだけ安く量産できるかが、今後勝負になる。資金が続くかに加え、台湾、韓国、中国がどうやって生産コストを抑えているか、の研究をしているのだろうかが、私には疑問である。

1980年代、日本の自動車メーカーが破竹の勢いで低価格の車を生産したとき、アメリカの研究者たちはトヨタの「ジャストインタイム」生産システムを調べ上げ、アメリカの自動車産業を復活させた。

日本の経営者が半導体チップの量産技術に投資しない理由は、1つはアメリカ大手の経営戦略をまねていること、1つは価格競争に勝てる自信がないことである。

20年前から、現場経験のある日本の技術者は、台湾、韓国、中国にちらばって、それぞれの国のメーカーが半導体チップの量産体制を立ち上げるのを助けた。現在、ときはすでに遅しで、日本に現場経験のある技術者は少なくなっている。

失敗を広げないためにも、日本の経営者には、半導体チップ量産の周辺技術、製造装置、測定装置、材料の現場の技術者を大事にしてほしい。

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アメリカ政府は、半導体チップを軍事技術として、中国への製品や技術輸出を禁じ、それを日本を含む他国に強要している。私は、それを正しいと思わない。

軍事兵器は消耗品である。格安で大量に生産できる必要がある。最先端の技術の輸出を禁じられても、時代遅れの格安技術で兵器を大量に生産するだけである。

技術輸出を禁じても、世界に広がったサプライチェンをゆがめるだけである。禁じれば、自由競争から排除された国では、採算性を無視した形で、逆に自主技術が成長してくる。だから、自由貿易を守るべきである。

アメリカの民主党は、自国の産業を保護するために、必要以上に中国の危険を強調していると私は考える。

日本政府も、アメリカ政府をまねて、台湾が中国の傘下にはいっても、自動車のチップの供給が途絶えないように、台湾メーカーの工場を熊本に建ててもらっている。これを経済安全保障という。しかし、台湾有事が起きれば、自動車の需要そのものが激変し、チップの供給難どころではないだろう。


経団連会長 の「ジャニーズのタレントが活動継続できる対応も検討を」

2023-09-19 23:38:28 | 社会時評

きょうの夜、テレビの各局が、経団連会長 十倉雅和の「(ジャニーズの)タレントは、ある意味、被害者であって、加害者ではない」「活動を続けられるような対応も検討すべきだ」という旨の発言をいっせいに流した。どのテレビもいっせいに好意的に流したことが、私にはとても気持ち悪い。

本来は、芸能界、テレビ業界にタレントへの「性加害」、性の奉仕、枕営業がはびこっていることを知っていて、日本の企業の多くがCMにそれらのタレントを利用してきたことが、問題である。しかも、ジャニーズ事務所で行われていた少年たちへの性暴力は、裁判でも事実として認定されている。

今回、ジャニーズ喜多川の「性犯罪」が社会問題化したのは、恥ずかしながら、海外のテレビ局、BBCが取り上げたからである。そして、海外が問題視するから、ジャニーズ事務所のタレントをCMに使うのは控えようという各企業の態度は、みずからの倫理感覚の欠如を表わしていて、なさけない。「海外が問題視する」からではなく、「倫理的に許せない」からであるべきだ。

だから、経団連会長の十倉に求められていたのは、日本の多くの企業がジャニーズ事務所を利用したことに対する経済界からの謝罪だった、と私は思う。

にもかかわらず、テレビがいっせいに戸倉の発言を好意的に流したのは、テレビ業界、電通、企業がジャニーズ事務所とずぶずぶの関係にあることへの社会的追求を避けるための、きっかけづくりと、私は考える。

テレビの「ジャニー喜多川氏の性加害問題」という言葉もおかしい。「性加害」という言葉は通常の辞書にない。したがって、仮名漢字変換では登録しないと変換されない。ネット上のweblio辞書には「性加害とは、性暴力の加害者が行った行為や事象を指す言葉として、テレビや新聞・週刊誌などのマスコミが報道する際に用いることが多い表現」とある。

ことの深刻さをぼかすための言葉が「性加害」である。

普通の表現をすれば、「ジャニー喜多川は芸能界にあこがれる少年たちをレイプしまくった」という性犯罪である。

NHKを含めて、性犯罪者の名前に「氏」をつけているのも、オカシイ。

ジャニーズ事務所はジャニー喜多川の性犯罪を知っていて、社会にそれを隠す以外、何も行ってこなかったのだから、その責任を負う。社会が制裁として、ジャニーズ事務所を、その存続ができない状態に、追い込むのも やむえない。

また、ジャニーズ事務所のタレントに本当の実力があるなら、ジャニーズ事務所が潰れても、歌って踊っておしゃべりする公の場に出て来れるはずである。経団連会長の十倉が「ジャニーズ事務所のタレントが活動を続けられるような対応も検討」などと、わざわざ言う必要もない。

十倉が気にすべきことは、タレントが事実上事務所の労働者であるのに、江戸時代の遊郭の女郎のように、労働者としての人権が守られていないことである。すなわち、タレントを労働法で保護されるように法律を制定するよう、国会や政府に働きかけるべきである。