そんな中に、原子力発電所があった・・・・
信じられない最大級規模の地震、その後信じたくない悲惨な状況が報道されている。破壊的な地震・津波は壊滅的規模、それに増して今原発事故心配が襲いかかっています。目を覆う現実とは信じがたい悲惨な状況がすべてのチャンネルでで放映されています。津波、火災。まるで地獄絵。断水、停電、寒さ、食糧難、今でも音信不通。絶句です。
水戸に住む姪は夫が出張中で赤ちゃんと三歳を抱えてとても大変だったようです。無事でした。
札幌でさえ、
3月11日14時46分、我が家は小学校がインフルエンザ学級閉鎖で一階教室にはいつもより早く子ども達が来ていた。スタッフさんはまだ来ていなかった。一瞬、目眩再発かなと不安を感じたが・・・違った。ここは地盤が悪い泥炭地で普段でもトラックが通ると地震かのように揺れる。今回は静かで大きくうねるような横揺れ震度3、長かった。
内心はドキドキだが落ち着いたふりで大丈夫!と・・・時間が経って子ども達が入れ替わり満杯になった頃、もっと大きな揺れが数回、それでも震度4だった。子ども達が無事なように、、、パニックにならないように。終わるまで緊張の連続だった。ここだからそれで済んだのが、その日現地で同じ時間を過ごした人々は無事か・・・もしやと思うとつらくて想像できない。祈るしか無い・・・これから出来ることは。
今も地震の情報が流れています。
JR横転。余震が。救助できた・・・。遺体が200体発見・・。
放射線漏れが顕著と。時間が経つにつれ数値が甚大に変わってきます・・・・
たまたま数日前から読んでいた
絵本 パパラギ―
はじめて文明を見た南の島の酋長ツイアビが話したこと
そのなかの1ページ
「パパラギはいつも、ますます大きな奇跡を生み出そうとしている。たくさんの人々が夜まで机に向って、どうすれば神さまに勝てるかと考えている。
だが、事前の力は機械より大きい。だれがいつ死ぬかを定め、太陽や、水や、火を動かしている。パパラギはだれひとりとして、月の出を、風の向きを、思いのままにはきめられない。
えらい紳士のたちの小屋は、巨大で、美しく飾られているが、大自然がつくったハイビスカスの花やサンゴの森にはかなわない。生きている血のあたたかさがないからだ。
腰布を織ることはできるが、クモの糸の美しさにはかなわない。
つまり、パパラギの行う奇跡はとるに足らないということだ。
彼らの奇跡は、どこか不完全なのだ。彼らの機械も、見張りがいないと働こうとしない。
そしてどの機械も、内に秘密の呪いを持っている。・・・・・・・後略・・・・・・・・」
最近はむかし読んだ手元にある本を新鮮に読み返してます。「パパラギ」も手元にあるのですが、この和田勉さんが抜粋した文章は珠玉です。その他、何処を読んでも琴線に触れます。
「 時間はぬれた手の中の蛇のようなもので、しっかりつかもうとしてもすべり出てしまう。追いかけても遠くへ行ってしまう。
私たちは一度も時間について不平を言ったことはなく、時の来るままに時を愛してきた。時間が苦しみや悩みになったことはない。
私は彼らに教えてやりたい。日の出から日の入りまで、ひとりの人間には使いきれないほどたくさんの時間があることを。」
~~~絵本パパラギの最終章~~~
「私はパパラギに呼びかけよう。
近づくな。
ほかの人びとより豊かになりたいという欲や、意味のないたくさんのことや、やたらにものを作ることや、なんにもならない知識など、そういうガラクタを持って私たちに近づくな。
そんなものは私たちには必要がない。私たちは自然の大きな力からたっぷりいただいた美しい喜びで、十分満足している。
自然の大きな力は、私たちが迷わないように、光で道を照らしてくれる。
自然の大きな力が照らす光。それは愛しあう心、あいさつをいっぱいくわえた心のことである。」
1915年頃サモアの酋長ツイアビはヨーロッパを旅した感想を島の人々に語ったそうです。
その記録を1920年頃詩人エーリッヒ・ショイルマンがスイスで末o版しました。