た む し ば

引越blogで、リンク切れも多々あるようです。古い記事もありますが記録ということでそのままで^^

ラノベ“菜々子さん"の戯曲

2010-08-16 | book
孫疲れとビール疲れか昨日は放心状態の一日、明日からお仕事バッチリ頑張るので今日は「ひだまり」さんの赤羽末吉最終日なので購入での応援に行くことに決めたらこの話題を思い出したから、少々前の話ですが書いておきたくなったので・・・

ライトノベルの略。これは角川スニーカー文庫の話題です。
仕事関係のネット(メール)でお知らせがありました。

題名は
「親ばか話題失礼します」です。 内容は↓
「我が息子の書いた本が、今年の1月に、角川書店学園小説大賞を受賞し、本日角川書店から発売になりました。ヤング向けのライトノベルですが、結構面白いので、よろしかったら、一冊印税に貢献してやってください。書店のスニーカー文庫コーナーに、「優秀賞」の金の帯付き並んでいます。
本の紹介はこちら。
http://www.kadokawa.co.jp/lnovel/bk_detail.php?pcd=201005000153

“菜々子さん"の戯曲  Nの悲劇と縛られた僕
発売日:2010年 08月 01日
定価(税込): 630円
文庫判
ISBN 978-4-04-159510-7-C0193
発行元:角川書店 」

   ということです。
   若者がなにかにチャレンジ!
   応援したくなります。
   で、おせっかいにも紹介いたしました。

   今はネットで立ち読みも出来るのですね~
    ライトノベル初!発売前web全文無料公開中
    twitterでつぶやきながら読める「共有読書」が実現!
第13回学園小説大賞<優秀作>受賞作!!(8月3日16:00まで公開中)
“菜々子さんの戯曲 Nの悲劇と縛られた僕 特集ページ
http://www.kadokawa.co.jp/sneaker/nanako-san/


-------------------------------------------------------
その後、メールにての感想も一人が二回。
通常なら、ライトノベルは決して読まないであろう
ある意味有識者の方がお付き合いで読んだ後の感想コピーです。
参考までに、長いです・・・
----------------------
読後感その1
タイトルは出版に当たって変更されたとか。こっちがいい。うまい!
小説はディテールの積み重ねだとか。ディテールが鮮明で読ませました。すごい才能です。お墓のお花はちょっと変と気がついたのですが、息子さんが若い男性だから我が家の息子同様花のことは分からないんだと思って読み飛ばしていました。複線だったのね。にくい!
社会科準備室の場面は、主人公の思考に沿って読み返してしまいました。

最高に気に入ったのは二人の置かれた状況でした。
人は会話で思考するとは通説ですが、私もそう思います。
会話の相手が一人の人物に収斂していくと、それは恋だ、とは通説かどうかは知りませんが、私はそう思っています。相手は実在の人物がいいのですが、実際に会話の相手をしてくれなくてもいい(してくれない方がいい)ちょうど「足長オジサン」のように。そういう相手がいなくなって久しくなりますが。

ブログ流行の昨今は、恋無き時代なのでしょうか?
菜々子さんは、新しい関係を時期的にも構築しなくはならなくなってシナリオを書いたのでしょうか?などなど、後々考えさせられる引っ鰍ゥりを残してくれる作品は傑作だと思います。ファンになってしまいそうです。次作が出来たら教えてください。

感想其の2、
直ぐに感想を書きたいくらいに面白かったということです。
「わたしは、あの事故は、事件だとおもうの」の、ドキッとして興味をそそられる出だしに重ねて、「少年は静かに混乱する」のフレーズに、これはいける!とたちまち引き込まれてしまいました。「・・・どう思う?答えなくていいけど」の繰り返しも気に入っています。

エピローグの明はそうでしょうが、菜々子さんの意図は、私のとちょっとずれていました。でも、こんなのもありだろうな、そうだとしたら・・・と思いが後を引くところも、いい小説を読んだと嬉しくなります。後書きは、笑っちゃいました。そうだよねって。

ライトノベルという分野があるとは知りませんでした。
芥川賞にノミネートされてもおかしくない程いいと私は思います。
芥川賞の選者がおじいさん、おばさんで、年寄りには分からないでしょ?と言わんばかりの過激な作品が受賞したりしますので、受賞はのがすかもしれませんが。全く、年寄りの選者は、文学者として若者の生態も心情も分からないとは言えないから賞を与えている、裸の王様みたいとかんぐっています。
分野が違うのかな?でも、「菜々子さん・・・」は、ミステリー形式をした純文学ともいえますから。授賞式には呼んでね。映画化もできそうです。

