中秋の名月そして「招待所」の思い出

2018-09-24 11:02:43 | 日々思うこと

今日は中秋の名月。

薄は用意できたけれど萩はなし。ちょっと貧弱だけれど、お月様には

我慢していただく。

里芋を煮て、お団子の代わりに「お月見」というセットのお菓子が

売っていたのでそれを買ってきた。

でも、天気予報によると今夜のお天気はやや心配。もしかしたら無月に

なるかもしれないが雨月にはならないであろう。せっかくだからちょっと

雲の間から顔を見せてもらいたい。******

今朝新聞を読みながら聞くともなしにTVをつけたままにしていたら

中国の美人女優が今は「招待所」に軟禁されているのではないかと言っていた。

「招待所」は懐かしいというか、辛い思い出がある。

昔、夫とシルクロードへ15日の日程で出かけた。

西安に4日間滞在して見物後、飛行機で烏魯木斉(ウルムチ)に飛ぶ。

ウルムチで博物館やバザール、牧場、カザフ族のパオなどを見学して宿泊。

トルファンへ移動。火焔山、古墳、いくつかの故城、博物館、カレーズなど

に立ち寄り、翌日は飛行機で敦煌に行くはずであった。ところが飛行機が

飛ばない。砂山公園などを見学したけれど、結局とりあえずバスでハミまで

移動。朝、1時半にハミの招待所に入ってそこで宿泊した。

翌日9時に招待所を出発、敦煌に着いたのは夕方5時。

バスの運転手は帰りのことも考えていやがったそうだけれど、中国の

ガイドと日本の添乗員が頼みまくり、チップを積み上げてやっと了解

してくれたらしい。添乗員は沢山のレトルト食品を持参していて

それらを招待所で食べさせてくれた。大変だったと思うが優秀な

添乗員であった。(ワールド航空サービス)

その後は順調に莫高窟、陽関などを見物し、酒泉に泊まり、嘉峪関などを

見物して蘭州へ、黄河遊覧などをしたり、見物して広州でも宿泊。

その後、香港に泊まり翌日帰宅した。

長い長い天山山脈の下の真っ暗な砂漠を夜通しバスで移動し、招待所で

1夜を過ごした記憶は生涯忘れられない。

「招待所」もそのころとは様子が変わっているらしいが、あの広い中国の

どこの招待所に彼女はいるのであろう。

 

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あなた いったい どうして・・・

旅先のホテルで夫が倒れた。 それから12年の年月が流れた。 わたくしは・・・