1月1日付の朝日新聞、オピニオンの面に『「覚悟」の時代』というインタビュー記事があった。この「覚悟の時代」という言葉に、私はずっと違和感を持ち続けている。なぜ、朝日新聞はこんなテーマを選んだのだろうか。編集委員が頭がおかしくなっていないだろうか。
インタビューを受けて、宗教学者の山折哲雄は、言葉の説明で逃げているような気がする。
「覚悟」は仏教用語で、「迷いをすて悟る」ことを意味すると山折は言う。そこから、「死の覚悟」「武士道」「葉隠れ」に話が広がっている。見当違いの方向に暴走しているのではないか。サムライとはロクな者ではない。暴力集団にすぎない。
「死」とは「永遠の休息」であり、すべての人に平等に訪れるものである。私に心残りがあるとすれば、「死」によって、周りの人をもう助けることができないということである。
言葉にはニュアンスというものがある。ネットのOxford Languages and Googleによれば、「覚悟」とはつぎのことらしい。
- 危険なこと、不利なこと、困難なことを予想して、それを受けとめる心構えをすること。「赤字覚悟の低価格販売」
- 仏語。迷いを脱し、真理を悟ること。
- きたるべきつらい事態を避けられないものとして、あきらめること。観念すること。「覚悟しろ」
- 覚えること。記憶すること。
岸田文雄は、2021年9月13日に自民党総裁選の出馬にあたって、『「信頼」と「3つの覚悟」に基づいた外交・安全保障』を公表している。
1.民主主義を守り抜く覚悟
- 台湾海峡の安定・香港の民主主義問題
- ウイグルの人権問題に毅然と対応(人権問題補佐官新設)
2.我が国の平和と安定を守り抜く覚悟
- グレーゾーン事態に対応する法整備の検討
- ミサイル防衛能力強化の検討
- 経済安全保障も含めた国家安全保障戦略の見直し
3.人類に貢献し国際社会を主導する覚悟
- 核軍縮・核不拡散体制の強化
- DFFTの推進・担当大臣の設置
何もしない無難な人というイメージで自民党総裁、日本の首相になった岸田文雄が出馬時にこんなトンデモもないことを言っていたのである。今年の1月1日付の年頭所感でも「覚悟」という言葉を使っている。岸田は「覚悟」を「決意」という意味で使っている。自分が「行動の人」と思われたくて熟慮もなく動き回る迷惑な人なのだ。
朝日新聞の編集部は読者に何を覚悟せよ言いたいのか、私には理解できない。
「死の覚悟」より、「合理的思考」「柔軟な思考」をもって、「武力による国際紛争解決」への道を止めるべきでないか。岸田文雄は、いま、日米同盟のもと東アジアの秩序を武力で守ると、アメリカ政府に約束している。軍事費を2倍にするというのもアメリカ政府への約束である。