Sydney Yajima


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景気の回復とは・・・

2009-03-21 21:18:09 | 世界情勢
景気の回復とは・・・


ベン バーナンキー議長が、アメリカドルを、さらにサプライを増やして、それが市場に必ずしもプラスの反応にはならなかったことは、すでに書いた。ベンに言わせてみれば、これは景気回復を目指して行ったものではなく、やらざるを得なかったのだ。と、なる。

参照

景気の回復は、政策をいじることと金融をいじるということも大事だが、一番基本になる、レッグ (脚)が回復しなければ、ありえない。

レッグとは、非雇用率である。もし、今のように10%を越える失業者を、アメリカが何年もかかえ続けていたら、どうなるか?日本では、4.2%程度を推移しているようだ。これは過去に比べて、高いほうだが、それでもまだまだ、アメリカやオーストラリアに比べたら、ましだ。(オーストラリアはすでに5%を超えている・・・ただしこの国は、まだ景気後退を発表していない。まだまだ我々は景気後退にはなっていない、なぜならここはラッキーカントリーだからだ。という理論で裏づけはない。)参照

失業率が、国の根幹を左右するという考え方に、立って、国益、国策、将来、の三点をきちんと抑えて考えるときだ。
日本の産業の中心が、今までは製造業などのハードが中心であったが、これからは、金融と技術開発、そして、教育などの、ソフトに移行しているといわれる。
参照:参照

知的財産という表現でここでは行われている。だが、問題は今の日本人にはそんな気概はないのではないだろうか?という点だ。

考えるために、何かを創造するために・・・そこには莫大なエネルギーが必要になる。周りに何でもあり、欲しいものはあまりないという状態にいると、人間は求める力がなくなる。飢餓を経験したことのない、世代と、経験したことのある世代は、欲の強さが違う。その欲が、時には、悪を行わせたり、あるいは創造というものに昇華させたりと、使い方で、随分形が変わってくる。

日本は、一度 第二次世界大戦のあと飢餓状態におちいった。これが、戦後の復興のエネルギーであったのだとしたら、これからやってくる初めて経験する大恐慌に(今度の恐慌はもしかすると、1930年を超えるかもしれないと私は 最近思い始めてきた・・・なぜなら、失業率が増えこそすれ、減る様子が無いからである・・・とすれば、底がいつかというのは、まだまだ早すぎる議論だ)

消費物価や、インフレ率、それに、為替や、利率、長期債権にマネーサプライなど、様々な数字が飛び交うが、基本は雇用だ。仕事が無ければ収入がなくなるのは 当たり前の話だから。

景気のいいときは、フレキシブルに出勤できて、ボーナスは当然もらえるし、会社の帰りには気の利いたバーで、一杯やってくるなど、普通のことだったかもしれない。が、今は、形が変わってきている。

様々なところに影響が出てくるのは、時間がたってからで、また、元に戻って、その発信地に帰ってくる。そのころには、多くの倒産企業がすでに列をなしている。

GMもクライスラーも、大変な時期だ。参照:参照
さらなるコストカットをしなければ、援助が受けられない。しかしコストカットは同時に、失業者を生む。失業者は、生きている人間で、彼らや彼女らが、仕事を失う前は、毎日、レストランでステーキを注文して、食べていた人が、仕事を失ってからは、自宅でミンチ肉を食べるようになり、やがて、それが、フードスタンプをもらわなければ生活できなくなり、ミンチではなくただのパンになる。とういう流れでどんどんと、消費が減っていく。今までレストランは満員だったのに、これを境に、閉店していく。
これが結局は消費物価に結びつき、消費がなくなると、デフレという恐怖におびえることになる。

私はデフレを、本当に恐ろしいものだということが、まだ、実は分かっていない。もちろん、理論は読んでいるし、理屈は分かる。だが、デフレになっていく過程で、すでに失業率が増えていくのだから、もっとそれから悪くなるのか?あるいは、デフレによって格差が広がるのが、正しいフィルターとして機能を果たすのか?もしかすると、人間のリスク プロフィールが、年代別、世代別に分かれていくことを、無視しているのではないか?あるいは、物価指数が変われば当然、リスクのとり方も個人によっては、違ってきてかえって、経済が活性化されることにもなるのではないか?と疑問が山積みなのだ。なぜなら、経験則がないことと、また、それが一般市民の80%が苦しむインフレに比べて、どちらかというと資産が減ることを怖れる有資産者層の20%にもっとダメージが大きいのだから、恐ろしいと感じるのは、こちらのほうの人たちではないか・・・?とすれば、マスコミが宣伝するのは、富める人たちの利益になることではないか? などと思うのだ。もちろん、うがった見方である。だが、経験の無いことを理論だけで、危険だと決め付けることも、間違っているとも思う。