(John Maynard Keynes)
経済は、人間の欲望と関係するから、本当のことを言わない議論が多くて、わかりにくいったら、ありゃしない。たとえば、岸田政権や日銀が言う「景気の好循環」がそれである。
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きょう、古新聞を整理していて、3週間前の朝日新聞の『《耕論》賃上げ 今後も続く?』の小峰隆夫の議論に違和感を感じた。
「労働組合が賃上げ求め、経済界も社会的責務だと言い、政府も旗を振っていて国民運動のようになっています」「全員が同じことを言っているときは何かおかしいと考えるべきです」
確かにここまでは一理ある。しかし、小峰はつぎのように言う。
「政府と日本銀行がやろうとしているのは物価が下がり続けるデフレからの脱却です」
デフレとは何かの説明を政府や日銀から聞いたことがない。また、なぜデフレから脱却すべきかを聞いたことがない。
デフレは単に物価下がることではない。一般の人が物やサービスを買うだけの充分なお金を持っていないことである。そのため、売り手は、買い手が買える値段にするため、質の悪いか量の減らしたものを売るのである。したがって、一般の人が貧困化しているということである。これを不景気と言う。
だから、多くの人が貧困化するのを止めることが、政府に求められる。とは言っても、「デフレ脱却」は「物価を上げる」ことではない。それなのに、安倍政権は「インフレ率2%」を目標として「異次元の金融緩和」を行った。
貧困化対策であるべきものが、なぜ、コントロールされたインフレ政策になるのか。これは、自民党政権と財務官僚が過去積み上げてきた政府の借金を、減らすためにインフレ政策をとろうとしているからである。
政府の借金を減らすなら、少なくとも新たな借金をしないことである。巨額の国債を毎年新たに発行しないことである。バラマキをしないことである。
ジョン・メイナード・ケインズは不景気からの脱出に財政出動を提案したが、自民党政権の行なう財政出動は、選挙で自民党に投票する層に儲けさすための財政出動である。特定の層にお金が行くから、いつまでたっても財政出動が、多くの人の貧困化を止められない。
また「異次元の金融緩和」が貧困化を止めることができるという保証もない。企業経営者を甘やかしているだけである。じっさい、アベノミクスは、政府の借金を増やしつづけたが、デフレを止められず、日本社会に、人々の経済格差を広げた。
小峰は「大規模な金融緩和を続けてもさほど上がらなかった物価上昇率は、ウクライナ危機による石油価格の値上がりを受けて、あっという間に2%を超えました」と言う。
本当に「ウクライナ危機」が物価上昇の主要因だろうか。「円安」が主要因ではないか。
円安は国際的な投資グループによる投機の結果である。日本が投機の対象になったのは、日本と欧米との金利差と、実際に日本の企業が物やサービスの輸出において国際的競争力を失い、国際収支で赤字を続けているからである。
日本の企業はどうして国際的競争力を失ったのか。自民党政権は日本の企業経営者を甘やかしたため、パーティ券の購入など、自民党を支えることに目がいって、企業が競争力をもつことへの努力を怠ったからである。国外にサプライチェインを求め、国内に雇用を求めなかったからでもある。現場でのものづくりをしないと、技術革新なんて生まれない。
小峰はつぎのように言う。
「賃金と物価が上がれば実質賃は上がらず、国民生活が良くなるわけではありません」「賃金を上げたからといって好循環が実現するとは限りません」
ここは同意できる。しかし、つぎの主張には注意がいる。
「労使が協調して賃金だけ上がっても、生産性が上がらなければ経済は成長しません」
この「生産性」とは何かが問題となる。技術革新で生産性が上がるのは、時代の産物である。だから、どこでも生産性が上がり、結局、賃上げにつながらない。賃上げは、企業の分配の問題である。企業の収益は、株主のものか、経営者のものか、管理層のものか、労働者のものか、という分配の問題である。「労使が協調して賃金が上がる」というほどの簡単な問題ではない。賃金をコストとして計算する現在のミクロ経済学にそもそも誤りがある。
小峰の「賃上げは物価上昇率と企業収益、労働需給の3点決まる」もおかしな論理である。
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安河内賢弘のほうが、本当のことを言っていると思う。
「(労組は)雇用維持などのために賃下げや非正規労働者の拡大を受け容れ、最終的にはリストラも認めたこともあった。果たして雇用が守れたのかという点は、反省する必要があります」「(労組が)緊張感ある労使関係をつくり、自負と責任をもって運動を強化することが大切です」
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経済は人間の活動であるから、人間の欲望の衝突を排除できない。本当のことをいって、議論しなければ、解決策を見つけられない。
岸田文雄の言う、物価上昇と賃金上げとその価格転嫁という「好循環」は、急激な「物価上昇」による国民の自民党離れを恐れての、新たなウソにすぎない。岸田政権も、政府の借金を減らすために、あくまで、インフレを望んでいる。2%が公平なインフレ率であるかの本音ベースの議論が必要である。国際的投機から、どのようにして日本経済を守るのかの真面目な議論が必要である。
ナチスが台頭するまでの20世紀のドイツの歴史を追うと、結局、SPD(ドイツ社会民主党)の労使協調路線が国民の潜在的不満をため込み、世界的不況を契機に、1930年からの急激なナチスの台頭を招いたとも解釈できる。1928年の選挙では、ナチ党は、全投票数のうち、わずか2.6%しか得ることができなかった。それが1932年に37.3%を得て、ナチ党は議会の第1政党になった。