岸田政権は、これまで、「物価上昇と賃上げの好循環」を言い続けてきた。本当にそんなことが歴史上起きたことがあるのか、私は疑問に思っている。もちろん、物価上昇と賃上げが同時に起きたことがあるだろう。しかし、それが「好循環」と言えるだろうか、ということである。
物価が上がるということは、市場の売買に不安定をもたらす。そうすれば、弱者が生きていくのがより困難になる可能性がある。
実質賃金という概念がある。その賃金でどれだけ物やサービスが買えるかということである。物価が上がって賃金が上がっても、その賃金で買える物やサービスの量や質が下がれば、実質賃金が下がったことになる。
また、発表される実質賃金は平均値である。ある人は前より豊かになり、ある人は前より貧しくなるかもしれない。平均値ではそこまで見えない。
さらに、政府の発表では、政権党にとって有利なように、実質賃金の計算に細工しているかもしれない。たぶんそうだと私は思う。それにもかかわらず、この30年、政府の発表でも実質賃金は下がっている。
私は、「物価上昇と賃上げの好循環」と岸田政権が言うのは、現在の「物価上昇」に無策であることを隠すために、不可能な「物価上昇と賃上げの好循環」をキャッチコピーにしただけと見ている。
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日本銀行は、9月22日の金融政策決定会合で、大規模な金融緩和を続けると決めた。植田和男日銀総裁は、会合後の記者会見で、つぎのように、この決定の奇妙な説明をした。
「(物価目標の)安定的な達成には、強い需要に支えられ、賃金と物価が好循環を続けることが必要。そこの確認に時間をとっている」(9月23日朝日新聞)
物価目標の達成とは、年2%の物価上昇のことである。物価は、値動きの大きい生鮮食品をのぞいても、政府発表で1年前より3.1%上昇している。食べていくだけの生活を送っている私には、食品の価格が10%も上がっているように感じる。
この物価上昇は、安定的な2%のインフレでもなく、また、需要を引き起こしていないから、安倍政権時代の「異次元の金融緩和」を続けると、植田は言っているのだ。その結果、日本の円安は続くのである。ここ数日、1ドル149円台で推移している。
日本は多くの農産物を輸入したり、あるいは、日本の農産物を中国や東南アジアで加工して再輸入しているから、食品は値上がりせざるを得ない。この値上がりは、日本国内の労働者の賃金の上昇によるものではない。
円安は実質賃金の切り下げを招くだけである。
「物価上昇と賃上げの好循環」はあり得ない戯言で、問題解決には、各企業の成果の分配を変えての賃上げか、不労所得の課税強化や福祉や生活保護などの社会的再分配しかないのだ。
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「物価上昇と賃上げの好循環」という戯言は、いまや、岸田政権以上に、経団連が強く主張している。今年の4月26日に経団連は、報告書『サステイナブルな資本主義に向けた好循環の実現~分厚い中間層の形成に向けた検討会議』を出している。「好循環」とは「物価上昇と賃上げの好循環」のことである。ここでは、「能力のある者に高い賃金を」と言って、格差の拡大を肯定している。これが「分厚い中間層の形成」である。中間層とは国民の3%のことなのか、10%のことなのか、30%のことなのか。
政府がとるべき政策はあくまで国民全体の生活レベルの底上げである。日本国憲法の第25条
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。○2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」
の「健康で文化的な最低限度の生活」を上げていくのが、国の務めである。これこそが、需要を拡大し、経済を活性化するであろう。
[追記]
政治家は「好循環」と言葉を意味もなく使うようだ。9月29日に自民党政調会長の萩生田光一が党内の会合で「大胆な投資などを推し進め、成長と分配の好循環を加速させたい」と挨拶した。ここでの「投資」は「補正予算の財政出動」のことをいう。「成長と分配の好循環」なんて起きてもいないのに、「加速」と言っている。自民党は国民のお金を自分のお金のように思っている。