-------------------------
※もう一つ、別の方からの読後感想
-------------------------
ご子息の御本、読了しました。
僭越ながら、真剣に感想を言わせていただきます。

一言で【凄い!】ということ。
読み始めて・・20ページぐらいまでは、
漢語が多いことに、明治大正期の文学者の風味を感じました。
文体・・外国語の和訳めいた文体に、なじみ育った懐かしさを感じました。
湯u法や、重文、複文、・・・関係代名詞・を駆使した英文文体が浮かびます。
作者の読書量と好みを推察しつつ読み進みました。(*^_^*)

後半、物語が佳境を迎えていく頃、語彙や文体はその印象を消して、
というか、作風そのものが変化して・・・現代的な語彙と文章になったせいか
ひたすら、登場人物の心理の動きにのめり込みました。

時々、登場する子供達の持つ残酷さに、浮カ気づき、浮「とおもいました。
子供は大人と全く同じレベルの悪意も偽善も持ち合わせているという事実を
知っていますので、かえって、浮ゥったのかもしれません。

学級を構成する子供たちの卑小さ、狡猾さ、愚かしさ・・・
大人になった誰彼、自分をも含めて、が、今も秘めている普遍的な悪意と弱さ。
・・・切なくなります。
菜奈子さんの持つ、人を操作する癖・・・居ます、在ります。
なんども、本をいったん机上に投げ出しました。読み進むのが辛いから。

菜奈子さんに、シナリオに、語り手である青年同様、散々踊らされて。(@_@;)
つまりは、作者の思うつぼにはまったわけです。(*^_^*)

昨日読んだ東野圭吾の【悪意】も、ねじれた友情というか、嫉妬がテーマでした。
本作品には、それ以上の子供の残酷性のリアリテイが見えて、東野作品
は甘いかも?(その分、読後はすっきりします)。

凄い作品だと断言します。青春?学園?なんて冠は不似合いです。
以上、心からの賛辞です。

>でも、がんばっている息子を見るのは、結果どうこう関係なく、
>ひとつの幸せではあります。

そうですとも!
お子様の活躍こそ、何よりの幸福ですよね。

----------------------------------------------------------
☆作者の母上からの最後の感想に対するお返事も・・・・・

真剣な感想、心から感謝いたします。
拝見してすぐ、身震いがしました。
素晴らしい分析です。
本人もここまで意図していたかどうか、気付いているかどうか、
定かでありませんが、これを拝読すれば、きっと感激、感謝すると思います。

実は、私の最初の感想は、これはレベルの高い人じゃないと理解でき
ないのじゃないかしら。この読者層にどれほどそのレベルの人がいるか、
それが心配。でした、

そして敢えて、ここで紹介させていただきました。
どれだけの方が手にして下さるか不安でしたが、レベルの高い方々の
率直な感想を伺いたいという気持ちがありました。

何をしてレベルが高いというか、漠然とし過ぎてはいますが、常に言葉を
意識しているかどうか、日ごろ正しい日本語を使っているかどうか、そして、
言葉を正しく受け取るセンスがあるかどうか、そんなところかもしれません。

このような作品は、好き嫌いがあるとも思うので、辛口の感想もがありまし
たら。、ぜひお聞かせください。

○○先生に読んでいただけましたこと、それだけでもうれしいです。
ありがとうございました。

ビアガーデンひとりぼっち

2010-08-15 | 
昨日はお盆14日、小樽からの帰り、妹の家の近くで母と3人ランチ。
その後夜から、初体験/ひとりビヤガーデンをしました。ドキドキ・・・
行き先は大通りビアガーデン12丁目小樽ビールブース。

バンドネオンが聴きたくて行ってきました。
それにしてもこれからもひとりビアガーデンにハマりそうです。
シルバーレディーひとり旅行みたい!カッコイイ~~(そんな筈ないか)
....

6時から時間キッカリに始まる。目の前をキビキビ働くビアガールがひっきりなしに往来。まわりから聞こえる賑やかな仲間との楽しく笑いながらの会話も、全部ひっくるめて素敵な時間でした。ひとりもオツなもの、道を挟んだ舞台の真ん前に座ることが出来ました。相席は運良く上品な優しそうな老夫婦?!45分ひとつで帰る筈が心地よくてツーステージも満喫しました。13日14日と飲んだビールも相当結構でした^^暑いって好いなあ~~


私の頭上テントにバッタの影が可愛い


ついでに前後の日記:
9日から12日まで孫三昧。ふたりだけで泊まりました。超大変!!!!!

