
シルバーウイークも、もう後半です。
日曜日早朝、高速道路中央道下り線が混みあい、甲州街道も車でいっぱいでした。
街中も、家族連れでいっぱいでした。
長雨のあとの晴れの天気でもあり、外へと気持ちが向いたことでしょう。
今日のテーマは、「家族を尊重」です。
このテーマは、書きにくいものです。
家族こそ、社会性の出発点であり、最後にはもどる場所です。
子供も親もお互いに選べないのです。
逃げられない関係ゆえに、やっかいでもあります。
遠い親戚より近くの他人。
気の合う仲間と和気合いあいと過ごす。
しかし、体調が優れなくなると関係は途絶えがちになります。
家族は、そうはならないのです。
両親は、苦労して子供を育てます。
どこから、あのエネルギーは湧いてくるのでしょう。
疲れはて朽ちるように死んでいきます。
誰でも、平均7年間は誰か(家族、介護、病院)の世話になるのです。
結婚すると、家族が増えます。相手の家族です。
亡きかみさんの代わりに、義理の兄の後見人をしています。
毎週、川崎まで通っています。満4年が過ぎました。
でもそのほかの家族とは断絶状態です。
お互いに関わりたくないというのが本音でしょう。
体調がすぐれず、思うように身体が動かせないのです。
まだ元気なものが動かなくてはならないのです。
これがなかなかできないのです。
「家族を尊重する」の意味を考えています。
障害児の親は、だんだんと強くなると妻から教えてもらいました。
息子と娘は、毎週日曜日に長女夫婦の二人の子供の面倒を見ています。
もう2年になります。老犬ジンも彼らが支え続けています。
彼らの中にあるのは、私達がやらなければならないという
使命感のようなものだと思います。
一番身近な家族を尊重している。
義務感だけでは続かないのです。
尊い命と向き合っているのだと思います。
他人通しも、尊重しあわなければ関係は続きません。
妻を愛することは、妻を尊重しているからです。
妻のどうでも良いような話を真剣に聞けるのです。
家族を尊重するものこそ、尊重されるように思います。
お互い様なのです。
冒頭の絵は、孫娘と彼女の父とおじさん(私の息子)です。
三人共仲良しです。
家の駄馬 使うしかないと スイス人
2015年9月22日