10日は3人で映画「仮暮らしのアリエッティー」鑑賞、大丸すし善でランチ、さび抜きにワサビが入っていたその後の話は後ほど・・・それからアラスカ恐竜展を北大博物館に見学。迫力!!増田寿志さんのャXターも圧巻。汗だくだったけど楽しい疲労。

11日は入沢のお墓お参り、小樽の祝津墓地へ。早かったので空いていた。土砂降り雨の中でカシワ手。

12日は実家・森山のお寺へ行く予定が孫母方浅井さんのお葬式が入り、早めに札幌へ帰ることに。実家の仏壇にお盆のお参りをさせてもらう。お父さんゴメンネ。帰ってから大樹お父さんが迎えに来るまで3人で合奏練習。初めてにしては^^・・・・・「耳をすませば」晴輝キーボード、芳婆ギターヘタッピ伴奏、菜月歌とパーカッション。菜月が歌を覚えたらバッチリだと思います^^

13日は千秋高校卒業四十五周年記念クラス会参加。総勢37人参加、小樽ウイングベイホテルにて宿泊。幹事様いつも大感謝です。女性軍12名の若さ美しさにビックリ、自分は年寄りの部だったかも(でも今後に乞うご期待)このクラス会はなんと年間3回(小樽2回、東京1回)毎年開催中~~ギネスそのものです!

14日は↑のとおり、凄いハードな今年の暑い夏本番であった。

イチバンの頑張りはは孫の泊まる部屋のスペース作り&聡怩ニ仕事電話連絡かな^^想良とも8日、13日に会えたし、忙しくも元気な皆につくづく感謝の日々でした。そんな訳で今年の夏はビールが格別獅「!!比例してお腹も厚くなってしまった。さあ、今から気持ちをチェンジし日常を頑張らねばなりません。仕事もしっかり!!



バンドネオンは8月22日にライブ、是非行きたいけれどかなり難しいでしょう。

お取り置きメール

2010-08-09 | 銀杏・団栗
チカネットお便り、今回は保存しましょう!!加園さんという人物、男性です。

-------------------------------------
ずいぶん久しぶりの「ええ加減に哲学しいや」だす。

 わいも今は教室をやっとるもんで、生徒数が一握りにもかかわらず、7月20日からはしばらく目の回るような忙しさでしたがな。何しろ朝9時に行って、帰ってくるのは夜11時みたいな日がしばらく続きましたんで、これで生徒が増えたらどうなるんやと自分でも首を傾げましたわ。現在のところ、くもんはんで言う5 0人(教科)くらいのところですけどな、夏休みの40日は普段の月の250%くらいの授業数をこなさなならんうえに、講師料をケチって自分でも教えてるんで、貧乏暇なしに忙しゅうなるんですわ。

 んでもって、お盆に入り、ちょっと一息ついとるわけですわ。そして、人間少し余裕ができると批判力が生まれ、久々にええ加減に哲学してみたくなったんですな。

 今日のお題は「国語の入試問題の悪影響」、特に大学入試の選択式問題の批判だす。

 十何年振りかで現場での受験指導に復帰し、この1年間現代文や国語の入試問題もそれなりの数を指導してきたんですけどな、こんな入試方式を続けていたら、日本の若者たちから「創造的思考」を奪ってしまうんやないかと危機感を覚えるようになりました。

 15年ほど前、明光義塾の教務部長をしていた頃は、実は選択式の問題を解くのが嫌いではなかったんですわ。まあ、難問・奇問があるにしても、出題者の思考に合わせてやれば、どこの問題をやっても9割がたの正解が可能で、その答えを導き出す過程を周囲の仲間と話し合って楽しんどりました。まあ、言うなれば、「 出題者が正解だと思っている答えを探し出すゲーム」に嵌っとったんですな。

 ところが、あれから15年経って、わいも少し大人になり、あらためてこうした答え探しゲームに戻ってみて気づいたんは、次のようなことでした。
 論説文にしても、文学的文章にしても、本来文章とは読む側の各自が、主体的・積極的な姿勢で対決しながら読み、各自の判断なり感想を持たなければならんはずのものなのに、どうもあまり頭がいいとは思われない、あるいは文学的感性が優れているとは思えない問題制作者(大学教授・予備校関係者)が、彼らの限定的 な思考の中でかなり恣意的に作った解釈に従って答えを選ばなければならんようになってるんですな。
 おそらくは出題者が正解と考えているらしい選択肢を読むと、その人のかなり偏った、あるいは底の浅い解釈が見えていて、こんなもんを正解として受験生に刷り込むなよと言いたくなります。

 わいらの時代の大学入試は、記述式が中心でした。今でも東大なんかは記述式が中心ですけど、ここの問題を見ると、「答えを3行で書け」とかいう要求になっていて、特に字数制限なんかもされとりません。こうした問題に自分で答えてみるとわかるけど、頭のいい人は頭のいいなりに、頭の悪い人は頭の悪いなりに、「 それぞれに、自分の思考を言語化して、つまりは客観的に他人に伝わるように論理化して」書くことができるんですな。
 たぶん、東大の採点者は、正解とされる答え以外の答案が出てきても、解答者の論理が十分に通ったものであるのならマルをつけるし、解答が3行を超えて4、5行書いてあっても、それがどうしても必要となる言葉によって構成されたものであるのなら、これまたマルをつけるはずだす。

 選択式での論理化と記述式での論理化の決定的な違いは、
1)選択式では他人の思考に沿って答えなければならないが、記述式では自分の思考に沿って答えることができる。(本来思考とは自律的なものでなければならない。)
2)選択式では出題者の貧困な脳味噌に限界づけられた答えしか出てこないが、記述式なら出題者よりもクレバーな答えの可能性を排除しない。
3)子供の頃から選択式の訓練ばかり受けていると、文の行間を読むことよりも、ゲーム感覚で、「うまく切り抜ける」とか、「情報のピックアップ」的な読み方が刷り込まれてしまい、心の広がりに制限がかかってしまう可能性がある。(最近純文学が売れず、ゲーム感覚的な本が受けているのも、もしかしたらこれと関係 があるかもしれない。)
4)選択式では、「何となく」という感覚レベルでの解答が可能だが、記述式だと自分の思考や感じたことを客観的に言語化しなければならないので、厳密な思考力と言語能力を必要とする。(ちゃんと物事を論理だてて話すことのできない若者、いや、大人が増えているような気がする。)
といったところにあるように思いますがな。

 選択式の現代文の中では、センター入試はそれでもまだマシなほうかもしれまへん。センター試験の制作メンバーだった友人(但しドイツ語の問題)に聞くところによると、国立大学の教授・準教授が10人くらい(以上だったか?)で作るので、いろいろな人の目が入ることにより、比較的客観的な問題ができるんやない でしょうか。
 しかし、ある年の小説文で、「こんなんは単に個人の感性・好みの問題で、ほとんど論理的には選べんなあ」という設問が多いのがあるんやけど、選んでいる小説といい、設問の内容といい、どうやら女性教授一人で作った問題で、たぶん他の男性メンバーは批判することが許されなかったんやろなあ、ちゅうのがありまし た。

 結局、複数の能力のある人の目が入らなかったらしい問題にひどいのが多いわけですけど、けっこう有名な私立大学の問題で、きっとずっと一人でやってるんやろなあ、とか、この教授が偉くて、他のセンセは批判できんのやろなあ、なんてのがかなりたくさんあります。

 まあ、いずれにせよ、選択式は部分活用に留めて、主要なところは記述式に改めんと、国民的な能力の損失は免れんような気がしますなあ。

ええ加減な哲学者

ちいさなえほんや「ひだまり」

2010-08-09 | ノンジャンル
我が家の近所にあります。「ちいさなえほんや・ひだまり」が経営危機です。
今一生懸命、宣伝してこの素敵なほんやさんが継続できるように仕事仲間、
特に「おにぎり文庫」の仲間と頑張っています。気持ちだけかな・・・・

金土日しかやっていないのでなかなか行けそうで行けない。
素敵な本が一杯、欲しいけど、買えそうで、買えない。やっぱり高価。
だからせめて、この素敵なほんやさんを皆にお知らせしています。
おとなが読みたい素敵な本もたくさん。手に取って観ることができます。

今は好きな赤羽末吉の絵本展がブラボーです!!凄い蔵書です。
「にこにこぎゅっ・おとうさんのて」ひだのかな代さんの原画展が素敵。

ひだまりさんの応援さいとはここ